2009年02月17日
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もう十日も経ってしまいました。

職場が春休みに入ってしまったことも大きいです。
もっとも、我々は休んでいるわけではなくていろいろとやることはあるわけですが。

今回の「ル・グラン・マカーブル」にまつわることを幾つか、思いつくままに書いてみたいと思います。

今回の企画、最初に打診をいただいた時には私はまだベルリンにおり、公演の時点で日本に完全帰国しているかどうかは全く決まっておりませんでした。というより、帰国に向けての具体的な行動を起こすよりも前のことだったのです。「ぴかままさんが出演可能ならば企画を本格的に進めます」とまでおっしゃって下さって、これは何を差しおいてでもお引き受けせねば、という使命感に駆られましたよ。もちろん、この作品を日本で上演しよう!ということは十年来各方面に向けて口に出してきましたから、これの日本初演に出られるというのは私にとって大きな喜びでした。

打診をいただいて、「英語ですか?ドイツ語ですか?それとも日本語訳を作って上演するのでしょうか?」と尋ねたのは、この作品の履歴を知っている私にとっては当然の質問。作曲したリゲティ自身は、上演国の言葉での上演を強く望んでそれを実現するために、自分自身が監修して各国語版の歌詞を作ってきたくらいですから、もしリゲティが生きていたならば当然日本語でやってくれと言うに違いなかったのです。せっかく生前に直接の交流があったのに、日本語訳詞制作について承諾を得るなどの行動に移せなかったことが残念でなりません。

でも、今回の公演はドイツ語で行うということでした。稽古開始までの時間を考えると、他のヨーロッパ系の言語とは全く体系の違う日本語での、耳で聞いてわかる歌詞を作るのはやはり難しい。なぜならば、公演をご覧になった方はおわかりかと思いますが、とにかく歌詞が駄洒落や語呂合わせ、掛詞や造語に満ちていて、箇所によっては言葉の意味を訳しても正直なところ意味がない、という場合も多いからなのです。例えば3場の白黒両大臣の掛け合いなんか、ABC順の頭文字を持つ出来るだけお下劣な罵詈雑言を競っているわけですから、日本語でやるならばアイウエオ順で、意味は全く違ってもいいから同様のコンセプトの言葉にしなければ・・・でもアルファベットとアイウエオでは総数が大きく違いますから最後まではいけないのです。ゲポポの歌詞なんかもMacabreという単語のアナグラムが基本で出来てますのでこれは訳そうにも訳せませんしね。
(ちなみに、公演の翌週Teru氏出演の椿姫を「け」と並んで観た際、休憩時間中に「け」が上記両大臣とほぼ同じ言葉遊びをしようと提案してきて驚きました。「け」はもちろんマカーブルは見ていないのですけれど・・・)


もちろん、英語上演という選択肢もあったと思います。私としてはこの機会に英語歌詞でもやっておきたいという気持ちもありました。日本の聴衆ならばドイツ語よりも英語のほうが聞いてわかる人も少しは多いかも、とも思いましたが、我々歌手の側がはたして、聴衆が聞いてわかる英語で歌えるのか、という問題もあり・・・日本の声楽家育成の過程においては、英語はほとんど重要視されていないのです・・・。
結果的には、私にとっては「覚え直さなくていい」という点で楽ではありました。

もっとも、日本人一般が耳で聞いて誰でも分かる単語の部分を英語版に差し替える、という方法は幾つか採用しました。このうちゲポポの「password」という単語については、コンサートバージョンでもこれまでずっとドイツ語の「Tarnwort」ではなくこちらでやってきましたし、そもそも「Tarnwort」なんていう言葉、ドイツ人は通常使いません。メスカリーナも「Fernrohr」は「telescope」に、「oben ohne」は「topless」に言い換えてましたね。
B組では「1,2,3,5!」とか「コケコッコー!」とかの日本語も交えてました。

