【40】~【44】










 【40】もう、藤田さんよね!







こっちを見ていたメープルの秘書に


「もういいから」と帰るよう指示した後、


俺は再会を喜び合っている2人の前に進み、




「藤田、お前達、知り合い?」と尋ねた。



「はい、こちらの山下さんは大学時代の親友のお姉様です。」と藤田。



「藤田君、お姉様だなんていい方やめてよ。弟の友人なんです。


NYの画廊で働いていた時、何度が会ったことがあるんです。


何年ぶりかしら? 本当に久しぶり。


あっ、藤田君なんて私の方が失礼よね!もう、藤田さんよね!」



と眼鏡女が藤田の呼び方を変えて言った。



そして、あらたまって、俺に向かって、



「すみません。仕事中にプライベートなことで…

つい、うれしくて、私語が入ってしまいました。」



とわびを入れる。



それを見て、藤田が慌てて、一緒に謝っている。



「僕こそ、申し訳ありませんでした。

つい、懐かしかったもので、話しかけてしまいました。」



「いや、もう、終ったんだろ?気にするな。2人で頭下げるなよ。

なんなら、ちょっと、話したって構わない…けど。.」  


思わず、引き伸ばしを計ろうとした。



それに反して眼鏡女は


「いえ、とんでもない。作品の搬入も滞りなく、

行われたようですので、これで失礼させてもらいます。

本日は誠にありがとうございました。」


とお礼を言う。



画廊の社長も、もう一度、自分の時計に目をやって



「なんとか、指示通りの時間内で終る事ができました。

昨日からの事といい、全く、こちら側の不手際申し訳ありません。

今後とも、どうぞ、ご贔屓によろしくお願いします。」


と頭を下げる。




三方向から、頭を下げられた俺はとりあえず、


あいつが俺の視界から見えなくなった事を確認し、


「せっかく、うちの藤田と久しぶりに会ったのに、

ゆっくり、話をする暇がなくて申し訳ないです。

スケジュールが詰まっていて、本社の方に戻らないといけませんので…

もし、よければ、ここがオープンした後、皆さんを食事に招待しましょう。」



とそれまで思ってもなかったことをつい、提案する。



間を入れず、


「なんと言う、ありがたいお言葉。藤田はうれしく思います。」


と藤田が返事をしやがる。


バカ、なんで、おまえが先に返事をする?


俺はお前に言った訳じゃあない…・


社長と眼鏡女に言ったのがわからないのかコイツ?





ニコニコしている藤田を横目にまだ、


数名残っていたメープル社員達にも解散を伝える。




「こちらこそ、本当に今日はありがとうございました。

無事に滞りなく終わり、ホッとしております。

その上、食事の招待までしていただいて…」と社長。




「招待ありがとうございます。

どうか、藤田さんのことも、よろしくお願いします。」

と眼鏡女がお礼を言っていた時だった。



運送会社の奴が


「お話中に失礼します。」

と青い顔をして、眼鏡女に話しかけてきた。


「どうしたの?」


「あの、すみません。今、再確認したら、台座と作品を留めるための、

ボルトに不具合が…。すこし、ネジ切れているのかも…」



「そんな!すみません。もう一度、確認してきますので、

失礼させていただきます。」



眼鏡女は慌てて、運送会社の奴と作品まで行き、足元の確認を始めた。





なんだ、、結局、時間押して来たな…


で、アイツ、どこに隠れたんだ?と俺が思っていた頃…



つくしはというと…









【41】  ちょっと待ってよ!










