G4 (―) 【遊びじゃ、ないの】


日常編 (―) 【遊びじゃ、ないの】


___01

「よぉ青柳。シケたツラしてるなぁ」
つなぎ服を着た男性2人のうちの1人が、すれ違いざま声を掛ける。
ありがたみに欠けた悪友の登場に青柳は苦笑するも、そんな反応すら楽しむように一廼穂碩人は笑い、会話を続けた。
「こんな雨じゃ、客足も少ねぇよな」
「お陰で商売あがったりだ」
がらんどう。そんな言葉が相応しいほど店内は静かだった。
開店から3時間経過している。時刻は既に正午過ぎ。それなのに客数よりも従業員の方が多い。
碩人の言うように、今朝から降り続いている大雨が原因だった。
従業員でさえ通勤途中で引き返したくなるほどの風雨なのだから、なおさら客は来たがらない。
それにこの大雨は数日前から決定していた。
それを裏付けるように、前日午後の売り上げは異常に高かった。『明日は絶対家に引きこもるから!』とでも言うかのように。
「あーあ、見切りの量も半端ねぇな。このパンいつまで保つんだ?」
碩人は、青柳がさっきまでシールを貼っていた商品に手を伸ばす。
昨日昼頃に品切れを起こしかけたため、急遽近隣店舗に掛け合い、譲って貰った追加分……なのだが。
その店舗では大量発注し過ぎたせいで過重在庫を抱えてしまう形になってしまい、困っていたと言う。
そんな背景が相手側にあったものだから、青柳の申し出は涙が出るほど嬉しい吉報となった。
青柳が『少しでいい』と念を押したにも関わらず、『頼むから持って行ってくれ』と半ば強引に押し付けられた物でもある。
多少値引いて販売した甲斐もあって、ある程度の数はさばけたものの、種類によっては在庫が偏り、残ってしまっていた。
ネイビーのつなぎ服を着たもう1人の男性がワゴンに並んでいた商品に手を伸ばし、日付を確認する。
「賞味期限は明日なんだね。今日のお昼はこれにするよ」
「助けてくれるのか、トオゴ? ありがたい」
感謝する青柳に、にこりと微笑んだのは伊神だった。すかさず碩人による茶々が入る。
「お前の優しさに敬意を評する。チョココルネなんて見るからに甘そうなもの、よく選ぶなぁ」
「辛いのも買えばプラマイゼロじゃない?」
「まぁな……」と碩人。
「そうか?」と青柳。
伊神は悩むことなく、ひょいひょいとパンを3つ取り上げる。チョココルネ、あらびきソーセージ、黒胡椒バジル。
これだけで総カロリーは軽く千を超える。その事実を伝えたものの、伊神は大して気にもせず買い求めた。
よく3つも食えるなと呆れた碩人も、何だかんだ言いながら在庫過多で苦しんでいる青柳を助ける形で2個購入。
「助かるよ」
心の底から礼を述べた青柳も、自ら責任を取る形で3つ買い求めた。


