海洋冒険小説の家

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(5)信長殿が上座に座った。

      (5)

 「助左衛門、よう来た。昨日の今日で少し急(せ)かせたかな?」
 助左衛門は手をついて挨拶をした。
 「お目通りがかない一同祝着至極に存じまする。荒木助左衛門にござります」
 武家言葉がでた。武家言葉で話せば、あたりさわりがない。
 信長殿は瀧の方を見て、
 「助左衛門の女房殿か」
 声をかける。
 「はい、瀧にございます」
 言葉少なに挨拶をする。
 「勇猛で知られる河内の六兵衛というのはそちのことか」
 「細田六兵衛にござる。南海丸の侍大将にござります」
 一応、三人に声をかけ挨拶を受けて、信長殿はゆっくりと視線を助左衛門に移した。
 「昨日は公家衆をやっつけたそうじゃのう、そう、打毬じゃ」
 「はい、手強い相手でしたが、なんとか勝ちをおさめることが出来ました」
 助左衛門は答えながら、信長の顔にでんぼが出来ていないのを、しっかり確かめた。信長の殿は、どうもその辺のことは先刻承知の上のことのようで、先手をうってきた。
 「摂津の有岡城攻囲の本陣に出張った折り、顔に腫れ物ができてのう。それで、京に戻った時、公家衆が挨拶に参られたのじゃが、会わんかったのじゃ。曲直瀬道三(まなせどうさん)殿に塗り薬をもらい塗っておったら、どうじゃ。もう、どこにもあとが残っておらぬ。公家衆に、心配かけたと申してくれ」
 と言いながら、助左衛門の顔を見て、ニヤリと笑った。
 なんや、こっちの方もなんでも知ってんのやと思うと、自然に顔がゆるんできて、笑ってしまった。名医として名高い道三殿の薬はよく効くことだろう。

 信長は献上品の目録に目を通しながら、小姓のひとりに、
 「この高麗青磁の瓶(へい)をこれに」
 と、いいつつ、
 「土産の珍しい品、有難く頂戴いたす。お市も喜んでおった」
 殿もお市様も笑顔である。すこぶる機嫌が良い。お市様が瀧に話しかけた。
 「唐国やシャム、コーチの美しい布を見、手にさわるのは女にとって大層心楽しいものでございます。のお、瀧どの」
 「おおせのとおりにございます。南海丸は大船でございますゆえ、まだほかにも、珍しいものがございます」
 「ほお、そうか、一度みんな見てみたいものや」
 お市様は京の上(かみ)の言葉のイントネーションだった。信長が話に割って入り、
 「この高麗青磁の瓶は、宗易も宗久も見事な一品じゃと言っておった。さすが、甲比丹と言われる男よのう。目利きで商売上手じゃ。いくさもうまい。もひとつ、打毬もうまい」
 そう言うと、回りの者みんながどっと笑った。助左衛門たちもつられて笑った。
 こんなひょうきんな殿とはおもわなんだ。しかし、あまり調子にのって、墓穴を掘らないように、用心用心。心の片隅で言い聞かせながら、なるべくこちら側から話をしないように気をつけた。御台所の帰蝶様の姿がないのは、まだ岐阜城におられるのだろうか。
 「公家の者たちが言っておったのじゃが、打毬の折りそちたちが乗っておった馬は、それぞれ見事な馬だという。あの、南蛮から連れてきた馬の子なのか?」
 こらあかん、ほんまになんでも知っとおる。このさい、覚悟して何頭か手放さなあかんな。
 「そのとおりにござります。上様はどのような毛並みの馬が好まれますか」
 「わしは、強く、早い馬であればそれだけでよい。しかし、しいて言えば、葦毛が好みかな」
 げぇ、それはないぜ、葦毛は俺が何頭か持っているだけだ。六兵衛の方を見ると、ニターッと笑っているではないか。うーん、おしいけど、しゃあない。
 「ああ、それでしたら、いいのがおりますゆえ、さしあげましょう」
 「いいのか?、無理せんでもいいぞ」
 「よろしゅうございます」
 「ふふふ、うまくいった」
 「えー、いまなんと?」
 「いや、なんでもない」
 そう言いながらも、声をあげて笑いだした。
 「こんな楽しい時を過ごしたのは久しぶりじゃ、のお?」
 お市様のほうを見る。
                  (続く)





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