2-10 皇居にて


トレード



 部屋に戻ると、かあさんが食事の準備を整えて待っていた。
「レイナ様から伝言です。シャワー浴びて朝ご飯食べたら、身支度して
参内しなさいとの事です」
「寝かせてくれないってか」
「そのように承っております」
「やれやれ。一晩くらいは大丈夫だけどさ・・・」
 おれはぼやきながらもシャワーを浴びて朝食を済ませると、セレスティ
スに乗り込み、皇居へと向かった。
 正門から乗り付け、玄関前で降りて宮内省AIに先導されて宮殿の奥へ
と案内された。
 主殿の食堂らしき所に通され、居並ぶ人々の顔ぶれに怯んだ。
 和久陛下。首相と黒瀬さんとおそらく閣僚の数名。相子殿下と奈良橋
さん。米国務長官イーガン氏ともう一人の白人女性は確か米の駐日大使
だったろうか。軍服姿の老年男性もいる。
 それら全てを仕切るような席にレイナが座っていて、その横並びの席
に案内されて座った。
 レイナはテーブルの下で手を握ってきて、おれの頬に軽くキスすると、
立ち上がって言った。
「それでは、私のパートナーが参りましたので、会議を始めましょう。
議題は、陛下の亡命希望の取り扱いと、アメリカ合衆国政府からの条件
提示です」
 レイナが着席すると、入れ替わりに首相が立ち上がって発言した。
「日本国政府は、陛下のご希望を検討しました。それは大きく3つあり、
皇室維持法の廃案と自らのクローン再生の禁止、その元となる遺伝子サ
ンプルの完全廃棄です。
 もちろん天皇陛下とは国民の象徴であり、新憲法においても自ら政治
的判断を下すことは認められておりません。
 陛下は自身のご希望が叶えられないのであれば、他国へ亡命されたい
とのお考えを内々に示されました。その先は私たち日本の最大の同盟国、
アメリカ合衆国政府です。
 日本政府が、この亡命を容認する可能性はありません。しかしながら
陛下のご希望を斟酌して、皇室維持法の再提出には慎重な姿勢をとって
おります」
「私が死んでから再提出すれば良いのだものな」と陛下が口を挟んだが、
首相は軽く頭を下げただけで続けた。
「そのような意見が一部にあることも承知しております。実際にそうな
る可能性もあるでしょう。
 日本政府がいかに陛下を国内に留めようとしたとしても、瞬時に国外
へ移動させられるばかりか、行方を完全にくらまされてしまう可能性す
らあります。我々はその可能性が実現することを望みません。
 ならば次善の策を探るべく、私どもは米国政府と交渉を持ちました。
 ここでいったん、米国政府の代表から語って頂きましょう」
 首相が着席すると、イーガン氏の隣の女性が立ち上がって話し始めた。
「亡命という形で、陛下を受け入れることは国際的にも非常にデリケー
トな状況を両国間に強います。誤解や憶測による暴力や悲劇が発生する
かも知れず、これを合衆国政府は望みません。
 しかし過去には天皇陛下が諸外国を国際親善という名目で訪問される
ことは珍しくありませんでした。
 皇族の方がLV2以降残り二人となられてから海外への親善訪問は絶えて
いましたが、この再開の最初の訪問先としてアメリカ合衆国を選ぶとい
うのは決して不自然ではありません。再開の題目はどうとでも設定可能
です。
 米国各地を親善訪問中、急病に倒れられたという形で世間とマスコミ
から隔離、連邦政府機関に収容し、手術と療養という名目でご滞在頂き
ます。
 それが数年に及べば不審がられましょうが、わずか2、3ヶ月であれ
ば可能です。しかもLV3発生後であれば世間の耳目はそちらに集中するで
しょうし」
 閣僚の一人、おそらく外務大臣が発言した。
「しかしです、その最初の一人が陛下だった場合、合衆国政府は誹謗と
疑惑の対象となってしまうのではありませんか?」
「そうですね。その可能性は否定できない。従来であれば、この亡命を
受け入れるメリットは我々にとって存在していませんでした。
 しかし存在していなかった筈のメリット、つまり対価を我々はすでに
受け取っているのです」
 閣僚達が一斉に唸る。
「私どものビリオンズ、ミノリーヌ・アプレシオと、完全耐性保持者白
木隆との直接性交渉、及びその結果として採取される白木隆の精子の保
持」

 なんだと!、という様な叫び声が閣僚達の間から上がり、レイナへ視
線が集中する。

「今までの白木隆の性交渉や自慰による精子は受精したものを除き、全
て破棄処分されてきました。そこにいらっしゃるミズ中目の処理によっ
て。
 そして私どもは既に受け取った対価の見返りによって、二つの提案を
日本国政府に提示するようミズ中目から要請を受けております。
 一つは、皇室維持法の廃案、ないしそれが政府として受け入れられな
いのであれば、陛下の亡命を容認すること。具体策は先ほどご案内した
手順に従います。
 もう一つは、我々が保持している白木隆の精子の供与。全てとはいき
ませんが、どのような目的の為に利用されようが、私どもも、そしてミ
ズ中目も関与されないとの確約を頂いております」