___02

結局、1日を通して客は少なかった。
早番だった青柳と碩人、伊神の3人は定時で上がり、そのままテナントで夕食を済ませることにした。
3階の『ソナタ』には外国酒が種類豊富に置かれているので、満場一致でそこに決まった。
お馴染みの定位置を確保する。店内は、まるで今日は従業員のために開けていますとばかりに見知った顔がちらほら。
意外にも、同じく早番だった志貴迦琳がいた。同期の社員と一緒だ。
向こうは会話に夢中のようで、3人が入って来たことに気付いていない。青柳には好都合だった。
料理と酒を味わいながら友人と親交を深め、しばし静かな時の流れを堪能する。とても贅沢なひとときだった。
気付けば志貴たちの姿がなかった。
いつ会計を済ませたのかは分からないが、時計を見れば自分たちも2時間の滞在を超えようとしていた。
腕時計を見下ろす青柳に「そろそろ出るか」と碩人が声を掛け、伊神も頷く。阿吽の呼吸のように3人の意見が一致した。
会計を済ませると、店を出たところに志貴が立っていた。
「じゃあね、お疲れ様ー」と言いながら一緒にいた社員に手を振っていたところを見ると、2人は店先で別れたばかりのようだ。
目が合う。そして、お互い無言。青柳の背後から碩人が顔を出し、「おー、志貴じゃん」と声を掛ける。伊神もそれに続いた。
「こんばんは、志貴さん」
「こんばんは、伊神さん」
「ん? 志貴よ、なぜ伊神にだけ挨拶を?」
腑に落ちない碩人を丸々無視し、志貴は青柳をじっと見つめた。
「な、なんだ」
落ち着かない青柳に対し、志貴は小さく呟く。
「……『青柳会』」
青柳は絶句した。次の言葉を絞り出すのに十分長い間が空く。
「……お前……どうしてそれを……一体どこから……」
「おぉ、胸アツ。久々に聞いたな、それ」
からかうように碩人が言うものだから、青柳は「黙ってろ」と牽制せざるを得ない。伊神が首を傾げる。
「志貴さん、青柳会って……。急にどうしたの?」
「八女さんから聞きました。昔そんな会があったって。
でも『女傑四人衆が作った青柳ファンクラブ』だなんて嘘ですよね? 『竜平会』とか、そういう類のものですよね?」
「え? いや、別にお笑いは目指してなかった……よね?」
伊神は目を丸くして青柳を振り返った。わななく青柳の肢体。一方でツボにハマったのか、碩人は腹を抱えて笑っている。
「なんて日だよ、今日は。あーおもしろ! 志貴、お前の言う通り『青柳会』は……」
「碩人!」
「まぁまぁ。会の存在を知られちまってるんだ。内容を掴まれるのも時間の問題だろ? だったら正確に教えた方がいいんじゃねぇか」
「そういう問題じゃない」
「おー照れてる照れてる」
「照れてない」
青柳は、まるで子供のように囃したてる碩人の背中を叩く。相変わらずカカと笑う碩人は頭の後ろで手を組み、先へ。伊神もその後に続く。
「まったく……」
やれやれと呆れる青柳だったが、――かくん、と身体がほんの少しだけ傾く感じがした。
振り返れば、歩きかけた青柳のシャツの裾を、志貴が掴んでいた。
「おい?」
見下ろせば志貴は顔を背けている。それなのに、掴んだ手は青柳の服を放そうとしない。
「……私も加入したかった……」
ぽそりと呟かれたその言葉に、青柳はまたも絶句する。
碩人とトオゴには聞かれてないよな、今の――?
前方を見れば、碩人と伊神は和気藹藹と喋っていて、こちらのやり取りには気付いていない様子。青柳は胸を撫で下ろした。
「会は既に空中分解しちまってるよ。それにお前が加入したところでメンバー1人なんて、どう考えてもおかしいだろ」
「……青柳チーフのよさを知っているのは私1人で十分です……」
そう告げる顔は、誤魔化しがきかないほど真っ赤で。
「……お前さ、何で今そういうこと言うかな……。時と場所を考えろよ……」
なんて残酷な女なんだろう。いつもは可愛げのない暴言ばかり吐くくせに、稀に砂糖蜜のように甘い甘い言葉を紡ぎ出す。
だからこそ抱き締めたくなる。その衝動はいつも突然で、しかも今日のようにタイミングが悪い日が多いのだ。
でも今日は。今日こそは。……くそ、碩人やトオゴになんと言って一抜けすればいい?
どうせ何を言っても冷やかされるのがオチだ。特に碩人からは。ならばいっそ、ハッキリ『志貴と一緒に帰る』と言ってみるか?
「……嘘でーす。それじゃあ」
パッと手を放し、くるりと方向転換。呆気に取られる青柳をその場に残し、志貴はすたすたと歩き出した。
「な……。やっぱり可愛くねぇ……!」
悪態をつき、2人のもとへ歩き始めた青柳は、もう後ろを振り返らない。
一方、顔を赤く染め、泣きそうなまでに切ない表情を浮かべた志貴はこっそりと振り返り、青柳の姿が見えなくなるまで見送り続けていた。


2014.08.18
2026.05.13

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