海洋冒険小説の家

海洋冒険小説の家

    (6)

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 [あらすじ=堺の商人・甲比丹助左衛門がタイ・ベトナムなどと交易しての帰り、黒旗の海賊と遭遇、これを撃ち負かして堺に帰還した。町衆の喜びや友人たちの歓迎のなかで、京の公家衆との打毬の試合が決まり、商売と試合の準備に追われる毎日が続いていた]

 「隣の山城屋で宴会をされております公家衆の使いが参りまして、あなた様に少しお顔を出してほしいといっておりますが」
 「うーん、連中は底無しの酒飲みばかりやしなぁ」
 とは言っても、お声がかりではこの際やむをえず、
 「じゃあ、行くか。使いのものに、すぐ参上つかまつりそろ、と言ってくれるか」
 そして、座敷の秀五郎と六兵衛を手招きで呼んで小声で言った。
 「京の公家はんたち、隣で飲んでいて、顔出してくれゆうとるから行ってくるわ。あとたのむでぇ」
 「よしゃ、あとはまかしといて」
 助左衛門は隣の山城屋に出かけた。ここは公家や武家の身分の高い人の御用達の宿屋で、玄関を入ると、奥の座敷から賑やかな音曲と高い笑い声が漏れ聞こえてきた。こっちの方も負けずにやっとるわ、と思いながら、ズンズン奥へ入っていくと、板の間に公家の家来で、おそらく左兵衛尉(注1)やら右兵衛大志(注2)などといわれているだろう侍が待っていて、案内してくれた。そうや、高田の将監も祖父か曽祖父が近衛府の将監をしていたと言っていたな、などと思いながら廊下を歩いた。
 座敷の中央には北山の権大納言(注3)がどっかと座り、顔見知りの公家たち三十人ほどが酒を酌み交わしていた。勿論、この中にも南海丸に投資した公家がかなりいた。助左衛門の顔を見ると、歓声が巻き起こった。
 「助左衛門殿、よう無事で帰ってきた」
 明日の審判長役の権大納言が言う。
 「まあ、一献いこか」
 この権大納言も投資した一人である。歳は五十の半ば位、柔和な丸顔で鼻の下の細い髭がピンと跳ね上がっており、丸々と太った体をしている。京では風流人としても知られ、風日庵(ふうじつあん)とも号している。屋敷の中にある茶室が風日庵というので、このようによばれるようになったらしい。助左衛門は座って挨拶をし、南海丸の無事を報告した。さっそく近くの公家の一人が杯に酒をついでくれた。それで、仕方なく、
 「一杯だけやで」
 言いつつ、明日の打毬の試合の健闘を誓って飲み干した。三杯は多い。一献とは三杯のことなのだ。酒飲みには都合のいい言葉であるが。あと、もう噂話で広がっている黒旗の海賊のことで質問が集中した。
 「六条の院って一体誰やねん」
 「ようわからんのですが、どうも本人は懐良親王(注4)の末裔と称しているようです」
 「へーえ、九州の筑後でみまかられたという?」
 「まあ、ほとんど嘘でしょうが」
 「それで、なんで六条やねん」
 「さあ、これは私の想像ですが、ほら、源氏物語に出てくる、あの光源氏の屋敷が六条京極にあって、その屋敷が六条の院と呼ばれていましたわなあ。それで、自分が光源氏のつもりで、ゆうてんのとちゃうか、思いますねん。他に思い当たることと言えば、六条の御息所(注5)の、なんというか、怨念と、南朝の親王の壮図半ばで死んで行かねばならない運命、その、恨みをひっかけてつけた、くらいしか思い浮かびません」
 「ふーん、そら、恨みをのんで死んでいったところは似ているわな。まあ、ちょっとちゃうけど。しかし、そいつは源氏物語なんか読んだことあるんやろか。普通なかなか読めへんでぇ」
 西洞院の中納言が、
 「源平の昔、木曾左馬頭義仲が、京に攻め上ったときの宿所が六条西洞院にあったそうな。それは関係おへんのやろか」
 「いや、そのあとそこは院(注6)の御所になったのや。あそこは大膳大夫業忠(注7)の宿所やった」
 と、まあ、もの知りの多いこと、ごちゃごちゃ話が盛り上がったところで、助左衛門は宴席を辞した。それにしても、いつも思うことなのだが、歯の黒い人たちに囲まれて話をするというのは、変な感じである。なまめかしい雰囲気なのだ。ただ、女房の瀧は「気持ち悪い」と言う。しかし、京の商家の女房たちの間でお歯黒がはやっているそうだから、そのうち、堺でも流行することだろう。とにかく、不思議な存在である。山城屋の玄関までくると、後ろからあの左兵衛尉が追いかけてきて、
 「風日庵様が別室で少し話がしたいと仰せで」
                      (続く)
[注1=さひょうえのじょう、注2=うひょうえのだいさかん、注3=ごんだいなごん、注4=かねながしんのう、後醍醐天皇の皇子で九州鎮撫の征西将軍、注5=みやすどころ、注6=後白河法皇、注7=だいぜんのだいぶなりただ]



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