 部屋は騒然となった。
 おれはレイナに向かって言った。

「お前、反対だったんじゃないのかよ?」
「今でも、反対だよ」
「じゃあどうして?」
「浮気の代償?」
 ぐっ、と言葉に詰まった。
「冗談じゃないけどそれを冗談としておいてもね、いろんなことに落と
し所を見つけてあげないといけなかったの。
 そのための、あたしなりの、ぎりぎりの妥協」
 いつの間にか、相子殿下がレイナの脇に来てて両肩を掴んで揺さぶり
ながら言った。
「あなた、私を売る気なの?」
「殿下も、ご決断なさるべきです」
「何をよ?私はもうとっくに決断してるわ。悠だけを愛して、彼との間
にだけ子供を残すことを」
「米国政府から供与を受けた精子と、殿下が月経として排出される卵子。
すなわち期限内に受精できなかったものを掛け合わせて、受精に成功す
るかどうか試す。
 もしダメだった場合、日本政府はそれ以上を強要しない。つまり、白
木隆との直接性交渉を」
「わいも、その条件にいくつか付け足して、合意したんや、相子」
 レイナの肩を掴んでいた手をはぎ取った奈良橋さんが言った。
「もし受精に成功した場合でも、わいと相子の間の子供としては認めな
い。政府もそう発表しない。先々代陛下の庶出の隠し子が見つかったと
でも発表する。それも何歳かまで育ってからな。つまりLV3後の話や。
現体制や社会が崩壊してれば、ただの皇家の血を継ぐ存在として生きて
いくやろう。生き残って、産まれればの話やが」
 相子様は捕まれていた手をふりほどくと、奈良橋さんの頬を打って叫
んだ。
「裏切り者!あなたは、それでいいの!?」
「裏切らない為やし、お前もわいを裏切らんで済むやろ、これなら。他
の男に抱かせる始末になるくらいなら、何百倍もマシや」
「そうだとしても、私は、あなたとの間にだけ子供が欲しいの!私も、
そしてたぶん白木君も、つまり両親のどちらも望んでない子供なんて誕
生させたくない。あなたもそうだったんじゃないの、レイナ!」
 相子様は再びレイナへと詰め寄ろうとしたが、おれは間に入って言っ
た。
「男は出すだけだから気楽だって女の人は言うらしいですけど、こんな
羽目になるなんて予想してませんでした。
 ぼくだって、相子様の意見に同感です。だけどどうしても直接交渉を
持たなくちゃいけない立場に追い込まれるよりは、ずっと耐えやすい。
一番つらいのは、たぶんレイナなんですから」
 レイナが中目に切り替わり宣告した。
「もしも白木隆と相子殿下との間の体外受精に失敗した場合、日本政府
はそれ以上の受精措置を双方に対して要請しないし強要しない。
 もしその約定を破った場合、その者を私がアイスベルトに排除する。
 この条件で妥協して頂けないだろうか、相子殿下」
 相子殿下は、中目と、奈良橋さんと、そして他の面々をぐるりと見渡
しながら言った。
「せめて、考える時間はもらえないのかしら?」
 中目が答えた。
「殿下、あなたの生理により排出された卵子の消去処理まで頼まれてい
た私は、当然そのサイクルと時期まで把握している。
 次の生理までおよそ2週間ある。その間に答えを出して頂かないと、次
の機会は約1ヶ月後となる。そしてLV3の到来まで、短ければ2ヶ月ほど
しか残されていない」
「・・・わかったわ。それまでには、答えを出す。約束する・・・」
 首相が立ち上がって言った。
「我々日本国政府としても、先ほどの提案を持ち帰っていろいろと検討
しなければならない。陛下の親善訪問のスケジュールその他の打ち合わ
せについても、皇室維持法の修正内容についても」
「当然のことですね。必要と思われる時間をかけて頂きたい」とイーガ
ン氏。
 陛下が立ち上がり、言った。
「皆、私のわがままで迷惑をかけてすまなく思う」
 頭をちょっとだけ垂れ、また面を上げると言った。
「レイナ、この後、時間をもらえないか?二人だけで話したいことがあ
る」
 中目がレイナに切り替わり、おれをちらりと見てから、うなずいた。
 その様子を見て、部屋に集まっていた人々は退出して行った。
「心配?」とレイナが声をかけてきた。
「何をどう心配しろって言うんだよ?」
「ほら、二人きりってさ・・・」
「ああ。おれはお前を信じてるからさ。そんな心配言われるまで想像も
しなかったさ」
「それじゃ今は?」
「してねぇよ」
「じゃ、私と二人だけでお話ししてもらえるかな、白木君?」
 相子様が割り込んできた。
「それは少し心配になるかな、かな~」とレイナ。疑いの眼差しで殿下
を見つめる。
「あはは、真剣な話があるだけよ。誤解しないでね」
 笑って言った殿下に奈良橋さんが言った。
「んじゃ、わいが同席してもええんやろな?」
「ちょっと、微妙な話があるから、あなたはダメ。部屋の外ででも待っ
てて」
 奈良橋さんは相子様と何かを無言でやり取りして、やがて頭をかいて
言った。
「わーった、わーった。好きにしろ」
「うふ、ありがとう、ヒロシ!じゃあついてきて、白木君」
「じゃあ、後でな、レイナ」
「うん、タカシ君!」
 そして何だか久しぶりな感じのレイナとのキスと包容を終えてから、
相子殿下の部屋まで連れて行かれた。