あたしはというと、



司が山下さんたちに話し掛けたのを合図のように、


藤田さんに見つからないようにその場所から


できるだけ、遠ざかろうとしていた。




その時、ちょうど、あの秘書がつくしの横を

帰るため、通り過ぎようとしていた。



この男、司から、何度か聞いていたけど、ホントいやな奴だわ。


あたし、司のためになんにもできないって思っていたけど…



前かがみになって、ヒールの高い靴を脱ぐと、それを手に取り、


そう、あの秘書に1発くらい、このハイヒールで


キツイお返しをしてあげようと思ったのだ。 




でも、結局、それは不発に終ってしまった。



なぜか…




だって、殴りかかろうとした瞬間、 






そう。滋と桜子、2人の見たものは……



つくしが突然、ハイヒールを脱ぐとそれを手に持って、


誰かに近づいていく姿だった。






どう考えたっておかしい。





ドスンッ!と誰か人にぶつかってしまった。


「あっ、すみません。」


と、振り返るより先に両方から腕を捕まれ、


引きずる様に連れて行かれそうになる。


「ちょっと、待ってよ!」 


あたし、こんなところで、

白昼堂々、誘拐される?



と思った瞬間、

腕を握っている2人の見慣れた顔が見えた。



滋さん、桜子!!  


「……び、びっくり!…… した!……」




「びっくりしたのはこっちの方ですよ。

先輩なんなんですか?靴、持って!裸足じゃないですか!」



「そうだよ。久しぶりにあんな怪しい動きをするつくしを見たよ。

どうしたの?あの人、殴ろうとしたでしょう?」




我に返ったつくしは急いで、



「とにかく、こっちに来て!」

近くにあった大きな柱の向こうに2人に連れて行く。




「ちょっと、深呼吸させて。」と言って、


息を大きく吸い込むと、一気にしゃべりだした。




「あのね、悪いけど、今、詳しく話してる暇がないの。


あとできちんと話すから…あっ、それから、昨日はごめん。


とにかく、今、ちょっと、ピンチなの。道明寺はいいの。


わかっているから…あっ、駄目なのは藤田さんよ。


どうにかして、お願い。


ロビーから、追い出して欲しいわけ。


今、見つかっちゃぁ、困るのよね。」



息切れしてまた、息を吸い込む。




「つくし、言ってることが意味不明!

かなり、大丈夫じゃあ、ないみたいだね。」



滋がつくしの顔を心配そうに見つめる。




「先輩、それより、靴をとりあえず、履いてくださいよ。


その靴でなにしようとしてたんですか?この質問に答えてください。」


と詰め寄る桜子。




「あっ、いや、そうじゃあなくて、とにかく、藤田さんを…」




えっ?あたし、なにを言おうとしているんだろう?



いや、なにをしようとしていたかというと…… 



手に持っていた靴を見て、ダラーと背中に汗が流れる感触。




あたし、あの男のすがたを見た途端、頭にカーッと血が登り、

その後は全然、覚えてなかった。




2人の出現によって我に戻るまで何秒もかかっていないはずだ。


つくしの顔が赤くなったり、青くなったりするのを見て




「わかった。わかった。


藤田さんをどこかに連れて行ったらいいんだね。


つくし、任せといて!滋さんに不可能は無しよ!」


滋は自信たっぷりに返事をした。



「先輩、靴のことは置いといて、1つだけいいです?


道明寺さんとは仲直りできたんですか?」




「あぁ、桜子、ごめんね。昨日から心配かけて…


なんか、変なの…仲直りじゃあないけど、


道明寺、怒ってないみたいな…


あたしの内緒ごとに付き合ってやるって


言われたの。意味わかる?


もう、何がなんだか…どうしたらいいのか


まさか、今日、こんな所で会うなんて思ってもみなかったし…」





それはわたしだって、先輩のその焦り具合をみれば想像できるけど…




「先輩、もう、何も言わなくていいから……


わたしと滋さんで藤田さんを連れ出しますから」




桜子はそう言うとつくしを落ち着かせるため、


背中をポンポンと叩いたのだった。









【42】どちらの牧野様のことでしょうか?











そのころ、当の藤田はというと眼鏡女の確認作業を横から見ながら


俺と画廊の社長にこの女のことをしゃべり続けていた。


「山下さんはですね…  


そうしたら、山下さんが…


で、山下さんを…」



時々、「山下」と言う名前だけが耳に入ってくるだけで、


何をしゃべっているのやらさっぱり頭に入ってこねぇ。




うるさいがしょうがないので聞いているような振りをしてやる。



画廊の社長の方はおもしろいのかイチイチ反応を返している。


「へぇー、そんなことがあったんですか…意外ですね、うちの山下が…」




ふと、司はつくしの姿が見えなくなったので、


「うまく、隠れたな」と思っていた。





俺がこのまま、藤田と本社に帰れば、つくしと顔を合わせることなく、


画廊の社長にもこの女にも俺との関係がバレずに済むな…




「よし、とりあえず、帰ろう」と思い、


藤田に声を掛けようとした瞬間だった。






ガツンと一撃!









