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人間は、殺されたお父さんのことは忘れても、奪われたお金のことは忘れません(247ページ)
平成 3 年(1991 年)4 月、高校 3 年生の守屋路行は、橋のたもとで雨宿りする白人少女マーヤと出会う。守屋と 3 人のクラスメイトは、マーヤを中心に、少し刺激的ではあるが平和な 2 ヶ月が過ぎてゆく。
マーヤが帰国しようという直前、守屋は受験勉強の合間を縫って、本を読んで彼女の故郷のことを知ろうと必死になる。だが、所詮は座学。マーヤは「人間は、殺されたお父さんのことは忘れても、奪われたお金のことは忘れません」と言って、悲しく彼を突き放す。そして、マーヤの送別会の日、クラスメイトの太刀洗万智が中学留年していたことを知らされる。
そしてマーヤは故国に帰った。
それから 1 年後、大学生になった守屋とクラスメイトによる謎解きが始まる――。
本書は、典型的なボーイズ・ミーツ・ガールの青春小説であると同時に、ミステリ小説でもある。なにしろ、私がご贔屓の創元“推理”文庫から刊行されているのだから。
舞台こそ藤芝市という架空の都市だが、主人公・守屋の日記を読み返すというスタイルで現実の世界情勢とリンクしているため、いやが上にも登場人物の現実味が増してくる。
守屋は私より 10 歳ほど年下。そして、あの年、ユーゴスラヴィア紛争の映像をテレビで見ていた。
私たち日本人は、(少なくとも飛鳥時代以降)単一民族であり、単一の母国語を話し、民衆による革命はなかったと教えられてきた。だから、多民族国家だったユーゴスラヴィアの内情は、本や新聞を読んでテレビの映像を見たくらいでは理解できない。
そして、生まれてから藤芝市を出たことすらなかった守屋にとっては、中学留年という異質な経歴を持つ太刀洗の気持ちすら分かってやれなかった。
さて、そんな守屋も、いまや 30 代半ば。きっと日本の会社で中堅リーダーとして頑張っているに違いない。はたして彼は、ユーゴスラヴィアのその後を知っているだろうか。
本書が出版されてから少し後、マーヤの想いにもかかわらず、ユーゴスラヴィアを構成していた 6 つの共和国はそれぞれ完全に独立する。この事実が、物語をいっそう切なくさせているのである。
■メーカーサイト⇒ 米澤穂信=著/東京創元社/2006年06月発行 さよなら妖精
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