相子様と



 相子様の部屋は、総和室なことを除けば、ベッドの上のクッションや
ぬいぐるみなど、かわいらしいものが点在する普通の女の人の部屋に見
えた。
 相子様はそんな部屋の真ん中に据えられたベッドに身を投げ出して顔
を枕に埋めると、そのまましばらく身動きしなかった。
 やおら顔を上げてこちらを振り返ると恐ろしいことを口にした。
「どうして覆い被さってこないの?」
「・・・人を何だと思ってるんですか?」
「浮気者のウマタロ?」
「もしそうだとしても発情狂じゃないし、相手がそういう雰囲気なのか
どうかくらいの判別はつきます」
「そっかそっか。じゃあ私のそばに来て寝そべってとかお願いしても変
な気にはならないわけだね?」
「お断りします」
「なんで?」
「あからさまな罠に足を踏み入れる気にはなれませんから」
「じゃあ良子は何だったの?どうして抱いちゃったの?」
「自分でもよくわかりません。だけどそれが本当にお話になりたいこと
なんですか?」
「全部じゃないけど、関わりのあることよ」
「そうですねぇ」おれは相子殿下の脇に腰掛けて言った。そうすると逆
に寝そべった相子様の姿を見ないで済んだから。「やっぱりうまく説明
できません。けど・・・」
「けど、何?」
「良子さんは言ってました。どうせ陛下も私も死んじゃうんだから、精
一杯の抵抗をするんだと。中目に一泡吹かせられれば本望だと。良子さ
んだって世が世なら普通に恋愛して結婚して家庭を持って、そんな人生
を送って終わったかも知れない。なのに、陛下との間柄がどうなるにせ
よ、そんな人を殺してしまうんだな、と」

