August 2, 2008
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◆小説のあらすじ・登場人物◆ は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください
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 翌日の外来担当は琢人ではなかったので、私は別の医師の診察を受けた。
「数値的にはね、まぁこんなものでしょう。ただ貧血がちょっと心配かな」
 病院は時間がかかるから嫌い。その日も点滴を受け、やっと全てが終わった頃にはもう午後になっていた。
 この日、外来のフロアでは琢人の姿を見かけなかったので、私は病棟に向かった。
 途中、中庭に面してガラス張りになっている廊下で、車椅子の患者さんと話をしている琢人を見つけた。黄金色の粒子を含んだ午後の光を受けて、二人は眩しそうに外を見ていた。中庭の木々は次第に葉を落とし、武骨な枝が露わになり始めていた。
「診察、終わったのか」
 私に気が付くと、琢人は患者さんに向けていた笑顔を崩すことなく、そのまま私にも同じ笑顔を向けてくれた。
「あら、あなた、確か月野さんの」
 車椅子に乗っていたのは品のあるおばあさんで、私の顔を見て何かを思い出すようにそう言った。母が入院中に、このおばあさんと一時期同室になったことがある。
「はい、月野の娘の紗英です。私のこと覚えていてくださったんですね」
 懐かしげに眼を細めるおばあさんの顔いっぱいに、皺が浮かぶ。皺はゆっくりと波紋のように広がり、風に揺れるすすき野原のような、しなやかな笑顔を作った。
「メシ、食ったか? ちょうどいい俺もまだだから、食いに行こう」

 向かったのは、病院から車で五分とかからない和食レストランだった。
「座敷、空いてる?」
 個室になっている小さなお座敷に通されると、琢人は私には聞きもせず、すぐに会席ランチを二つ頼んだ。
「手短に話そう。お前が居候しているのは吾朗のところなのか」
「うん」
 あまりに直球で聞かれ少し驚いたものの、ここまできたらもう認めざるを得ない。私ももう誤魔化すつもりはなかった。
「呆れたな。どうりで苦しむはずだ。吾朗には全部話したのか?」
「何も話してないし、これからも話すつもりはない。二か月だけ、アパートの一部屋を貸してもらってるだけなの。それだけの関係で、それ以上は何もない」
「それ以上、何かあっちゃ困るよ。だが何もないにしろ、あいつには彼女もいるはずだが」
 半ば怒ったような声。今日の琢人は、冷静になろうともしていない様子だった。
「だから、吾朗ちゃんには付き合ってる人がいたから、大丈夫だって思ったの。吾朗ちゃんがどんなふうに人を好きになるのか、私はよく知ってるもの。彼女を裏切ったり、他の女性に心を向けたりするような、そんな人じゃないから」
「そんなこと言ったって、あいつだって男だ。何も知らずに、一つ屋根の下に昔の彼女がいたら」
 いつになく熱くなって、琢人は語気を荒げた。
「大丈夫、そんな心配いらない。私のDNAがそう感じているの」
 私と目が合うと、琢人は一瞬驚いた顔をして、次に深いため息をついた。
 鏡に映った私の瞳の中に、時々見え隠れする悲しみの色が、この時琢人にも見えたのかもしれない。
「仮に吾朗の気がお前に移ることはないにしてもだ。吾朗の彼女はお前のことを知ってるのか?」
「くるみさんには同居のことは話して、了解してもらってる。私と吾朗ちゃんが、昔付き合ってたってことは隠してるけど」
「くるみちゃんにも会ったのか。お前らどうかしてないか。自分の彼氏のところに他の女がいて、平気なわけがないだろう」
 返す言葉がなかった。俯いて唇を噛んでいるところに、彩り豊かな料理が運ばれてきた。
「他に何かご用がありましたら、お呼びください。どうぞごゆっくり」
 私たちの雰囲気を察してなのか、料理を運んできた女性はそそくさと立ち去った。
「お前も、吾朗に会ってみたいんじゃないかとは思っていたが。俺に話さなかったのは、反対すると思ったからだな」
「うん」
「知っていたら、間違いなく反対しただろうけど。だけどお前自身は、それで本当に大丈夫なのか」
 私はただ頷いた。また一つ深いため息をついて、琢人も黙ってしまった。
 そばにいたかったの。例え二ヶ月だけでも、吾朗ちゃんと恋人ではない時間が欲しかったの。どんなに辛い思いをしても、それがないと、このまま永遠に踏ん切りがつかないような気がして。
「それで、いつまで吾朗のところにいるつもりだ」
「もう少ししたら出ようと思ってる。二ヶ月だけっていう約束だったから。そしたら、もう会わないつもり。だから、吾朗ちゃんには何も言わないで」
 琢人は厳しい顔をしていた。その表情には困ったような、悲しいような、そんな色が浮かんでいた。
「分かった。今さら反対したところで遅いし、お前自身の問題だ。これ以上は何も言わないが、くるみちゃんのためにもなるべく早く出ろ。それとこれからは隠し事をしないって約束してくれ。昨日は心臓が止まるところだったんだぞ」
 いつもの琢人だった。いつも通り、また私を受け入れようとしてくれている。だけど。
 私は顔を上げて、琢人の目を見た。
「琢人、お願いがあるの。これ以上もう私のことに関わらないで。私、大丈夫だから」
 あなたの気持ちに、応えることはできないから。
 困ったような、悲しいような。この時の私の笑顔にも、そんな色が浮かんでいたのかもしれない。
 食事が終わりかけた小さなお座敷は、障子窓からのぼんやりとした光で満ちていた。(つづく)



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です。

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季節感が思いっきりずれてしまっていますが、小説の中の季節は“秋”
クライマックスを迎える頃には、ちょうどまた季節も重なるかな~

おかげ様で、このブログも20000アクセスを突破しました。
お祝いのコメント・メールをくださった皆さん、ありがとうございました

今回キリバンを踏んでくださった方は、 殻をつけたヒナ さんという方で、
今、私が最もハマっているブログと言っても過言ではない、
とても素敵なブログをされています。特にお写真が・・・ (Ψ▽Ψ*)

言葉ではとても伝えきれないので、、 殻をつけたヒナ さんにお願いして、
画像を数点お借りしましたので、ご覧ください。


ダリア~花言葉は"華麗 "
ダリア~花言葉は


柿の葉
柿の葉 photo by 殻をつけたヒナ


ピーチ
ピーチ photo by 殻をつけたヒナ


殻をつけたヒナ さんのブログには、こうした素敵なお写真がたくさんあります。
興味を持たれた方や、美しい画像に癒されたい方は、ぜひご覧ください

殻をつけたヒナのブログ


今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ



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Last updated  August 3, 2008 02:22:42 AM
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