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著者・編者 | ユヴァル・ノア・ハラリ=著 |
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出版情報 | 河出書房新社 |
出版年月 | 2016年9月発行 |
著者は、イスラエル人歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさん。本書は、世界で 800 万部を超えるベストセラーとなったそうだ。
上巻は、人類の発生から中世までを扱う歴史書ではあるが、年代や事件を解説しているわけではない。ホモ・サピエンスの本質を、認知革命、農業革命、神話といったキーワードを軸に掘り下げてゆく。貨幣や帝国が果たしてきた役割とは何か。そこから人権や差別、多様性といった現代の社会問題を考える。
世界史について、ある程度の知識があると、本書の視点が新鮮に感じられるであろう。だが、鵜呑みにする事なかれ。持っている知識を動員して本書の内容を考察することこそ、著者が求めていることだと感じた。
いまから 7 万年前、アフリカ大陸を再出発したホモ・サピエンスは、ホモ・エレクトスやネアンデルタール人にない高い認知的能力を備えた「認知革命」を達成し、唯一の人類になったと考えられている。抽象概念を扱えるようになったホモ・サピエンスは、チンパンジーなどの「群れ」とは比較にならない大規模な組織を統率できるようになった。
この仮説は、先日読んだ後藤明さんの『世界神話学入門』とも通じる。つまり、他の人類の宗教はゴンドワナ型神話をベースにしているが、再出発したサピエンスのそれはローラシア型神話なのである。
ハラリさんは、法人格や法律も、神話・宗教と同列としている。交易もサピエンスしか行っていないことをあげ、「認知革命は歴史が生物学から独立を宣言した時点だ」(55 ページ)と説く
1 万 2 千年前の農業革命が始まるまで、サピエンスは狩猟採集の生活にあった。この時代は、健康に良い多様な食材を手に入れ、労働時間が短く、感染症も少ない「原初の豊かな社会」であった。サピエンスは集団生活を営んでおり、一夫一婦制ではなかった。ハラリさんは、現代の不倫は狩猟採集時代の記憶の名残ではないかと指摘する。
また、この時代の・サピエンスはアニミズムを信仰していたといるが、アニミズムは体系化されているものではなく、当時の生活は依然として謎に包まれていると書いている。
感染症が少ないのは、集団同士の物理的距離があったことと、集団が違うと生活も違ったことが要因と考えられているが、多様性を考えるうえで、振り返っておきたい。
サピエンスが南太平洋を航行した証拠は発見されていないものの、いまから 4 万 5 千年前にオーストラリア大陸へ渡った。そこで、独自に進化した動物の多くを絶滅させた。一方、脂肪に富むマンモスなどを追った集団は、陸伝いにシベリアからアラスカへ移動し、1 万年前には南アメリカの南端へ到達した。ここでも、多くの動物を絶滅させてきた。ハラリさんは、サピエンスを「史上最も危険な種」と書いている。
ハラリさんは、1 万 2 千年前から始まった農業革命を「史上最大の詐欺」という。なぜなら、狩猟採集の時代より労働時間が増え、得られる食料が減ったからだ。だが、単位面積あたりの収穫量が増えたことにより、人口は爆発的に増えることになる。酪農も同様。増えた人口を養うために、サピエンスの農作業は次第に過酷なものとなっていった。サピエンスと小麦の DNA が、個体の生存環境ではなく、自己複製を優先させた結果かもしれない。もちろん DNA に意志があるわけではない。だが、我々が「意志」と信じているものの正体は何だろう――そして、我々が便利になると考えて受けいれてきた文明の利器は、本当に生活を豊かにしただろうか。
ハラリさんは、ハンムラビ法典は神話と同質と説く。たしかに、その前文にはバビロニアの神々の名前が列挙され、そうした神々の名の下に法典が作られたと記されている。さらにハラリさんは、アメリカ独立宣言もハンムラビ法典と同質だと言う(ハンムラビ法典が紀元前 1776 年、独立宣言を西暦 1776 年として対比するという皮肉)。歴史の授業では、王権神授説を脱却した人類の叡智とされる独立宣言であるが、冷静に考えてみれば、人権には実体がなく、その解釈をめぐって 21 世紀の今日でも百家争鳴なのである。ハラリさんの言葉を借りれば、これらは「サピエンスの社会秩序は想像上のもの」(155 ページ)なのである。
農業革命を経て、数千~数万人の住民を養う穀物を生産できるようになったものの、そうした記録はサピエンスの脳の記憶に収まりきらない。そこで「書記」が登場する。最初のシュメール文字は、散文を書くためのものではなく、こうした定量記録を残すためのものだった。その子孫がインカのキープ文字である。散文が書けなくても、インカ人は不便を感じなかったのであろう。9 世紀に入ってヨーロッパに輸入されたゼロを含むアラビア数字は、記録文字としては全世界で通用するものになった。アラビア数字は数学という抽象的な学問を扱うことができるから、「想像上の産物」を扱うのに都合がいいツールとなった。
法律、体制や数字といったサピエンスの「神話=想像上の産物」の副産物として、ヒエラルキーが発生する。社会的地位は、べつに生物学的な根拠があるわけではない。ハラリさんは、「これらのヒエラルキーはすべて人類の想像力の産物」(173 ページ)という。
また、「不幸なことに、複雑な人間社会には想像上のヒエラルキーと不正な差別が必要」(174 ページ)と指摘する一方で、「ヒエラルキーのおかげで、見ず知らずの人どうしが、個人的に知り合うために必要とされる時間とエネルギーを浪費しなくても、お互いをどう扱うべきなのか知ることができる」とも書いている。
そして歴史を俯瞰すると、サピエンスの社会は統合する方へと進んでいるという。グローバリゼーションだ。
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