 止められるかも知れないのに、止めないかも知れないんです、とまで
は言えなかった。

「彼らの移住よね、全ては。天の摂理がきっかけになってるから、文句
もあまり言えないんだけどもさ」
 そう、この相子様自身でさえ、殺してしまうかも知れないのだ。ぞっ
とするような罪悪感が浮かんでくるのを、必死で振り払った。
「良子をけしかけたのは、あたしとヒロシでもあるから、悪のりってい
うか勢いでああなっちゃったのは、レイナちゃんにも白木君にも悪かっ
たなって思ってたの。だから謝りたかった。ごめんなさいね」
「いえ、ぼくも押し退けてまで逃げなかったし」
「律子とのこともお礼を言わなきゃいけなかったしね。ありがとうね」
「まぁ、それもぼくが好きでやったことです。人のせいにはできません」
「そこら辺は変に潔いのね。開き直りすぎてて何かむかつくけど。でも
親友二人ともと通じちゃって孕ませちゃうなんてね。その上周囲から私
自身まで押し付けられそうになるなんて、策士策に溺れるというより、
自分で掘った穴に落ちちゃった感じね」
「穴掘っちゃっただけでまだ落ちてはいないでしょう?」
「それで、あなたは反対しないワケ?」
「ぼくと相子様との間の体外受精ですか?」
 相子様はうなずいた。少しだけ照れながら。
「直接寝なきゃいけないようになるよりは、全然マシですから」
「それはそうなんだけどね。でも考えてみて。それで受精に成功しても、
とってもイヤなんだけど、でも失敗するのも、怖いのよ」
「どうしてです?中目の確約があれば、周囲もそれ以上は・・・」
「違うの。白木君の連続ヒットが私に対してだけ止まっちゃったらと思
うとね、誰ともデキないんじゃないかと不安になるの」
 耐性の差の話を持ちだそうとしたが、良子さんが1/1だった以上、それ
はフォローになっていなかった。
「でも、同レベルの耐性保持者との間なら・・・」
 苦し紛れにそう言ってはみたものの自信は無かった。
「そうなのかも知れないけどね。でも私とだけ体外受精でダメだったら、
もしあなたの精子でも政府の手持ちの他の女の人の卵子でも体外受精で
ダメだったら、やっぱり政府は言ってくると思うわ。直接ヤレばデキる
んじゃないかって・・・」
「ゾっとしませんね。でもそこは中目を信じるしかないでしょう」
「まぁね。でさ、話は変わるんだけど、レイナちゃんと律子って似てる
と思う?」
「え、えーと・・・」もしかして知ってるのかと疑いつつもごまかす。
「あまり似てないと思うし、そう言う人も少ないんじゃないかと」
「そっか。でもね、和久が何度か言ってきたの。あの子が、律子に生き
写しじゃないか?って。私にはそう見えないからそう答えておいたんだ
けど」
「生き写し、ですか。極端な物の見方をされる方なんですかね」
「そうかも知れないけど、ヒロシも言うの。あの子と律子との間には、
太い縁がつながっているって。そりゃ今の日本政府とNBRを取り巻く状
況からすればつきあいもそれなりにあるでしょうけど、ヒロシに言わせ
るとそんな仕事関係の深さのようなものじゃなくて、親子の絆くらに太
いんですって」
「それって、霊が見えるって類なんですか?」
「本人の弁によると霊は見えたことないし、人と人の間の絆のつながり
はもっと別なものなんですって。私にも良くわからないけど」
「運命の相手と赤い糸で結ばれてるのが見えるとかって感じですかね」
「たぶん・・・」
 相子様はいつの間にかおれのすぐ隣に座っていた。心拍数がほんの少
し跳ね上がる。
「そ、それでお話は終わりですか?」
 妙な雰囲気になる前に離れようとしたおれの手を相子様が掴んだ。
「まだ、誰にも話してない夢見の話があるの。でも、その前に・・・」
 相子様は、まるで良子さんがしていたのと同じ様に、部屋のあちこち
にお札を張り、ベッドの周囲を塩の円でぐるっと囲うと、音楽をかけ始
めた。
「あの、何の意味が・・・?良子さんも似たことやってましたけど、あ
いつらには見えてたみたいですよ」
「そうかもね。でもちょっとだけ引っかかってるの。何であの状況下で、
わざわざ律子をあそこに運び込んで割って入らせたのか。その先の出来
事まで読んだ上での行動だったら、もう手も足も出ないんだけどね」
「それで、どんな夢を見られたんですか?」
「あなたに話してしまうことで未来が変わってしまうのかも知れない。
それがどんな影響を私の未来に及ぼすのかもわからない。
 けど、さっきの話を聞いて私も思ったの。レイナちゃんやヒロシが自
分のポリシーを曲げてまで妥協するなら、私だって・・・」
 ずいと体を寄せてきた相子様から、おれは体を引き離した。相子様は
いたずらっ子ぽく瞳を輝かせてにやりと笑って言う。
「あなたと私は、シちゃってたの」
「・・・嘘ですね。目が真剣じゃない」
「あら、じゃあこんなのはどう?」
 相子様は耳元に口を寄せてささやいてきた。
「あなたはレイナちゃんを殺そうとしていた」
 おれは文字通り固まった。
 相子様は淡々と続けた。
「ベッドの上で、レイナちゃんに馬乗りになって、首を締めてた。そう
いうプレイかとも思ったけど、そんな雰囲気じゃなかった」
「それで、ぼくは、最終的に・・・?」
「わからないわ。おふざけだったのか、それとも寸前で思いとどまった
のか。その前に目が覚めてしまったから」
「これがあなたの夢見、予知だという可能性は高いんですか?」
「たぶん、としか言えない。私自身予知能力者を気取るつもりは無いも
の。ただ、時々、未来が見えてしまうだけ。それは一方通行、勝手に送
られてきた情報を受信してしまうだけの間柄ですもの。
 でもね、白木君、あなたは彼女の首を絞めて殺そうとするような動機
を何か持ってるの?」
「それが、本当に聞きたかったことですか?」
「そうよ」
「このお話、他の人には?」
「誰にも話してないわ。ヒロシにもね」
「じゃあ、話さないで下さい。ぼくからのお願いです」
「・・・見返りは?」
「あなたをこの場で押し倒さないってのはどうです?」
「それは女の沽券に関わる問題かも。親友二人は押し倒されたけど、私
だけ相手にされなかったとあっては・・・」
「ふざけないで下さい。冗談になってませんから」
「・・・心当たりがあるのね?」
「さあ?、とだけ言っておきます。それじゃ、そろそろレイナも奈良橋
さんも心配されてるでしょうから、引き上げますよ」
「待って、白木君」
「まだ何か?」
「日本国民の一人として答えて。もしあなたの協力で皇家が存続できる
としたら、あなたは必要な協力を申し出るのかしら?」
「自分の置かれた状況と協力の内容に寄りますよ」
「そう。じゃあ話すわ。これはまだ首相達も、もちろんアメリカもどこ
も知らない話。私と和久しか知らない。そして和久は今頃レイナちゃん
に話している筈。
 それはね、和久とレイナちゃんが結婚するっていう話なの」