そう、今回、A組とB組では、全体のコンセプトは同じでありながらも、細かいところはそれぞれかなり違う演技をしていたんですよ。これは演出家が我々歌い手にかなり自由に動かせてくれたということが大きいです。特にゲポポについては、私とはるちゃんとで動線すら違ったので、「家来」役として一緒に動くダンサーのみなさんはそれぞれ違う動きを作って覚えなくちゃならなくて大変だったと思います。ご迷惑をお掛けしました。
このゲポポの部分は、私は演出家から基本コンセプトのキーワードを幾つかいただいただけで、ほぼフリーハンドでやらせていただけました。この部分の初回の立ち稽古のときに、私が即興で走り回ってその段階でのOKを頂いちゃったので、横で見ていたはるちゃんは焦ったかも知れません。私も「ちょっとやり過ぎたかな」と思って、はるちゃんには「あなたはあなたのゲポポを作れば良いんだから私のにはとらわれないで!」と弁解。もちろん、これをベースにその後他役との絡み、装置との関係などの調整が加わって公演時の動きが出来上がったわけですが。
コーミッシェオーパーでやったときはそれほど激しい動きは無かったものの、チビの私には寸法が難しい動きも結構あったし、衣裳の面でも動きに制約が多かったので微妙に不完全燃焼が残ってまして・・・
結果的に、基本線は同じながらもそれぞれかなり違う動きになったわけです。あたかも、演じている鳥の種類が違う感じ。私はカラス、はるちゃんは黒色烏骨鶏って感じかしらね。

ついでに言うと、ゲポポの初期段階でバタッと大の字に倒れてしまう動作、あれは2場のアストラダモルスの「死んだふり」のリフレインとしてやってみました。はるちゃんのほうはここは倒れたあと丸太の如くゴロゴロ転がされたりしてましたからリフレインとしてのコンセプトは噛ませていない、ということになりますかね。


ひとつ、今回の演出コンセプトのなかで、私にはどうしても納得のいかない点が残りました。
アマンダとアマンドのカップルについてのとらえ方、なんです。
演出家は今回、「性に没頭する非生産的なカップル」の象徴という意味合いで同性愛のカップルとして表現したわけですが・・・この役の、初演バージョンにおける役名(結構露骨なんでここには書きませんが、♂生殖細胞と♀局部の名称をもじったものです)からもわかるように、もともと男女のカップルとして描かれたものなんです。この作品全体におけるリゲティのメッセージを、私は以下のようにとらえています・・・「世の中がどう変わろうとも、人間(人類)は世代を繋いで生きていく。どんなお題目や政治信条よりも、人類の"生き物"としての生命力のほうが強いのだ。だからこそ"今"を精一杯楽しんで生き、未来へと繋げていこうじゃないか」・・・これを前提におくと、生産しない同性愛カップルではなくやはり生産するカップル、つまり男女のカップルじゃないと理屈が通らないわけです。
もちろん、これまでにもいろんなとらえ方に基づいた演出が存在してきたわけで、生前のリゲティが、政治的メッセージ性を前面に出した演出に対し怒り狂った、などというエピソードが伝わっていますが、一旦作家の手を離れた作品がどう解釈されどう演出されるかはすでに表現する側の自由だ、とも思います。だから私も今回のこの点についての解釈を否定するというわけではなくて、でも私個人はそういう風にはとらえていないんだよなぁ・・・ということで。

最後に、いろいろな我が儘を文句も言わずに聞いてくださった裏方さんたちに、心から感謝を捧げたいと思います。小屋入りしてから公演までの時間が非常に短かったのにもかかわらず、ここをああしてくれこうしてくれという様々な注文を、信じられないほどの手際の良さとスピードと確実さで実現してくれた魔術師たち。裏方さんたちにこれだけ全幅の信頼をおいて舞台にのれる環境というのは、世界中どこを探しても日本以外には無い、と言っていいんじゃないかしら。



・・・再演、出来ると良いなぁ。





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最終更新日  2009年02月18日 01時59分15秒
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