Long Long Kiss




            Long Long Kiss















なんで、今日はガキがこんなに多いんだ。




いくら、ファーストフードと言えども、今日の子どもの数は半端じゃねぇ。


周囲は家族連れで大賑わいだった。


一家族に子どもが2、3人。



泣いたり、拗ねたり、笑ったり、ケンカしたり…


叩き合ったりしているガキもいる。







なんで、俺がこんな騒がしいところで夕飯を食べなきゃいけないんだ?



俺は前にすわる女を睨みつけたまま、まずい、コーヒーを口にする。



「こんな、まずいものをお前達はよく、平気で飲めるな。俺は不思議だ。」


と皮肉っぽく、言ってみる。



「えっ、そんなことないよ。おいしいじゃない。この、コーヒーもいけるし…。」



と、本当においしそうにコーヒーを飲んでいる。








そして、この時、ようやく、今日が日曜日だったことに気付く。



「なんだ、今日は日曜なのか?」


「そうだよ。司、知らなかったの?」






そうだった。



海は家族連れでいっぱいだった。




最近、平日も、日曜もなく、働いていたような気がする。


世間では、大体、この日は休みになっているはずだ…





「ぎゃぁー!」とうるさいガキどもが俺の脇の通路を



奇声を発しながら走って通り過ぎる。






その親らしいのが、子どもに言う。



「走ったらだめよ。ほら、こわいお兄ちゃんがこっち見てるわよ。」



「こわいだと?俺が見てるから、走るなじゃあ、ないだろう?


もっと、注意の仕方が他にあるだろう?」



と言いたくなる。







が、俺が今日、一言、言いたいのはそいつじゃない。


目の前でハンバーガ-を大口開けておいしそうに食べている女の方だ。







「オイ、お前、聞くけど、今日、楽しかったか?」





「えっ、今日?もちろん!


ホント、いろんな事、あったよね。


今日、一日で、なんか、1年間分くらい、色々あったって感じがする…・


考えたら、何をしたってわけでもないのに…


いろんな人に出会って、いろんなことに遭遇して…


でも、一番のうれしかったのは今日、一日、ずっと、一緒だったでしょう?」









……まさか、そう来るとは思わなかった。







「お前の余計なおせっかいのせいで今日、1日が台無しになった」と一言、


いやみでも言ってやろうと思っていたが、






「ずっと、一緒にいたことがうれしかった」と言われると


もう何も、言えなくなった。








そう言えば、一日中、一緒にいた日はあったか?


と、考えるとなかったような気がする。



藤田にやっとの思いで、スケジュールを開けてもらったんだ。



藤田が何とかしてみますからと、1週間くらい前から作戦を練っていてくれた。



最後のネックだった、この日の夜のレセプションパーティーの欠席の理由も



「うまく、誤魔化しましたから」、と藤田からOKサインが出て、やっと、一安心。







が、一番やっかいだったのは、この女だった。


「だめよ!その日は朝からバイトが入っているの、絶対、抜けられないの。


店長から『休まないでくれ』って釘刺されたの。だから、無理よ!」と頑固拒否。




こればかりは、藤田に頼む訳にはいかない。




「なんでダメなんだ。『休まないでくれ』と言われても休む奴もいるだろう?」




「この日は先に休む人がいるのよ。


だから、あたしに休むなって言ったんじゃない?」



「納得できるか!絶対に休んでもらう。やっと、休みを無理やり取ったんだ。」



「そう言われても…困るのよね。」





「休め!どうしても休め!休んでくれ!」





「ハァー…!もう、ブツブツうるさいのあの店長…


わかったから。なんとか、頼んでみる…」




「あぁ、そうしてくれ。丸一日取れたんだから、無駄にしたくないんだ…」




脅したり、頼み込んだりで、ようやく、説得し、この日を2人で過ごせたわけだ。









「ねぇ、昼間の迷子の子、愛想良くなかったね。


あんなに泣いてかわいそうだなんて思って、一生懸命捜してあげたのに…」





「そうだな。親の顔、見た途端、『お前誰だ』って顔して



お礼のひとつも言わないで、親も子もよく似てるぜ!全く」



司が、また、思い出したように怒っている。







「ねぇ、また、連れて行ってくれる?今度は冬のあの海が見たいんだけど。」



「お前が朝、急に海に行こうなんて言うから、あんなとこ、行っちまったけど、


また、改めて、行くほどのところじゃあ、ないだろう?