 思考停止というのだろうか。絶句するにもいろいろと段階というかレ
ベルがあるのだと実感した。

「皇室維持法を廃案にすることはむずかしい。将来に渡ることを前提に
した場合、不可能に近いわ。体制や社会が続いていく限りね。亡命にし
たって無茶もいいとこ。
 それに私と白木君の体外受精がうまくいかず、私とヒロシとの間にも
子供ができなかったとしたら、皇家の系譜は本当に断絶してしまう。
 だから和久と私は話し合って決めたの。もしもレイナちゃんが和久と
の結婚に同意するなら、白木君がそれを認めるなら、和久は他の全ての
要求を諦める」
「ば、ばかな・・・!だって日本政府は、レイナが今、おれとの間の子
供を身ごもってるってわかってて。それにレイナとおれがそういう関係
だって世間にも知れ渡ってるのに!」
「聞いて。たぶん間違い無く、LV3は来て、和久は死ぬ。あと3ヶ月も経
たない内にね。そしてレイナちゃんとあなたの間の子供はそのまま、天
皇家の末裔として認知される。遺伝子的につながってない事なんて問題
じゃないのよ」
「どうしてです?どうしてそんなことがまかり通るんですか?」
「だって、考えてみて。あなた達以外誰も生き残らないのなら、間違い
無くあなた達の間の子孫がこの八百万の神の国を、いえ、この星を継ぐ
者になるんだから。
 だから、その前に逝く人達に幸せな夢を見せてあげるの。天皇が后を
娶って、もう跡継ぎを懐妊しているという夢を。産まれてくるまで生き
残れてる人達はそういないでしょうしね」
「イヤです。絶対に!それはぼくが日本国民だからとかどうかなんて関
係無く、絶対に間違ってます!」
「あなたの子供を身ごもってるレイナちゃんという人がありながら、3人
もの他の女性と通じて孕ませちゃったのに?わがままじゃないの?」
「ぼくのわがままなんて無関係です!
 天皇という制度やブランドが維持されればいいなんてぼくは思いませ
ん。ましてやそんなまやかしなやり方をするくらいなら、素直にクロー
ン再生した存在をその地位に付ける方がよほど真っ当に思えます」
「じゃあ聞くわ。レイナちゃんが万が一、和久の求婚を受け入れてたと
してら、あなたは身を引くの?」
「有り得ません」
「どっちが有り得ないの?レイナちゃんがプロポーズを受けることが?
あなたが身を引くことが?」
「レイナは、ぼくと一緒になるんです。他の人とは、有り得ません」
「浮気者のくせに、自信家だこと。独占欲が強いだけかしら」
「どうとでも言って下さい。それより、手を放して下さい。レイナの所
に行ってきます」
「あら、もしかして不安なの?」
「不安てわけじゃ・・・」
「あなたも状況に流されることがあったから、あの子も流されてしまう
ことがあるかも知れない。そうよね。それに、殺してしまう原因になっ
てしまう張本人の一人だもの。罪悪感も手伝って、もしかしたらもしか
しちゃうかも知れないわね」
 相子様はそういいながらのしかかってきて、おれをベッドに押し倒し
た。
「おれに手荒な真似をさせないで下さい」
「良子と律子は抱いておいて、私はダメなの?自信無くしちゃうなぁ」
「心にもないこと言わないで下さい。ほら、どいて・・・」
 左手で軽くどけようとしたのを、まるで見計らったように胸で受け止
められてしまった。
「あら、その気あるんじゃないの」
「変な言いがかりしないで下さい!いいかげん怒りますよ!」
「あなたのココは怒ってるのかなー?ずいぶん感じやすくて素直なコっ
て聞いてるけど・・・」
「ま、まさか・・・」
 と言う間に相子様の手がそこに降りていこうとし・・・、たのを体ご
と跳ね起きて突き飛ばすようにベッドから逃れ、そのままドアの外へと
突進した。
 ドアは何かにぶちあたった鈍い音を立て、そこには頭にたんこぶを作っ
たレイナと奈良橋さんがいて、少し離れた所で陛下がくつくつと笑って
いた。
「賭けにならなかったか、やはり」
 相子様もすぐ後ろまで来てけらけらと笑っていた。
「もしも君が相子に押し流されてしまうことがあったら、レイナは私の
求婚を受け入れる。そういう賭けになったのだが、分が悪かったね。昼
間だし、皇居だし、ああも堅苦しい事を言って警戒させた後とあって
は・・・」
 陛下が苦笑混じりに言うのに相子様が近寄って頬をつねり上げる。
「負け惜しみ言ってるんじゃないの。まぁ、実際押し倒した身としては、
何となく良子や律子の気持ちがわからないでもなかったけど」
「この女たらしめ」
 じろりと見上げてくる奈良橋さんの背中に相子様が抱きつく。
「これで浮気される身のつらさがわかった?わかったら今後は控えるの
ね」
「はいはい。仰せのままにや。わいの女王様」
「その言い方、なんか誤解を受けそうでイヤね」
 頭を押さえているレイナを抱きしめて言う。
「もう、こんな役回りイヤだよ」
「相子様の言葉、耳に痛かったって?」
「そうだしな。おれには、お前だけでいいんだ」
「その言葉はそのまま受け取っておくよ。未来がどうなろうとね」
 え?、と思う間も無く、陛下が手を差し出してきた。
「レイナを惑わしてしまってすみませんでした。もうフラレた過去の人
なのにね。申し訳ない」
「そんな、畏れ多い・・・」
 おれはでも陛下の手を取って握り返した。陛下も握り返してきて、そ
して言った。
「亡命するかどうか、わかりません。どうせ終わるなら、遠い異国より
も住み慣れたここの方がいいですしね。それに、こんな楽しい人達の側
にいられなくなるのは寂しい気もしてきました」
「あなたねぇ、あれだけ周囲を騒がせておいて・・・」
 詰め寄る相子様に、陛下は弁解する。
「でも、自分のクローン再生に反対してる気持ちはそのままだよ。遺伝
子サンプルの破棄に関してもね。皇室維持法に関しては、白木議員たち
が差し戻してくれたことで、修正の動きが出てきている。最終的にどう
なるかは見届けられないだろうから、心配してもしょうがいないんだろ
うけどね」
「陛下が助かる道は、本当に無いんでしょうか?」
 おれがぽつりと漏らした一言で、みんな静まりかえってしまった。
「例え子供ができなくたって、陛下の事を想われてる方もいるんですし。
それにLV3が来て被害がどれくらいになるか誰も確実にわからないのに、
何で陛下の死だけが確実じゃなきゃいけないんですか?」



