水彩画紀行  スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

水彩画紀行 スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

人の心は水彩画



油絵のように塗りなおしが効かない

新しい絵をその上に塗ろうとしても

最初の絵がいつまでも浮かび上がってくる。

サンフランシスコの北の海辺にはピアという

桟橋が突き出ていて、フィッシャマンズウオーフという

たくさんのレストランや土産物店が不夜城のように

遅くまでにぎわっている。

好奇心にまかせて次々と店を探索し結局、生の音楽が

聞けるにぎやかな場所はいずこも同じ。

「アイルランドパブ」

アイルランドが好きになった理由は

人と人との距離が近いこと。

飲み屋で目があっただけでにっこりと

微笑みかけてくる。

首都ダブリンには1kmに渡って居酒屋というか

たいていは立ち飲みのパブが並んでいてどこも

若者たちでいっぱい。

ダブリンで有名なその通りの名は「教会通り」

神もお酒も疲れた人の心を癒すからか。

一人暮らしのおばあさんが寂しさを紛らわしにきても

快く迎える温かさがある。

冷淡で心底は意外と傲慢なイギリス人に幾世紀にもわたって

虐げられた数百万人も飢餓で死んだ歴史のゆえか

人々の心は、協力し合って生きる気風がある。

そんな楽しいパブで夜も更けて帰ろうとしたが、

なかなか坂の街のケーブルカーが来ない。

仕方なくタクシーを探すがこれもこない。

ようやくリムジンの黒い高級車が止まった。

乗り込んで深夜のタクシーの運転手をみると

黒いスーツの美しい乙女だったのでびっくり。

サンフランシスコはある通りを越えると危険地帯がある。

一流企業の秘書みたいな上品な人がどうしてこんな怖い街で

タクシーを運転しているのだろうか。

防弾硝子越しにそんな印象を話してみた。

彼女はいつしか身の上話を語り始めた。

「好きな人ができた。

会社の上司、奥さんもいた。

奥さんと別れるからと彼が言うので付き合っていた。

会社も辞めた。

彼は必ず奥さんと別れると言っていたの。

でも、最近奥さんに子供ができたそう。

彼の言葉が信じられなくなってきた。

彼からの連絡もなくなってしまった。」


そのとき思わず言った言葉がこの言葉だった。

「人の心は水彩画。

初めて描いた絵はいつまでも消えない。

油絵のように塗りなおしが利かない。

無理に忘れようとしても無理なんだ。


しかし,どんな悲しみも、いずれ時が解決してくれる。

後になって、あの時あんなに思いつめていたのが

うそのように思える時がかならずやってくるよ。」

そう言って彼女の心をいたわった。


彼女はじっと考え込んでいた。

そして後ろを振り向いていった。

「明日、会ってもっと話したい。」と。

「ごめん。

 僕も会って、もっと話したい。

 でも明日の早朝の便で日本へ帰るんだ。」

それっきりの出会いだった。

彼女は、知的で美しい女性だった。

時々今でも思い出す忘れえぬ人々のひとり。

いま頃は、きっと別の優しい男性と可愛い子供たちに

囲まれて幸せになっているに違いない。

そうあって欲しい。


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