藤田のこの一言で自分とつくしの努力が無駄だったことを知る。





「副社長、牧野様、今さっきまで、後ろにいらっしゃいましたよね。


どこに行かれたんですか?


いつお会いしたんですか?


お昼はどうされるんです?


この後、どう、されますか?


でも、今日はだめですよ。


スケジュール押してますから!」





質問、4連発。


プラス 俺に指図までしやがって……



なんだ! コ、コイツ、



知ってやがったんだ…



しっかり…見られてた?  



やっぱ、目ざとい奴だった





それでも、俺はとりあえず、すっとぼけて、


聞こえない振りをしてなんにも答えないでいた。





ところがそれを横で聞いていた画廊の社長が反応してきた。



「えっ、牧野様?って?


うちの牧野のことじゃ、ないですよね?」聞く。




「『うちの牧野?』というのはどちらの牧野様のことでしょうか?


私が申し上げているのは副社長の婚約者の牧野様の事です。


今まで、そこにいらしゃいました。」


とさっきまでいた場所を指差す。



おい、藤田!まだ、婚約とか、してないって!



まぁ、婚約者みたいなもんだけど。



いや、そうじゃ、なくて…・




「副社長の婚約者???


……いや、私が言っているのは


今日、連れてきた新入社員の牧野のことで…


しかも、さっきまで確かにそこにいました。」




と藤田の指差した同じ場所を指差す。




とまどう、社長を見て、




ヤベェ…。




これ以上、もう、はぐらかすわけには行かないな…。


とある決心を固めた。









Untitle【43】絶叫マシーンなら俺もお断りだ








俺はいつものように役員専用のエレベーターを降りると、


窓越しに東京の立ち並ぶビルを眼下に見ながら



副社長室に入っていった。




なんか、言われることはわかっていた。




やっぱり・・・待ち構えていた。




「副社長、今日と言う今日は、私、言わせていただきたいんですけど、


いいでしょうか?言いますよ!」



ご丁寧に文句も断ってからしか、言わないところが藤田らしい。




「どうしたんだ。機嫌悪いな。なんか、あったか?」


と、とぼけて、聞き返した。



「なんかじゃないですよ。あんな、怖い思いを私にさせるなんて


ひどいとは思いませんか?あんなのは私が飛行機で乱気流に巻き込まれて


座席から、放り投げだされて、タンコブを作った時以来ですよ。」



藤田がめずらしく、怒っている。




「お前の今まで生きてきた中で、怖い思いってそんなもんか?


おもしろくない人生、生きてきてんだなぁ!感動すら、覚えるぜ。」




「どうせ、私はつまらない人生を生きてきております。


でも、それは副社長のお考えであって、


私自身は充実した人生を送ってきたつもりです。」





「副社長、私が言いたいことわかりますよね。」


藤田が懇願するような目で 俺を見ている。




「お前、今日、鼻息荒いな。いつものお前じゃあ、ないよな。


でも、落ち着いて考えるとたいしたことじゃないのがわかるよな。」





「わかりません。どうして、昨日、大河原様と三条様に私は


拉致されなければならなかったんでしょう?」





「拉致とは大きく出たな。あんな美人2人に囲まれて、普通の男だったら、


感謝されるとこだぜ。ずっと、遊んでもらってたんだろう?」




「遊んでませんよ。完全に遊ばれていました。どこに行ったと思います?