陛下と


 そばにいたレイナが何かを言いかけたが、何も言わずに口を閉じてう
つむいた。おれはクリーガンさんと中目と3人でした会話を思い出した
が、続けた。
「だいたいの事情は、中目とか、良子さんから聞いてます。その上で、
ぼくが言うのはおかしいかも知れませんけど、でも言います。
 何で陛下の死だけが確実じゃなきゃいけないんですか?何で生きよう
と思わないんですか?いずれは死んじゃうでしょうけど、死に急がなきゃ
いけない理由なんて無い筈です。
 不遜な言い方ですが、陛下が、本当にレイナの事が好きで、生きてて
欲しいって思うなら、レイナだって、他の人だってそう思ってるかも知
れないじゃないですか?」
「生きたいと願っていても死んでしまうとしたら?それは結局は同じじゃ
ないのかな?」
「それでも、死ぬまでは生きてるじゃないですか!誰だってそれは同じ
なんじゃないんですか?」
「ぼくには、生き残りが確実視されてる人の傲慢に聞こえるよ」
「もしそうだとしても、誰かが陛下に生きてて欲しいって想う気持ちは
無駄じゃない筈です。それが勝手な想いだとしても、陛下が本当に亡く
なってしまうまでに出来る事はある筈です」
「じゃあ、意地悪な質問をしよう。相子姉さん、奈良橋さん、それにレ
イナ、少しだけ、二人きりにしてもらえないかな。それに聞き耳も立て
ないでおいて欲しい。できるだけ、ね」
「どんな質問なんです?」
 まだ周りに人々がいたが、おれはかまわなかった。陛下もその態度が
かちんときたのか、すらりと言い放った。
「君は言ったね。命は、死ぬまでは生きている。だから生きようとすべ
きだと。それまでは絶望すべきではないと。想いは無駄では無いと。
 では問おう。レイナがもし宿っている命を堕ろすというのであれば、
私はLV3の最初の犠牲者として志願する事を止めよう。悲劇の主人公を気
取って死を望むのを止め、またみじめな子作りにだって精を出そうでは
ないか。私に死を望むのを止めろというのなら、それなりの対価を提示
してもらおうではないか。一つの死にふさわしい重みを持つのは、別の
一つの死ではないか?」
「しょ、正気ですか・・・?」

 他の面々が唖然としていると、レイナがつかつかと陛下の正面に立ち、
その股間に思い切り、深々と、蹴りを入れた。
 陛下は悲鳴すら立てられずにその場にうずくまった。
 レイナは不遜にもその頭に足を乗せてぐりぐりしながら言い放つ。
「ど・こ・ま・で、お高く止まっているのかしら!まったく、こんな男
とそんな気持ちになってた昔の自分が恥ずかしくなってきたわ。いいこ
と、カズ君?命の重さは平等じゃないの。あなたの命は、他の誰かにとっ
て私のより全然重いの。逆も然り。そんなの当たり前でしょう?
 もしあたしに宿ってるのが普通の人との子供であっても、タカシ君と
の特別な子供であっても、それが私が望んだ子供である限り、今みたい
なあなたより全然重い命なの!比べ物にならないくらいにね!
 死にたいなら死になさいよ!生きたいなら生きなさい!それを誰のせ
いにもしないで。LV3が来て死ぬのも一つの定めだとしても、他の病気
で死ぬのも、死は死よ。それ以上でもそれ以下でも無い。
 だから、いつまでもうじうじしてるんじゃないわよ、このたわけ!」
 肩で息してるレイナを後ろから抱きしめてようやくその足を陛下から
離した。
 憤慨したレイナは、廊下をどすどすと踏みならしながら歩み去る。
「ほら、帰るわよ、タカシ君!とっとと来なさい」
 そんなレイナと入れ違うように、廊下の角から現れたのが良子さんだっ
た。
 良子さんは床にうずくまったままの陛下の傍らにひざまずき、その頭
を膝の上に乗せてレイナに乱された頭髪をなでて直しながら言った。
「また何ともおいたわしい姿で」
「それだけのことを言ってしまったというだけの事だよ。白木君、すまな
かった」
「い、いえ」
「陛下。やっぱりあなたはあんな小娘にはもったいないお方でございま
す」良子さんは陛下の頭を上に向けさせて口づけ、驚いている陛下に向
かって言った。「お慕い申し上げておりました。ずっと。あなただけ
を・・・」
「桶口・・・さん・・・・・」
「良子と呼んで下さいまし」
 すぐ側で見ていたおれは、後ろから相子様と奈良橋さんに押されてそ
の場から引き離されてしまった。
 十分に離れた所でやっと二人から解放されておれは言った。
「うまく、いけばいいですね」
「当人達次第よね。結局」
「良子はんは、相子の親友いうことでずっと言い出せなかったんや。陛下
が律子はんに憧れてたのもあったんやが、悪い意味で吹っ切れたんやろな」
「あなたねぇ。ま、でもそうかもね。白木君との事が無ければ、その日ま
で言い出せずに泣いて暮らして、和久が死んだら後を追ってたかも知れな
いから」
「せいぜい足掻いていただきまひょ。わいらと同じ感じに。そこのタカシ
君の打率には誰も叶わんでしょうけど」
「ぼくは、もう、イヤになってますからね。レイナだけで十分です」
「律子とは?また時々したいって言ったんでしょ?」
 うっ、と言葉に詰まった。
「まぁ若い内はいろいろ失敗するもんや。それで学ぶ物もあるやろ」
「あなたにそんな物があったとは初耳ね」
「けけけ。さ、タカシ君、レイナちゃんが待っとる筈や。はよ行きや」
「あ、話そらしたな~?!」
 問いつめようとする相子様と逃げようとする奈良橋さん。いつも通り
に仲の良い二人を置いて、おれはAIの先導で玄関へと、そこに停められ
たセレスティスで待っていたレイナと共に、宿舎へと戻った。

