運命の人



              運命の人








駐車場に着くとすぐにあの女が目に入った。




「あっ!あの人だ!」



つくしがもう、あの女に近づいて行った。






俺は「ほっとけよ!」と言ってはみたものの


つくしが俺の言うことなど聞くはずもなく…。





女はたぶん、泣いている。



ここからでもわかった。



つくしがなにか話し掛けている。





俺はとりあえず、車のエンジンをかけ、エアコンの目盛りを最大にした。



あの男の言ったように確かにこのまま座るとシートがかなり濡れる。




が、そんなこと考えてもなんになる?




運転席に腰を降ろすと、窓越しに2人を見ていた。




女がしゃがみこんでしまった。







オイ、オイ、どうなるんだ。




これから先の展開は…




頼むから、他人のトラブルに首を突っ込まないでくれと願う。



やっと、1日、休みが取れたんだ。




俺がこの日を楽しみにしていたのがわかんねぇのか? 



鈍感女!





この状況からして、たぶん、女を男を追いかけてはみたももの、



駐車場にたどり着いた時にはすでにいなかったか、



もしくは追いついたが、車に乗せてもらえなかったか?






が、俺にとってはそんなことどうでもいいことで、



もう、その女のことはほっといて、早く、車に乗ってくれ! と思う。





いいかげん、イライラしてきた俺はつくしは迎えに車外へ出ようとした時、



向こうから、2人がこっちに近づいてくるのがわかった。





な、なんだ…  




もしかして…




俺はたった今、考えた最悪のシナリオを打ち消そうとした。




が、やっぱり…






「ねぇ、悪いけど、彼女の乗せてあげてくれない?



このまま、電車で帰るのかわいそうでしょう?



家の住所聞いたら、意外と近いの。だめかな?」



と例の目をして、俺に尋ねてくる。





『今日ばかりはその目に負けない』と固い決意で臨んでみたものの





結果は惨敗だった。




『2シートの車に乗ってくればよかった』




と今日ほど後悔した日はなかった。




しかも、つくしまでもが、後ろの座席に乗り込んだ。



「なんで、ここに乗らないんだ?」と俺が助手席を指差すと



「だって、話を聞いてあげたいし、できたら、相談にも乗ってあげたいの。



だから、こっちの方がいいと思って。」と言いやがる。







俺は思わず、後ろの女に



「こいつに相談したって、何の役にも立たないからよしたほうがいいぜ。」



と言ってやりたかったのだが……






つくしのマイペースな行動にいささか、腹を立てた俺は



もう、口を挟むのはやめにして、車をサイドブレーキを解除した。







最初に目に入ったコンビニに寄って、つくしがタオルを買ってきた。



エアコンのおかげで、ずいぶん、服は乾いていたが、



3人で髪を拭き、最後にそれをシートにひいた。










やっと、落ち着いたのか、女が話を始めた。




「ごめんなさいね。デートなんでしょう?


わたし、雨宿りの時からお邪魔ばかりして…


駐車場に行った時、まだ、彼、そこにいたんだけど、


わたしのこと、まるで知らない女を見るような目をして


さっさと自分だけ車に乗って、帰っちゃったの…」




と、そのとき、つくしが何かに気付いたように


「あっ」と声をあげた。





「あぁ、これね…リストカットよ。自殺未遂の時のやつもあるわ…。」




女の手首付近には無数の傷跡があり、




つくしはそれに気付いて思わず、声をあげてしまったのだ。





「ごめんなさい。」とつくしが謝っている。






俺はいよいよ、



『めんどくさい女、乗せやがって…



お前が相談に乗ってやれるような女じゃないだろう。』



と呆れ顔をする。






女は「気にしないで。もう、人に見られても平気だから。


わたし、バカだから、いつも、男に騙されて、捨てられての繰り返しなの…。


いつも、今度こそ、大丈夫。


この人がわたしの運命の人なんだって信じてしまうの。


おかしいでしょう?


運命の人なんてそう、どこにも、転がっているはずないのにね。」




とつくしに言った。






「そんなことないよ。人を好きになって悪いことはないはずよ。



騙されたなんて思わないで…。でも、自分を傷つけるのは絶対だめ!



あたしだって、こう見えていろんな修羅場をくぐってきたの。



絶望も味わったし……」



と、ここまで言うと、つくしは俺のほうをチラッと見て




「まぁ、要するにコイツのおかげでさんざん、



ひどい目にあってきたってわけで、



でも、後悔する生き方だけはしたくなかったから…。



あのね、あたし、4年間も待ったの。コイツ、NYに行っちゃたから…



どこにも行かないなんて約束してよ。



自分から、そう言ったのに行っちゃたの。」








最初、笑いながら、言っていたつくしから、



笑顔が消え、最後は涙声に変わった。





そして、とうとう、泣き出した…





俺の前では滅多の泣かないつくしが…



まるで、なにかを思い出したかのように…






どう、言葉をかけたらいいか、俺は焦ったしまった。





女はつくしの変化にびっくりしたように今度を俺に向かって言った。




「ごめんなさい。わたし、自分だけが不幸を背負って生きているんだなんて



勝手に思い込む癖があるみたいで…みんな、いろんな思いがあって、



一生懸命生きているのに。本当にごめんなさい。泣かせてしまって。」






「いや、あんたが謝らなくてもいいよ。



その、辛い思いをさせたのは俺だから。



こいつの言うようにさんざん振り回してきたし、



たぶん、今もこれからもそうだと思う。



でも、好きだって気持ちはどうしようもない訳で…。



俺が言うべきじゃないけど、


あんたも自分の恋を否定することはないと思うぜ。」



俺は女に言った。





女は深いため息をついた後、何かを吹っ切るかのように




「ありがとう。わたし、この車に乗るべきじゃないと思っていましたけど、



あのままだと また、手首切りそうな気がして怖かったんです。



好意に甘え、少し、後悔しましたが、今は乗って良かったと思います。



この先に駅がありますから、そこで降ろしてください。もう、大丈夫です。



2度とバカな真似はしません。あの、もう、泣かないで下さい。



2人に会えて良かったです。」






「本当に降りる?ついでだから、送るよ。俺はいいけど…」と女に確認した。




つくしは鼻をすすりながら、




「このまま、乗っていってよ。



相談に乗るなんて言いながら、あたしが泣いてどうするよね!