遊園地ですよ。午後からも、仕事がいっぱい、つまっておりましたのに


私、絶叫マシーンに乗せられて、危うく、失神しかけました。」






絶叫マシーンなら、俺もお断りだ・・・。



昨日は・・・あれから






「ちょっと、いいですか。5分で、結構です。あちらの方に…・・・



おい、藤田、そこにいてくれ。動くなよ。」


念を押し、画廊の社長をそこから少し離れた場所に連れて行き、話をした。





「社長、あいさつが後先になって申訳ありません。」とわびた後に、


自分とつくしの関係について事情を説明した。




正式ではないが、婚約者である事には変わりないということなど


大まかな事を話した後、俺はこう、付け加えた。




「社会勉強のため、就職したいというのが、本人の希望でして


私は構わないと思っているのですが、私の両親が難色を示しているので、


公にしたくないんです。彼女から説明を受けていたので、


お宅のことは知っていました。


しかし、今日、まさか、私も彼女もこんな形で会うなんて思っていませんでした。


これからのことを考えると、私とのことを内緒にして置いてあげたいのです。


このことは社長の胸に納めておいてもらいたいのです。いかがでしょうか?」




俺はかなりの大嘘をついた。




本当のことを言えば、アイツにしても俺にしても恥をかくだけだ。




ここは一つ、社長に騙されてもらおう。





俺の話を一字一句聞き逃すまいと


社長はただただ、驚いたような顔をして聞いていたが、




「そういうことなら、協力しましょう。 何も知りませんで申し訳ありません。


実は牧野、いえ、牧野さんも今日のことは 何も知らなかったのです。


急に連れていこうと思ったもので…。 あの、うちの山下の方には?」




「とりあえず、今の段階では誰にも言わないでください。


実は 本人、秘書の藤田から隠れたつもりなんですから…」



「それで、急にいなくなったんですね。いや、姿が見えないから心配してたんです。


わかりました。私はなにも聞かなかった事にします。


これから先も普通通りに接していきましょう。」と社長が協力を約束してくれた。



俺が社長に礼を言い、元いた場所に戻ろうとした時、





そこにいたはずの藤田が2人の女から、


無理やり、外へ、連れて行かれそうになっていた。





???なんだ、あいつら!


滋に桜子!


なにしてんだ?


なぜ、ここにいる?


まさか、あいつが頼んだのか?



とにかく、なんでもいい。


俺は急いで、連れていかれそうなっている藤田のところに行き、



「ちょうど、良かった。今日はもう、仕事しなくていいぞ。2人に遊んでもらえ。


俺はここが終ったら、ちゃんと、スケジュール通り動くから、心配するな。


じゃあな。楽しんでこいよ。いつも、仕事、がんばっているから、お礼と思え。」



2人に藤田のことを頼んだ。




「副社長なんなんですか?急に!助けてください!


私、やらなければいけない仕事が山のようにあるのです。」


と泣きそうな声で、俺を見て、訴えている。




俺はそれを無視して


OKサインを出しながら、意味ありげに


「この貸しは高いよ。」と言う滋に


「あぁ、わかってる。」と返事をした。




そして、藤田には


「美人2人に囲まれても文句言うなよ。俺といるより良いだろう?」


と言ってやった。




そして心の中で、こう思った。


『つくしのこと、バラしやがって!少しは怖い思いでもしてろ!』






確かに、藤田は滋と桜子からガッチリ、


両手を掴まえられて、怖い思いをしていた。







「もう一つ、言わせていただいてよろしいですか?」



「なんだよ。まだ、なにかあるのか?」



「ありますよ。私、昨日、副社長もご存知だと思いますが・・・


久々に会った女性にですよ、挨拶なしで別れざるを得なかったのですよ。


彼女に失礼ではないですか・・・私にも最低の礼儀がありますので・・・」



声を震わせて言う藤田。




「なんだ、そんなことか。それなら、心配するな。


俺がうまく、言っといた。仕事が入って、先に帰ったって。


あの眼鏡女、別にお前の事、失礼に思ってないぞ。」




「私の気持ちの問題なのです。それに副社長、これだけは言わせてください。」




なんだ、ひとつじゃなく、どんどん言いたいことが出てきてるな・・・




「彼女のこと、眼鏡女って言うのやめていただけますか?