 レイナと二人でセレスティスに乗って向かう宿舎までの短い時間が、
何だかとてもなつかしく感じた。
「おれもお前も、とんでもないとこまで来たもんだ」
「そうだね」
 レイナはそれだけ言って、窓の外を見つめ続けた。
 宿舎に着き、二人でおれの部屋まで戻ると、ちょうど正午を過ぎた辺
りだった。
「昼食はどう致しますか、タカシ?」
「久しぶりにタカシ君の手料理食べたいかな、かな?」
 何から話を切り出したものか迷っていたおれは、申し出を受けて立ち
上がった。
「うし。何が食べたい?」
「タカシ君が作ってくれたものなら何でも。ただし、条件が一つだけ」
「なんだよ?脂ぎったものは避けるとかか?」
「ううん。愛情込めて作ってね(はぁと)」
 いつもならタックルするように抱きついてくる奴が、ただじっと見つ
めてくるのはいい作戦かも知れない。
「まかせとけ」
 そう請け負って、おれはレイナをハグしておでこに軽くキスしてから
厨房へと向かった。
 昼食の献立は、鶏肉のみぞれ和え、卵の厚焼き、ほうれん草のおひた
しにご飯、味噌汁という胃に優しそうな物を選んだ。おれも徹夜明けだっ
たし、この後できれば一眠りしたかったので、重いのは避けた。
 作っている間中、レイナはリビングのソファに座って、仮想ディスプ
レイを20個くらい出しながら、指先が残像でぼやけるくらいの速度で仮
想キーボードを叩いていた。
 おれは出来上がった料理をテーブルに並べてから声をかけた。
「できたぞ」
 レイナは空間から一瞬で仕事道具を消し去り、食卓についた。
 久しぶりの二人で囲む食事だった。
「味、どうだ?」
 仕事でもプライベートでも、他にいくらでも話し合わなくてはいけな
いてはいけないことは山済みしていたから、別のことから口にした。
「ん、いつも通り、おいしいよ!タカシ君のお嫁さんになって良かった~!」
 満面の笑顔でそう言ってくれるレイナの頭に手をのせて何度か撫でて
言う。
「そりゃ良かったな」
「タカシ君にとっても?」
「たぶんな」

 軽口を叩いてから、おれも食事に箸を伸ばした。
 食事の間は昼ドラマを流しているTV局にチャンネルを合わせておいた。
空気が重くなるのが怖かったから。
 ちょうど食事が終わる頃にドラマが終わり、ニュースが始まり、国体
維持関連3法案の再提出について語り始めた。

 皇室維持法の再提出を凍結するかどうかが、選挙議院の再審議で最大
の争点になっていた。世間に一番反発されていた人口維持法の生殖細胞
の供出は平時は希望者のみ、緊急時のみ義務とする変更が加えられてこ
ちらは再可決の見込みが立っていた。人工子宮利用法は無修正で再可決。
 先ほど後にしてきた皇居がニュースの背景映像になっていた。

「ついさっきまであそこにいたなんて信じられねえよ」
「皇女殿下に押し倒されたり、天皇陛下に金的蹴り入れたりとかね」
 レイナがくすっと笑った。
「でも、絶えるかも知れないんだよな。皇家の血脈が・・・」
「そうだね。でも、まだ、わからないよ」
「良子さんと陛下か?」
「可能性はゼロじゃない。相子様と奈良橋さんにしてもね。でも・・・」
「なんだよ?」
「体外受精がだめだった時、覚悟はしておいてね」
「無茶を言ってくる連中がいたら、お前がアイスベルトに排除してくれ
るんじゃなかったのか?」
「そうだけど、無碍にできない相手もいるよ。例えば越知首相とか」
「体外受精がうまくいってもいかなくても、おれは複雑だよ」
「どうして?」
「体外受精が全部失敗とかなったら、なぁ、いくらなんでも干からびる
ぞ。ハーレム願望なんて、ごく少数が相手だから成立するんだ」
「それもそうだね」
 くすくすと笑いだしたレイナを見て、おれは聞いておかなければなら
ない質問をした。
「あのさ。出来るだけ答えて欲しい。本当に、まだ、彼らの誰も移住に
成功していないのか?お前以外に」
「いないよ」
「それはまだ彼らの誰も挑戦していないからか?それとも結果が誰にも
わかっていないからか?」
「挑戦したのはほんの一部だけど、皆失敗したみたい」
「でもさ、例えばおれとお前の間の子供なんか、滅茶苦茶な競争率だっ
たんじゃないのかよ?」
「それは事実だよ。でもミノリーも言ってたけど、もしかしたら隆君の
子供みんな彼らの融合を受け付けない霊質設定になっているのかも知れ
ない。だとしたら、彼らの移住用に複製する対象からは外れる事になる
ね」
「霊質って何だ?」
「生まれつきの資質を決定してる因子。DNA、つまり塩基質の組み合わせ
情報が肉体の構成要素を決定しているとしたら、霊質は、対象の存在そ
のものの構成要素を決定しているものとでも考えて」
「前に中目から聞いた存在の識別子って奴か?」
「識別子も霊質の中で定義・記述されてるよ」
「つまり『彼ら』は、その霊質そのものを書き換えできる存在ってことか」
「人類が遺伝子操作してるのと近いね」
「存在の定義そのものを改変できるならさ、人類と『彼ら』の適合性と
かも書き換えられないのか?」
「当然の疑問だよね。で、LVでこんな騒ぎになってるってことは、答え
は『できない』ってこと」
「書き換え可能な情報とそうでない情報があるってことか」
「そゆこと。私は隆君をテレポートしたり、他人の意志と直接接続させ
たりはできるけど、存在の根幹を書き換えるような操作はできないみた
いね。だからこそ、LV1やLV2があったわけで」
「『彼ら』の移住の成功率を高める為だったとか言ってたけど、どうい
う事なんだ?」
「LV1は、『彼ら』の移住が人類の抗体組織に邪魔されないように、抗体
組織の情報を書き換えてしまう作業だった。
 LV2は、『彼ら』の移住に適した環境を作る為に、脳の神経細胞の接続
情報を書き換えてしまう作業だった。
 LV1とLV2を生き延びた人類は、既にそれまでの人類では無くなってし
まっているの」
「お前、なんかさらりとすごいこと言ってるぞ・・・」
「でも、事実だもの。私が言ってた従来の人類の終焉ていうのも、生物
学的に言えばもう実現しちゃってるし。
 LV3はね、最後の段階。『彼ら』の移住を受け入れる為に、霊質情報の
すり合わせをするの。『彼ら』でも書き換えできない情報はあるし、移
住する側とされる側の相性みたいのもあるから、移住の成功率と最終的
にお互いに生き残る数は未知数なの」
「そのすり合わせに失敗した人達が死んでいくのか?」
「たぶん、そうなるね」
「LV3、彼らの移住の成功率を高めるために何か出来る事は無いのか?」
「人類の側からは、無いよ」
「んじゃ、ビリオンズの間の受精卵を複製しておくことは?それだけで
かなり違うんじゃないのか?」
「違うかも知れないけど、ミノリーとエンデの間の受精卵でもその複製
でも、成功例はまだ確認されてないよ」
「くそ、成功が確認できてない受精卵を複製する意味は無いか・・・。
 あのさ、『彼ら』も、命そのものを生み出す事は出来ないのか?」
「出来ない。例えば、『彼ら』に移住可能な生命体を生じさせて、そこ
に移住するとかね」
「妙なトコで生命倫理が高いって言うか、こだわりがあるというか、ピ
ンポイントで不便というか、致命的に傍迷惑だな」
「物質変換できるのも、無生命体だけ。生命体を別の存在に作り替える
事は、書き換えだけでは出来ないんだってさ」
「んじゃAIにも移住は出来ないんだな?電子的な回路というかネットワー
クにも精神体というか生命が宿るってなSFがあったりするけど」
「それが出来てれば、AIの大量生産だけで騒ぎは済んでるよ」
「それもそうか。う~ん・・・。複製がダメ、AIもダメとなると、かな
り厳しくないか?」
「先行きが明るいとは言えないかもね」
「もしも、他に誰も成功例が出てないのなら、『彼ら』が移住をあきら
めてくれるとか、ないのかな?」
「さあ。それは『彼ら』にあきらめて滅びろって言うのと同じことだか
らね。難しいんじゃないかな、かな?」
「せめて、何かとっかかりが無いと、本当に数十億人が死ぬぞ、最低で
も」
「みゆきさんにも説明してあげないとね。何が起こるのか。どうして死
んじゃうのか。どうして子供を人工子宮に預けてくれないといけないのか」
「・・・法案審議が終わってからな。国体維持関連3法案の」
「それでもいいけどね」

「お話中失礼します」
 断りながらAIがTV画面を表示させた。国会議事堂正面を背景にレポー
ターが告げた。
「つい先ほど、国体維持関連3法案が再可決されました。再提出が危ぶま
れていた皇室維持法も無修正のまま抽選院に送られる事になります」

 再提出で大きく変更されたのは、人口維持法の精子と卵子の供出が、
平時においては希望性となった点だけだった。

「レイナ、再可決されたってよ。これでまた抽選議院の審議がにぎやか
になるな」
「さぁ。それはどうかな・・・」
「どういう意味だ?」
「私達にもまだわからないよ。さ、て、と!」
 レイナは立ち上がって一つ伸びをしてから立ち上がった。
「どうしたんだよ?」
「急な呼び出し受けちゃった。ごめんね」
「誰から?」
「首相とか黒瀬議長から」
「せめて明朝とかに出来ないのかよ?」
 レイナはおれの背後に回って首ったまに抱きついてきて言った。
「それもそうなんだけどね。LV3はいつ来ても、始まってもおかしくな
いんだよ?だから、みんな急いでいるの。その時の為の準備を・・・」
「そんな事言われたら何も言い返せないじゃねぇかよ・・・」
 おれは首をねじってレイナと唇を重ねた。
 レイナはにこっと笑って、「好きだよ、タカシ君!」と言ってから姿
を消した。



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