のんびり生きる。

のんびり生きる。

からみあった枝の向こうの月を


著者名:G・K・チェスタートン 
出版社:集英社文庫


Gilbert Keith Chesterton 「Father Brown」

『飛ぶ星』 (The Flying Stars)
盗賊フランボーとブラウン神父の話。飛ぶ星と呼ばれている宝石を狙っていたフランボーがそれを盗み取るために、パントマイムを利用して功名にそれをやってのけるが、その場にいた神父にことの全貌を見破られ、最後に神父の教えを聞いて宝石を返す。

ブラウン神父モノを読むのはこれが初めてで、最初から盗賊が出てきて、これがアルセーヌ・ルパンとダブって興味深く読ませてもらった。宝石が盗まれる手口は推理小説によく用いられるような、警官の服装をした男が出てくる予定がそれは本物の警官で、うまくその警官をやりこめて、観客や読者をだますというもの。だけどそれほど駄作にも思えなかったし、フランボーという盗賊が出てきたのが良かった。

『ペンドラゴン一族の滅亡』 (The Perishing of the Pendragons)
ある変わった塔が立つ家に一人の老齢な男が住んでいて、彼の一族は皆海で命を落としている。それがある迷信と重なっていた。老人は甥が海から無事帰ってくればそんな迷信もなくなる、と考えていた。だが、老人の父親や兄をしに追いやったのは実は老人自身で、甥も殺そうとしていた。目的は一族の財産。それをブラウン神父が見破り、今は彼の友人となっているフランボーやもう一人の男、それに甥の恋人が力を合わせて阻止するもの。

いきなりフランボーが友人になっていたからびっくりしたけど、それも悪くないなって思った。話の前半は島の様子や塔のこと、老人の話なんかでちょっとつまらなかった。終わりの方の、どうして神父が老人がやろうとしていることがわかったのかという、説明のところは面白かった。そして終わり方も。

「船酔いだったのさ」ブラウン神父はあっさりと言った。「とにかくひどい気分だった。しかし、気分がひどいことと、ものが見えないことにはなんの関係もありませんからな」神父はそう言って目をつむった。
「たいていの人間にはあれがわかったはずだと?」フランボーがそうたずねた。返事はなかった。ブラウン神父は眠っていた。




『ムーン・クレセントの奇跡』 (The Miracle of Moon Crescent)
あるホテルの一室にいた男が忽然とその部屋から消えて、木の枝に首にロープを巻きつかれた状態で発見される。直前までその部屋にいて男の姿を見ている秘書たちなどは、そのことを奇跡だ、と思ってしまう。心理学者が彼らが意識していない間に死んだ男が部屋から出たのだ、ということを彼らに信じ込ませようとしたからだ。彼らは男の死を知らせたブラウン神父にすがって、事の真相を知りたがる。死んだ男は人間をひと目見ただけで判断できてしまうような男だった。かつて男は3人の浮浪者を瞬時に判断し、神経科に送ったり、アル中と判断したり、そのうちの一人を自分の秘書にしていた。その3人の男たちが、彼に恨みをもって協力して殺害したのだ。

なんか神父の登場の仕方も面白かったし、この短編は随所にちりばめられた言葉などが気にいって、話自体も好きになった。殺害方法などは(もちろん自分じゃわからなかったけど)それほど込んだものではなかったけれど、動機や人物の性格などの設定が良かった。

「たしかに」ブラウン神父はそう言うと、ぴたっと足をとめて、からみあった枝の向こうの月を透かし見た。「あの枝はなんとも奇妙だ」
そして、ぽつりとつけ加えた。「折れた枝かと思った」
だが、今度の声には、理由はわからないが、聞く者をぞっとさせる調子があった。

フェナーは顔を手で覆って立ちつくしていた。神父がその腕に手を置いて、そっと声をかけた。「あの人をたいそう好きだったのですか?」
秘書は手をおろした。月明かりで見るその蒼白な顔はひどく不気味だった。
「大嫌いでした」と、彼は言った。「呪いの力で死んだのなら、ぼくの呪いのせいかもしれませんよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あなたの呪いじゃありませんよ・・・・・・・・安心しなさい」

「それですよ」彼は険しいと言ってもいい声で答えた。「だからこそ殺されることになったのです。まさにそれがために殺された。人間を判定したがために殺されたんです」
「人間を判定する人間とはいったいどんな人間のことです? 例の三人というのは、かつて揃って彼の前に立ち、即座に、おまえは右、おまえは左と、行く先を決められた浮浪者たちだったんです。彼らのような人間には、礼儀も親身なところも示さず、自然な友情も、たとえ見せかけといえど必要ないといわんばかりにね。ワインドが一目で彼らのことを見抜いてみせたとき、三人が抱いた底知れぬ屈辱感からくる激しい怒りは、三十年たっても消えることはなかったのです」