山下と言う名前がありますので・・・ついでなので、もう、ひとつ。


下の名前は知子だから、山下知子さんってことで今後お願いします。」






「あぁ、わかった、わかった。山下知子・・・。覚える努力するよ。


もう、これで、今日の言いたいことは終わりか?


終わりなら、俺からお前に一ついい贈り物してやろう。


これ!」と俺は藤田の目の前に一枚のメモを差し出した。




藤田はそれを手に取り、しばらく、見た後、機嫌が良くなっていくのがわかった。





「副社長、なんという優しいお方なんでしょう。藤田、感激です。」






そこには、昨日、別れ際に藤田のために聞いた眼鏡女、




いや、山下・・・なんだったかの携帯番号の数字が並んだいた。










  【44】 あたしのなにがそうさせるの?





世間でよく、使われているフレーズ


「なかったことにして欲しい」


今日のメープルの新館での出来事は、なかったことにして欲しい・・・。


今さらながら、十分に反省し、後悔している。






自分がただ、画廊の就職の件を司に言い出せなかったことが


迷惑をかけたんだと思うと


穴があっても、なくても、入りたい心境だった。





自分の勝手な思い込みや想像が導いた結果だ。


素直になれなかったこと


桜子や滋さん、優紀にも言われた。


昨日、花沢類にも言われた。


避けていた。


なにもしなかった、


しょうとしなかったあたしへの罰だ。





でも、司はこんなあたしを助けてくれた。


昨日、あんなひどい逃げ方をしてきたのに・・・




あたしのなにがそうさせるの・・・。





物思いにふける時間もなく、リアルな時はすぎていく。






「陳龍軒に行くわよ!今日は私のおごりだから、

何でも好きなの頼んでいいわよ。」



山下さんがあたし達をお昼ご飯に誘ってくれた。



メープルから画廊に戻ってきた時、時間はお昼の1時を回ろうとしていた。




山下さんは車に乗ってから、ずっと、「お腹がすいた」と言い続けていた。




「今日は私が留守番するから、女性陣だけでお昼を食べてくればいい」


社長が提案してくれた。



「ありがとうございます。やっぱり、大仕事した後はお腹がすくわ。


牧野さんも今日、付き合ってくれてありがとう。お腹、すいてない?


画廊の近くにおいしい中華料理店があるのよ。


帰ったら、一緒にいきましょう。レバニラ炒め最高よ!」




とテンション高く、叫んでいる。




普段のつくしなら、その叫び声に反応しないはずがなかった。



しかし、今日はさすがに浮上できずにいた。



小さく、「ありがとうございます。」と言っただけで、また、黙り込んだ。





それでも、頭の中には中華メニューの数々が浮かんできていたのだが・・・。





「山下さん、頼むから、レバニラ炒めは夕飯にしてくれたまえ。


うちは一応、接客業なんだから・・・昼間から、ニンニク臭くてはかなわんだろう。


それより、牧野さんは、最初の仕事の現場があのスケールだったから、


疲れたんじゃないかね。ちょっと、連れて行くには早すぎたかね?」と社長。





「あら、社長、そんなことありませんわ。彼女、堂々としていたし、


あの時、ほら、副社長がスィートルームで質問した時、


きちんと自分の意見言ってたじゃあないですか。


なかなかのものだったわ。」






また、山下さん、大いなる、勘違いを・・・




「それより、副社長の秘書がきみの知り合いだったなんてびっくりしたよ。


...本当は道明寺さんと牧野さんのことのほうが


100倍驚いたけど・・・(これ社長の心の中)


弟さんの知り合いらしいね。君のこと、いろいろ聞いたよ。


あの秘書の人、それにしても、よくしゃべるね。」



と社長が笑いながら言う。




「そう、藤田君、弟の同級生でNYにいた時、


よく、うちにご飯食べに来てました。


いる間、ずっと、しゃべってました。


でも、彼、あれで成績優秀だったんですよ。


私の失敗談とか言ってなかったでしょうね。


わたし、よく、バカなことしていたから・・」




「あぁ、いろいろ、聞いたよ。彼よく知っているね。」


と笑いながら社長が言う。





「えっー!しゃべてました!


