幸せになれるオマジナイ

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検査・・そして 告知


ひよ



8月5日・・・ 診察


マンモグラフィー、エコー、細胞診を受ける

マンモグラフィーはつらかった~~
小さいおっぱいを上から挟む・・横から挟む
恥ずかしさと痛さで きっと顔は真っ赤だったろうな。

その後 エコー(超音波)をしたら しこりが2つみつかった。
先生は 触った感じ・・見た感じも悪性のものではなさそうだと・・
おそらく良性のものでしょうと言いながら、念のために細胞診を行う。
細胞診はちょっと痛かったです。


8月12日・・・細胞診の結果


細胞診の結果を聞きに行く。
一つは良性で もう一つは 5段階のⅢ。。
クラスⅠとⅡは良性。
Ⅲは疑わしい細胞が存在するが悪性と断定はできない。
どちらとも言えないという結果。
先生にしこりの摘出を勧められる。
8月23日に摘出手術の予約をして帰った。

この時点で 私の中には、まだ大丈夫・・
きっと良性のものにと違いないという思いがあった。
それと同時に・・もしかしたらという不安もかけめぐっていた。


8月20日・・・胸のMRI


MRIの結果は出ているのだけど・・担当医がいないため
何も教えてもらえないということだった。
23日の摘出手術の直前まで 教えてはもらえないと。。。

家に帰ってから ずいぶんと考えた。
摘出したら おっぱいに2つも傷が残る・・・
MRIの検査結果も知らないし・・
まず 乳がんであったとしたら・・
自分はどうするべきなのか・・
何も勉強してなかった。全く無知だった。

8月23日・・・摘出手術を直前にキャンセルした。

その後、本屋に行って 乳がんについていろいろ読んだり
ネットでも いろんな人の体験記などを読んだ。
その中の一人に今の自分自身の状態・気持ちをメールしてみた。

すぐにうれしい返事が届いた。
「乳がんであったとしても、何一つあきらめることも
悲観することもない、
そう思ったら、やりたい事がどんどん出てきて、手術以降の日々は
いつも時間との追っかけっこです。
もし、もーし、乳がんという診断がおりたとしても
○○さんは一人じゃない、それだけは忘れないでいてくださいね。
検査の結果が良いものでありますように、大阪から祈っています。」

不安を取り除くためにも、摘出することを決意し
9月6日に摘出の予約をした。


記念写真


しこりの摘出をすると・・・2箇所も傷跡が残る
きっとおっぱいも・・変な形になるかも。。。
そう思って・・記念写真を撮ることにした。
もちろんカメラマンはダンナしゃんですよ。

このとき・・まさか おっぱいを全摘することになるとは
思ってなかったけど

今は・・写真を撮っておいてよかったと思う。
でも・・・ときどき 悲しくなるけどね。女だもん(*^.^*)


9月6日・・・しこりの摘出


局所麻酔だったので、痛かった~~
先生たちの話も全部聞こえるので
なかなかしこりがとれないと苦労しているようだった。
とれたしこりは ビンに入れて 検査に送られた。

それから毎日 傷口の消毒・・
9月12日 最後の消毒の日・・・
その日はお兄ちゃんの体育祭でもあった。
消毒が済み、先生からは
「検査結果はまだなので、次は10日後でいいですよ。
きっと大丈夫だと思いますから。。。
もし、何かあればこちらから連絡を入れますからね。」

私も安心して、お兄ちゃんの体育祭を見に行った。
だんなしゃんと二人で見た、楽しい体育祭だった。
なんだか 絶対大丈夫・・って気がしていた。


9月13日・・・告知


朝、職場で掃除中・・・病院から電話。
「今日、ご主人と一緒に病院にいらしてください」
看護士さんからだった。

昨日の先生の言葉から・・・安心しきっていたのに・・・

もう そのときの電話で結果が悪性だったのだとわかり
涙が次から次からあふれてきた。いろんなことを考えた。
だんなしゃんのこと・・子供たちのこと・・
自分の生きてきた今までのこと・・
休憩室で声を押し殺して泣いた。

その日の午後、だんなしゃんと二人で病院に。。。
車の中で「ねえ、今年はもう何回この道を通ってデートしたかな~
二人っきりの時間がいっぱいできて いっぱい甘えることもできた~」
なんて・・へんちくりんなことを話していた。

先生から 2つとも悪性でしたと告げられる。
これがガンの告知。。。

「早期の発見だということを幸いだと思い、
できるだけ早く手術して
ガンをとりのぞいて早く元気な元の体にもどりましょう」・・
先生の言葉だった。
「すぐにと言っても、仕事のこと家のこと、あるだろうから、
気持ちの上でも整理をして18日にまたいらしてください」
ということだった。

その日、すごいショックだったんだけど、
何をどうしていいのかわからず
家に帰ってひとりになるのも恐くて、
職場に戻ってデスクに座ったのでした。

一緒に仕事しているMちゃんに 悪性だったと言う・・
話しているうちに 涙が止まらなくなり、
二人一緒に大泣きしてしまった。
絶対大丈夫だから・・・何度も繰り返しながら。。。

それからしばらくは仕事に没頭した。
やらなくちゃいけないことが山のようにある。
入院している間、迷惑をかけることになるから
できる限りのことはしておこうと・・ひたすら仕事に集中した。


子供たちに真実を。。


下宿しているお兄ちゃんが、ちょうど家に帰ってきている日に
だんなしゃんが子供たちに 私が乳がんであることを話した。
私のいない別の部屋でのことだったので、
どういう風に話したのかはわからない。

その後、私のとこにやってきた3人とも・・目が真っ赤だった。
子供たちが「お母さん、絶対死なんといてよ」と言って抱きついてきた。
私は「絶対大丈夫やから」と言って笑ってみせた。
というか・・・そのときには なぜか涙はなかった。
負けられないと思った。


9月18日 病院へ


手術の日を決めるために病院へ。
できれば早いほうがいい 24日あたりにしましょう・・と先生。
術前の検査もあるので 明日入院できないかと言われた。

いきなりだったけど、私の心の中でも「早くがんとさよならしたい」
そう思う気持ちが強く、19日入院に決定。
会社に戻ってその日は残業になった。

会社には宿直があって男性社員が交代で泊まりをしている。
なんとか ひととおり整理をつけて・・帰り際に
「どうしたん・・元気そうやのに」

思わず緊張が緩んで、事情を話してしまった。
でも・・話してよかった。
「絶対負けるなよ」
その言葉を胸に 会社を出た。


ほーむへ つぎへ めーる


あいさつおれんじ



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