そうなの。コイツが諸悪の根源なの!



あっ、うちが貧乏なのは違うけど…ね。」





「えっ、貧乏なんですか?


わたし、乗ったとき、気付かなかったけど、


見るとすごい車に乗ってて…


なんかそう言えば、駐車場で彼がすごい車があるって


興奮して言ってたの思い出しました。」と女。





「だって、この車、コイツのだもの!笑えるくらいお金持っているの!」


と俺を指差して笑い出した。







どうでもいい。とにかく、笑顔が戻って来た…







しばらく、進むと駅の案内が見えた。そこから、右へ曲がるとすぐ、あった。





引き止めるつくしに女は



「ありがとう、感謝しています。



乗せてくれて。2人の幸せ、祈っています。



わたしも2人以上の幸せ、見つけるから…」



と言い、タオル代にとつくしに千円札を握らせた。



つくしは慌てて、お釣を出そうと財布を捜している。





その間に急いで車を降り、最後に俺に一言、小さな声で言った。




「あなたの運命の人(女)ってホント、素敵な人(女)だわ。絶対、離さないでね。」



つくしのお釣を待たずに、女は勢い良く、



駅の赤く塗られた階段を上がっていった。



つくしは小銭を持ったまま、




「計算してたら、行っちゃった。どうしよう?」と考え込んでいる。





「バカ、タオル代くらい、いちいち、計算するなよ。みっともない!


千円そのまま貰うか、返すかのどちらかにしろ!」



「なのよ、その言い方!それより、彼女、最後に何か言ってなかった?



ねぇ、なんて言ったの?」と俺に聞いてくる。



俺は本当のことを言いたかったが、



運命の人(女)と言う言葉が



たった今、泣いていたつくしにとって、



どれだけ、重く、心にのしかかって来るかと思うと言えなかった。





「こんな不釣合いなカップルは珍しいんだとよ。」と俺。




「なによ、それ!彼女、そんなこと言う人じゃないわ!」




「でも、そう聞こえたぜ。俺の耳、おかしくなったか?」ととぼける。




そして「なんか、それより、腹減った。メシ、メシ!」と話題を変える。



「あたしも、おなか、ぺこぺこ!泣いたら、おなか、すくのよね。」




と言った途端、俺の前で泣き出したことを思い出したらしく、急に焦りだした。




「あ、あのさ、別に今さっきのことは気にしないでね。なんでもないの。


いや、なんて言うか横の彼女見てたら、その、要するになんていうか…アレ?」



意味不明な日本語が出てくる。






本人もなにを言っているのかわかってないだろう。





後ろの座席で顔を赤くしたり、青くしたりしている、つくしに




「乗り換えるか?」と声をかけ、助手席を指差す。






「あ、いい。あの、ご飯食べるでしょう?


どこか寄るんでしょう?その時でいいから…」




そう答えるので、駅のロータリーを周り、また、車を走らせた。





しばらく、黙っていたが、




「ねえ、彼女、今度こそ、きっと、いい恋をするよ。



運命の人か…そうよね。



どこにだってそんな人、転がっているはずないよね。



でも、どこかにいるんだよね。



あたし達にもそんな人いるかな?」と真剣に聞く。






俺はつくしの言っていることが理解不能になってきた。




お前、俺をそうと思わないのか?




俺以外の誰を言うんだ?



と、いうより、運命の人の意味がわかっているのか?



思わず、振り向いて、つくしを睨んだ。





「な、なによ、その顔。あたし、なんか、変な事、言った?」






俺は当然、俺の運命の人が誰なのかわかっている。





が、肝心のこいつはわかってないらしい。





でも、今はとりあえず、駅で降りた女に感謝したい。




なかなか、本音を出さない、つくしが見せたほんの一瞬ではあるが



辛かった思いを涙と共に俺の前で吐き出してくれたのだから…。





と、また、現実に俺を引き戻すようなことを言ってきた。



「ねえ、司も悪いけど、タオル代払ってくれる?



その代わり、夕飯、割り勘で良いから…ね。



お願い。今月、また、ピンチなの!」



「お前のピンチは今に始まった事じゃあ、ないだろう?



いいか、俺は絶対にファーストフードには行かないからな!」



「えっー!困る!そんなの。見て!」



と俺に薄っぺらい財布を見せる。



「だから、奢ってやるっていつも言っているだろう!


わからないのか、貧乏人が!」




「なによ、それ、貧乏人で悪かったわね。


貧乏人にもプライドがあんのよ!」







俺の運命の女(ひと)は貧乏人のプライドを背負い、



今日も俺に真っ向から挑んでくる。





頼むから、今日の夕食だけでも俺も思うようにさせてくれと思う。





今日は結局、ついてなかったのか、ついていたのか?







それから、30分後、



ファーストフードでクソ不味い、



食事をする俺がいた……。









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