夏ならともかく、海水浴する以外なにがある?」






そう、確かにあの海岸は何にもないところだったけど、


想い出はいっぱいできた気がする…。







あたしは今日という、一日を思い返していた。





司が、真剣になって、迷子になった子どもの親を怒ったこと



雨雲があんなにはっきり、こっちに向かってやってきたこと



2人でびしょ濡れになってしまったこと。




倉庫の軒下で雨宿りして…




あの時、あたし、どしゃ降りのあの別れた日のこと思い出してた。





司は思い出しただろうか?




2人で「濡れ鼠になった」って笑っていたけど、あたし、少し、涙が出てた。



だから、タオルでゴシゴシ拭いてごまかした。





あの後、司はキスしようとしたよね。


あたしも、そう、したいって、思った。 



あの時と違って、堂々と2人でいられることが嬉しくて…







それから、あのカップルがやって来て…








つくづく、あの男の不幸を願う… 







そして、あの女性の幸せを願った。







「どうしたんだ?さっきから。黙ったまま、ニヤニヤしやがって。」



「あっ、ごめん。藤田さんにホント、感謝しないとね…。



なんにも、なかったけど、でも、楽しい一日だったよ。



ありがとう。誘ってくれて…司は楽しくなかった?」






「あぁ、俺は特に何も…



お前が良かったんなら、別にそれでいいし…」







騒がしい子どもが一塊になって通り過ぎようとしていた。



そして、あたし達のテーブルに一人の体が当たって、


司のコーヒーが少し、こぼれた。





「ごめん!…これじゃ、落ち着いて食事できないよね。



ちょっと、僕たち、ここは静かに通ろうね。いい子だから…。」



とニッコリ、笑って、注意してみるものも、誰も聞いてくれない…。





逆にその中の一人があたしの方を向いてアッカンベーと舌を出す始末。





ナプキンを何枚か重ねて、テーブルにこぼれたコーヒーを拭きとる。




「ホント、始末に終えねぇな…。一人づつ、頭、叩いてくるか?」




「えっー!やめてよ。そんなことしないでよ!」あたしは慌てて止める。



「バカ!するかよ。あんな、クソがき、相手にできるか!」と呆れ顔をする。



「良かった。本当に叩きに行くんじゃあないかと心配した…」



「冗談じゃあない!もう、そんなことできるか。



それより、どうする?このまま、帰るか?



この先も、かなり、渋滞してそうだから…」




と司があたしに話しかけているときだった。








「ハーイ!、みなさん、そろそろ、帰りますよ。いいですか?」



と大きな声で、子どもの親らしい一人がフロア-全体に向かって叫んだ。



一斉にあちこちから、返事が返ってくる。 



席を立つ音。



イスを引く音。




そして、みんな、ゾロゾロ、店内から出て行き始めた。







気が付いたら、あたし達のいたフロアーはほとんど、



誰もいない状態になっていた。







急におかしくなって、2人して笑った。






家族旅行か、何か子ども連れの団体の中に2人だけが紛れこんでいたようだ。







笑いすぎて、おなかが痛い…。





そして、涙まで出てしまった。



涙を拭き取りながら、今日は本当によく、泣いたなと思う。






あたし、車の中で泣いたの、なんでか、司はわかる?



4年間離れていて、辛かったからじゃあないよ。



約束どおり、戻ってきてくれて、



今、一緒にいられることがうれしかったから



だから、泣いたんだと思う。  







もし、違っても、そういうことにしといて欲しい。











それから、しばらく「嵐の後の静けさ。」が2人を襲う。







「コーヒー、もう一杯、お代わり貰おうか?こぼれたでしょう?