『マーン城の喪主』 (The Chief Mourner of Marne)
マーン城に一人の男がひっそりと住んでいる。なぜ彼が世間との関係を絶って、こっそりと静かに暮らすのかというと、溺愛していた弟が死んだから傷心を抱いて、こういう生活をし出した。そして弟が死んだのは、彼と決闘をして撃たれたから。しかし、事の真相は撃たれたと見せかけ倒れて、駆け寄ってきた兄をその場で殺し、結局その城に顔を隠し、ひっそりと暮らすのは死んだと思われていた弟の方だった。

これは弟に演技を教え、決闘の介添え人を務めた男の存在が、決闘で何が行われたかを解くキイになっていて、良かった。死んだはず若しくは殺されたはずの人間が実は生きていて、生き残ったと思われていた方が死んでいた、というまたありがちな筋だったけれど、決闘のところや最後に彼を取り巻く人たちの行動の変わりようなどが、話に深みというか、味をつけていて良かった。

「人の慈悲心にも限度がありますわ」
「ありますよ」ブラウン神父がそっけなく言った。「そこが人の慈悲心とキリスト者の慈悲心の真の相違点なのです。今日、みなさんがわたしの慈悲心のなさを蔑まれたとき、あるいはまた、すべての罪人を赦すべしと説かれたとき、わたしがさほどこたえたふりを見せなかったとしても、それが大目に見ていただかなくてはなりません。なぜならば、みなさんはほんとうは罪だと思わない罪にかぎって赦すのだ、とわたしには思えたからです。みなさんが犯罪人を赦すのは、彼がおこなった行為がみなさんの考える犯罪ではなく、むしろしきたりと言うべきものであると考えられる場合だけなのです。だから、しきたりどおりの決闘なら赦されるのです、しきたりどおりの離婚が大目に見られるように。赦すべきことなどないから赦せるのです」

『古書の呪い』 (The Blast of the Book)
ある本を開いて見た人たちが忽然と姿を消してどこかにいってしまう。その謎を解くためにその本の持ち主である博士のもとに出向くが、その博士も本を開き姿を消してしまう。ブラウン神父はその一連の出来事が秘書の企てであることを見抜く。主人はその秘書をよく見ようともせず、気にかけもしなかった。だから、彼が変装をして博士と名乗って現れても、全く気付かなかったのだ。結局その本をみて失踪した人などおらず、全ては人間のよき観察者と思っている主人に、普段全く気に掛けられない秘書が主人にいっぱい食わせようとしたことだった。

なんかトリック自体は別にどうというものではなかったけれど、始めの方は自分もその古書の呪いというのを信じていて、作者は一体どんなことが本に書いてあるのか、説明するつもりだろう?と考えていた。たいていこういう一種オカルト的なものが入ると、話がちゃちくなってしまうものだから、そういう風になってしまっては本当に退屈だなって考えてた。そういうことを言えば、自分もまんまとだまされたことになる。


『ドニントン事件』 (The Donnington Affair)
これは別の人が書いた問題篇とチェスタートンによる解決篇の2部構成になっている。イギリスでお金持ちの強情で世間と離れ、家族に恐れられている老主人とその家族が暮らしており、その息子が文書偽造の罪で投獄されている。しかし彼は冤罪を訴えていた。彼はやがて刑務所内で親しくなった男と一緒に脱獄を企てる。そして実家に逃げ込み、妹やもう一人の妹の婚約者などに匿われる。警察関係の人間などが張り込む中、その妹が死体で発見される。
真実は、金に困っていたその妹が文書偽造をし、兄がそれをかばい投獄される。兄と仲良くなった男は実は探偵で警察と協力して、文書偽造を行った本当の罪人を見つけ出すべく、兄の脱獄のお膳立てをしてやったのだ。妹の一人が真犯人で、逃げようとしていたところを、彼女の父である主人に殺されたのだ。そしてその老主人も最後には命を絶った。

短編小説というより長編小説を簡潔にしたもの、という感じが強かった。というのは、話がこれまでの短編と違って、推理小説っぽかったから。一体何がどうなっているのか、ということから手が込んでいて面白かったし、なぜ一緒にいた男が探偵だと見破られたのか、という手がかりも些細なことなので、いよいよ推理小説っぽかった。ブラウン神父の活躍といえば、本当に最後の部分だったけど、このぐらいの短さの中では、丁度いいぐらいだったと思う。


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