ORANGEVERT

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2005.06.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 松本秀夫のアパートに彼女はそのまま転がり込むような形になった。
彼女は記憶のほとんどを無くしているようで、出会ったときに自分の名前すら
いえないような状態だった。とりあえず「カンナ」という名前で呼ぶようになった。
呼び名は現在消息不明となっている彼の妹の名前だった。

 秀夫と三歳違いだから現在、22歳。
消息不明、といっても、もともと自分の育った家庭を嫌い、家出同然で姿を消して、
その後、音信がない、というだけのものだったので特に捜査依頼が
出ているわけではない。

 秀夫と妹が育った家庭は、「家庭」ともいえないような状態だった。

白昼、大酒を飲んでは母親に暴力を振るう。
母親は気丈な女で負けずに手元にあるスコップや秀夫のものである金属バットなどで
応戦する。だが狂って手加減を知らない男の暴力にやがて負ける。
母親は叩かれ髪の毛を持って引きずられ熱湯をかけられ
獣じみた咆哮をあげることはあっても決して涙を流すことがなかった。
彼女の鼻は折れ、やがて曲がったまま固定した。腕や足には何かの花びらのような
鮮やかなピンク色のケロイドが残り、そのうち黒ずみ肌に馴染んでいった。
古い机の上に彫刻等で彫られた傷が、最初は生々しい痛みを伝えていたのが
やがて、それが馴染みあたりまえの風景となっていくように。

秀夫と妹は部屋の隅でじっと息を殺して存在を消して耐えた。

 自分が透明人間になってしまったかのような気がした。

彼は打ち克つことができなかった。
傷が自分の一部なのか、自分が傷の一部なのか、わからなくなってしまっている。
彼は自分がかつて傷ついたことにすら気づいていない。
感覚は麻痺して決して痛みを感じない。自分のものも他人のものも等しく痛みを感じない

 彼は大した自覚もないまま職を転々とし、

そのことについて深く考えることがない。

 「カンナ」を拾い上げた経緯についても、そう深い考えがあってのことではなかった。
カモがいないか、と思って新宿駅を歩いていたら、おあつらえ向きのカモがいた。
現金でも盗って逃げよう、と思ったが女の姿を見て気が変わった、それだけのことだ。

 女は変わっていた。彼が今まで拾ったどの女とも違っていた。
姿形は普通の若い女だったが、触ると氷のように、あるいは死体のように冷たい。
ごく普通に会話ができるし、日常生活で困るような支障はないが、自分のことについては
全く記憶を無くしていた。唯一、自分について覚えていたのが、
眠り込む直前まで行こうとしていた店「エリュシオン」という名前だけ。
たしか楽園、という意味だ。

 女は料理ができた。
秀夫が目を覚ますとトーストと半熟の目玉焼きと味噌汁、とインスタントコーヒーという有り合わせのややちぐはぐな朝食が用意されていた。
半熟加減はちょうど良く味噌汁の香りは香ばしく、コーヒーは熱かった。

 女はパソコンを扱えた。
器用にキーボードを叩き、インターネットの意味もよく理解していた。

 女は左耳に2つ、右耳に3つ、まるであけた穴を固定させるためのファーストピアスの
ようにごつい素っ気無いデザインのピアスをしていたが眠るときも決して取らない。

「消毒しないの?」
「うん」
「耳、腐っちゃうよ」
無理に取ろうとすると、初めて怯えたような表情を見せた。

諦めて秀夫は銀色のピアスに舌を這わせる。
女は目を閉じる。
女の肌は白い。そして冷たい。金属のアクセサリーの方がまだ温もりを残しているかの
ように錯覚するくらい。

「体、冷たいんだね。」
「自分では、よくわからない。」
「人間じゃないみたい。」
「人間じゃないのかも。」

「どこに行こうとしていたの?」
「エリュシオン」
「えっ?」
「店の名前」
「何の店なの?」
「途中で頭が痛くなっちゃったから、速く行かなければと思って焦れば焦るほど
わからなくなっちゃって。何とかその場所に着いた、と思ったらなくなっていた」

「店が潰れたってこと?」
「ううん、なかったの。最初からそんな店はなかったみたいな感じで」
「汗、かかないんだね」
「うん。」
「オレはこんなに汗かいてるのに。」
「うん、秀夫の匂いがする」
「汗くさい?」
「ううん、いい匂い。どっちか、といえばミルクみたい」
「射っちゃっていい?」
「うん」

秀夫は目を開けたままの女の中に放出した。
相変わらず彼女の瞳孔は開いたままだった。
吸いこまれるような眩暈を感じたが気がつけば睡魔に吸いこまれたのか、
彼は自分の鼾で目を覚ました。

そのうちに女が外に出て働きたい、と言い出した。
秀夫に異存はなかった。
彼はアルバイトをやめてぶらぶらしていた時期だったので
彼女を養うことはできない。

彼は半日かけてバイクで関東近県の実家に帰り、妹の住民票を自分のアパートに移して
女を「松本カンナ」にした。

実際に女は秀夫よりどう見積もっても3歳くらいは年上の感じなのだが。
ほどなく女は「松本カンナ」として受信専門の電話のオペレーターの職を得た。








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Last updated  2005.06.05 17:57:24
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ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…
ねこの木 @ Re: ぜひぜひ、教えていただきたい! ただで…
wa!ひろ @ Re:365日で強運美女になる魔法(03/05) 面白い発想で私の好きなジャンルです! …
ねこの木 @ どうも、ありがとう! お久しぶりです。 最近、携帯で楽に読…
wa!ひろ @ Re:アンドロイドと電気猫(02/26) すごい。 ねこの木さんの文章力にはまり…

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