みんな、帰えちゃったから、ゆっくり、できるし…ね。」



とあたしは静けさを破るように席を立った。




司が新しく注文したコーヒーを紙コップで、飲んでいる。


いつも、あたしに合わせてくれてありがとう。と心で感謝する。










俺はつくしが持ってきてくれた、


ファーストフードのコーヒーを飲みながら、



「夏過ぎれば、今やっている事業が一段落するから、少しは余裕ができると思う。」


と話し掛けた。






「大変だね、仕事。あたし、よくわからないけど…」




「仕事…か。仕事の話はもう、いいや・・・


それより、秋になったら、どっか、行こう。」と誘う。





「い、いいけど、今度は早めに言ってね。バイト休むの大変だから・・・」




また、バイトのことを言う。






「俺のライバルはお前のバイトか?」とたまに思う。





「あれ、なんだろう?」と急につくしが



かがんでテーブルの足元の物を見ている。


小さなビーズのアクセサリーのストラップ


「わぁー、きれい!子どものかしら?さっき、たくさんいたから・・・」



とそれを拾う。





「おい、そんなもん、拾うなよ。誰のかもわからない物を」と怒る。





「拾うわけじゃないけど、このまま床に置いていたら、


誰かが踏んで、粉々になってしまうでしょう?」とテーブルにそれを置いた。






一目で安物とわかるおもちゃのビーズのストラップだった。






「お前、そうやっていつも人を助けたり、何かを助けてやっているな。


感心するよ。」





「なによ、どうせ、お節介ばかり焼くって言いたいんでしょう?」


と少し、すねる。






いや、俺は本当にそう、思っている。


いつも、当たり前のようになにかを助けている。





時々、俺はそれを歯がゆい思いで、見ている。


たぶん、それは俺の独占欲がそんな感情を沸き立たせているんだと思う。






自動ドアが開き、今までの静けさが破られ、



サーフィン帰りだと一目でわかる男女が5、6人店内に入ってきた。






「そろそろ、出るか?」と声をかける。



「そうだね。」とつくしが手際よく、一つのトレーにゴミをまとめる。






そして、最後に例のストラップを手に取り、考えている。



結局、落し物として、そこの店員に預けている。



店員は明らかに迷惑そうな顔をしているのがわかった。






俺が先に外に出ようとした時、



一組の親子連れが入れ代わるように入っていった。




後ろで、こどもの歓声が聞こえた。  





「あった!これ、わたしの!おねえちゃん、ありがとう。」と言っている。



「良かったね。どうもありがとうございます。拾って下さって。」



その子の親もつくしにお礼を言い、頭を下げている。







俺はちょっと、振り向いてから、また、車の方へと歩き出した。




つくしはその親子連れと一緒に出てきた。



手を軽く振って、その子に「さよなら」を言っている。





その子は大きく手を振って、何度も、何度も、



「さようなら」と「ありがとう」をくり返していた。







つくしが親子の車を見送った後、俺の車の指定席に乗り込んだ。






「落とし主、来たな。く




「うん、良かった。あんなに喜んで。



あの子にとってあのストラップは宝物なんだろうね。」





「あぁ、そうみたいだな。ほら、お前、また、助けてやったな。



さっき、ストラップ、助けて、次はその持ち主を助けただろう。」






「あたしのお節介もたまには役立つでしょう?」




俺はそれには答えず、





「あの親子、まともだったな。親も子どもも・・・」






「最後に出会えた親子がまともだったのが良かったね。」





「じゃあ、行くか」、



と俺がサイドブレーキに手をかけようとしたときだった。





「今日は、ありがとう。一緒にいて、楽しかった。」




「これはお礼と感謝の気持ちだから」





と俺の頬に軽く、キスしてきた。





今日はずっと、ついてないとイライラしていた。





結局、俺も、つくしに助けられた一人になってしまった。






全く、雰囲気なんてものはなかったが、



ファーストフード店の駐車場の車の中で



やっと、できた今日、最初のキス。







サイドブレーキから手を離すと



俺は運命の人(女)だと信じるつくしと



そのまま、今日、2回目の長い、長い、キスをした。







「ちょっと!人が見るって・・・」と騒ぐ、つくしを無視して。










                        おわり











司が踏んだり、蹴ったりだった「台無しになった夏の日のデート」の番外編。


シリーズ最後くらいは司に花を持たせてやりました。






home

bbs2
     良かったら、感想や意見を書き込みしていってね!





© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: