海洋冒険小説の家

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(9)悪党もいる・・・

     (9)

 夜遅くなって、今井宗久と千宗易が訪ねてきた。
 「土産のこと、有難く頂戴つかまつる」
 宗久には、堺から使いが来て、知ったという。宗易も同じ事を言った。この月の一日から堺を留守にして、信長殿と行動を共にしていると話した。
 「あの、高麗青磁の瓶は見事なものでした」
 宗易が助左衛門の眼を見ながら言った。
 「あれで、上様はいっぺんに機嫌がよくなられました」
 ふーん、やっぱり投資しといてよかったな。
 しかし、自分の下心の卑しいところも感じられて、堺の商人の心意気、甲比丹としての自尊心がほんの少し傷んだ。宗易が言葉を続けた。
 「三百年前の高麗王家のために作られた青磁は、色も形も品があるもんやなあ。少し形が傾いてるのが、これまた何となくぬくもりが感じられてええもんや。なかなか手に入らんものやけど」
 「宗易殿には、頼まれておりました高麗茶碗を無事手に入れ、屋敷に運ばせておきました」
 「それはまことに有難い。早く見てみたいものや」
 宗易は朝鮮の生活雑器である高麗茶碗をいたく気に入っていて、「美しい」とい言う。
 「それに、朝鮮の人々の暮らしぶりを描いた絵の入った書物もございます」
 「そんな風に言われると、いても立ってもおれぬほど堺に帰りたくなってきた」
 「すぐに、帰られれば?」
 「そうも、いかぬ。茶会が毎日のように開かれているのでな。天主竣工の祝いのものたちが毎日のように来ていて、その者たちを接待せねばならん。茶頭とはそういうもんや」
 なんだか、嬉しくないような哀しいような塩梅である。宮仕えとは、所詮こんなものだなと思う。六十に近い年齢が疲れで、顔にもろに出ている感じである。
 「宗久殿、聞かれたこととは存知ますが、この二十二日に天主の能舞台で衣装の展覧を催すことになりました」
 今井宗久にはいままでの経過を話し、船の手配を頼んだ。近江川の舟運の権利(通行自由の権利)を、以前、時の将軍義昭から手にいれた宗久に頼んでおけば問題はない。宗久はこころよく引き受けてくれ、書状を堺の店の番頭に出して、全面的に協力することを約した。
 赤ら顔でよく光った禿頭、エネルギッシュで、歳は宗易より二歳ほど上なのに、元気があふれていた。
 なにしろ、茶頭を務めている上に信長より堺五ヶ庄(花田、庭井、杉本、我孫子、苅田)の代官職に命じられ、生野銀山の開発、我孫子の大きな鉄砲鍛冶の経営、本業の納屋貸し、塩に塩乾物の商い、瀬戸内の廻船による通商などなど、金儲けのことであれば、なんでも手を出し、首を突っ込んでいる。
 世のなかの動きを見るに敏で、人を見る眼も確か。変わり身も早い。あるときは、三好三人衆につき、また松永弾正忠、そして信長と堺の商人の仲では、真っ先に行動を起こす。だからこそ、見返りも大きい。堺には色々な人がいるのだ。
                     (続く)




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