藤田君たら・・・おしゃべりは変わってないわ。」



山下さんが顔をぷぅーと膨らませている。





「心配しなくていいよ。君のこと、今さら、知った訳じゃぁ、ないんだから、


牧野さん、山下さんは知れば、知るほどイメージ変わる人なんだよ。」





それにはあたしも同感だった。



山下さん、はじめてあった時、なんか、近寄りがたい雰囲気の人だった。


なのに、今は仕事の面だけでなく、この人の持っている独特の価値観が


とにかく、おもしろい。あたしに対する勘違いもかなりおかしいけど。



車内では社長と山下さんの会話が続いていた。






でも、あたしはこれからどうすればいいのか・・・





答えはもちろん、わかっていた。





たった、今さっきまで、メープルのロビーでウジウジしていた時、



桜子にはっきり、釘を刺された。



「先輩、言っときますけど、今日、なんとか、


藤田さんのこと、かわせたからって、


これから先のことはどうするんですか?


もう、 バレるのは時間の問題ですからね。


道明寺さんとよく話し合ったほうがいいですよ。」





「わ、わかってるわよ・・・。



昨日、おんなじこと、花沢類から言われた・・・し。」




「花沢さん?なんです、それ?いつ、会ったんです。」




「だから、携帯電話で昨日の夜、話した時、一緒にいたの。


2人じゃなくて、3人でいたわけ・・・」



ただ、とても、今、短時間じゃ、説明できない・・・



「なによ、つくし、どういうこと?さっぱり、わかんなくなってきたよ。」




だから、説明してたら、一時間くらい、かかりそうだから・・・



「わかんなくなったのは、あたしの方よ。これから、どうしたら、いいの?」



「自分でわかんなくなったら、重症ですよ。



とりあえず、藤田さんを連れ出したら、


先輩は戻ってください。それだけでいいです。先輩、いいですか?


後でちゃんと説明してもらいますからね。覚悟しといてくださいよ。」



桜子が鋭い視線をこっちに向けて言った。





あたしは素直に「ハイ。」と返事をして、


言われたとおり、ステラの作品の近くにいる社長と司のいるところに戻った。




もちろん、平常心ではいられなかったけど・・・。






「もう大丈夫です。ボルトの絞め具合が少し、甘かっただけです。」


山下さんが帰ってきて報告していた。



「それは良かった。最後まで、結局、つき合わせてしまって申しわけありません。」



社長が司に謝っていた。




司は、山下さんに何か言っている。


山下さんはそれに応じて何か、書いていた。




「じゃあ、これで失礼します。」と挨拶をし、


何事もなかったかのようにあまりにもあっさりと



後はお前の好きにしたらいいと言わんばかりに



あたしに目を合わすことなく、ホテルを出て行った。





結局、あたしはここでなにをしていたの?


バカみたいにビクビク震えて、


司から逃げ、


見つかると


今度は藤田さんから逃げようとして


それでいったいどうなるっていうの・・・


なんにもならない。


司はこんなあたしをどう思っているの?


するべきことはわかっている。


ただそれができないだけだった。







「牧野さん!牧野さん・・・たら!聞いてる?」


「あっ、すみません。」


あたしはいつの間にか、山下さん、ご推薦の中華店に来ていた。



ごく、普通の庶民的なお店だった。


やっぱり、こういうところは落ち着く。



手書きのメニューがところどころ、破けてヒラヒラしている。



でも、こういうお店に限って、味は抜群なんだ。



もちろん、午前中、画廊でバイトをしていた良子も一緒だった。



村田さんもと誘ったが彼女はすでにお弁当を食べた後だった。





「はい、これ、メニュー。社長がレバニラやめろなんて言うのよ。


しかたないから、牛肉とにんにくの芽の炒め物とギョーザ2人前にするわ。


牧野さん、何にする?」




「山下さん、それでいいんですか?」良子が青い顔をして聞いている。




「なんか、不都合あるかしら?」すまし顔の山下さん。




恐るべし、山下さんだった。



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