ライターかあさんと一病息災家族 

ライターかあさんと一病息災家族 

2011年07月21日
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入院する、と決ったら

その瞬間から、娘は「入院患者」になった。

病棟に案内され、娘はベッドに、わたしは椅子に座るよう言われた。


ついさっきまで
待合の長椅子で隣り合って座っていたのに

娘は靴を脱いで、ベッドの上の人になった。



最初の部屋は、1階の学童病棟にあった。
個室だった。


病棟の案内を受けわかったのは


おもに、小学生以上の子がいること
「できることは自分でやろうね」という病棟であること


そう言われても、チンプンカンプンだ。
いろんな病気の子がいない病棟ってあるの?
「できることは自分でやろうね」なんて当たり前だよね???


それらの疑問は、3階病棟へ移ってから
やっととけていくのだが。



娘を残し、入院支度をしに私はいったん家にもどった

娘はテレビと携帯と
もう必要なくなった受験用問題集で
ヒマをつぶすことになった



受験が終わったらディズニーランドって約束も
○○ちゃんと原宿に行く予定も


全部、なくなってしまった




娘が泣いているんじゃないか?気が気でなかったが

家に戻ると末っ子がいて、彼の元気な顔を見るとホッとした。




ずっと病院から出られない娘に申し訳ないような、後ろめたいような

複雑な気分だった




夫と一緒に病院に戻ったら

娘は検査中だから先に病状説明をということになった


外来で聞いたことを手順よく再度説明され

病棟での担当医が紹介された

若い女医さんだった



その女医さんは、

それから、そして最後まで、娘の「一番尊敬する人」になった







病状説明の部屋に、娘が連れられてきた





    車いすだった



「かなり貧血が進んでいるので
 もうすぐ輸血をはじめますけど
 それまでは、体もふらふらするからね」

車いすを押してくれていた看護師さんが説明してくれた


今朝まで、普通に生活していたし

貧血なんて思ってもいなかった

病院にだって、もちろん、普通に歩いてきたし

電車では「あいたよ、お母さん座れば」って私に席を譲ってくれたのに



「貧血がゆっくりゆっくり進んだんだと思います。
 だから、体が慣れていったのかもね」




健康自慢、ガッツが取柄、いつもニコッとピースサインの娘

そう言われて見ると、

ぎこちなく車いすでこわばっていて、青白い顔をしていた





「重病人みたい・・・ね」




やっと口から出た言葉だったが


「みたい」ではなく、まぎれもない「重病人」だったのだ。




***********



当時、私はやっと胸を張って「ライターです」と名乗れるようになって
「さあ、仕事だ!」と意気込んでいた。
2009年は年収○○円目標と大きく掲げ、連載の仕事もゲットしていた。



こうなった以上……私は考えた


まず、今抱えている仕事を早く終わらせなくてはならない。
これから何が起こるか分からないから
とにかく、今取り掛かっている仕事は全部終わらせて
これからの仕事は、すべてお断りしよう。


看病と仕事を両方するのは、私には無理だ・・・




今思うと


それが私の「逃避」だったのかもしれない




「お母さんはとにかく今ある仕事を終わらせちゃうから
 ごめん、早めに帰るね」


そう言って、夕方5:30には病院を出た


「だって、下の子の生活も守ってやらなきゃならないし」


逃避のための言い訳はいくらでもあった




でも、

病気を受け入れられなくて葛藤していたのは


私たち親よりも


本人であったはず


その本人の気持ちに寄り添ってやれず

自分の思いを優先させてしまったことに

私はとても後悔している




その頃のことを、今年の春くらいに話したことがある

「あれでよかったんだよ。私だって1人の時間が必要だったもん」

娘はそう言ってくれたが…



6時からの夕食
9時消灯までの時間
消灯したからって眠れるわけでもなく
テレビも消された暗くて長い夜の時間


娘は1人、何を考えていたのだろう


受験が終われば、ご褒美の時間が待っていたのに


「ずっと寝不足だったから
 早めに寝ちゃったよ」



そんな娘の言葉も、わたしの逃避を支えてくれた





***************



1階の病室にいたのは1週間だった

その間に、いろんな検査をして

さあ、治療という段階で、3階病棟に移ることになった



後に知ることになるのだが

3階病棟は、血液腫瘍の子どもたちばかりの病棟だった。

血液腫瘍というと
白血病や再生不良性貧血など、いわゆる血液のがん。



そこでさまざまな子どもたちと出会い
その子たちを見守るママたちと出会い


そして、病児との生活を知ることになる。


「3階病棟で治療する」ことの本当の意味や

「自分のことは自分で……できないときもあるもんね」って見守りや

1週間の検査ででた娘の本当の病気、白血病の中での細かい分類など




そのときは何も理解していなかったけど

徐々に知っていくことになる。



そのおかげで

私は正面から、娘の病気と向き合えるようになった

いや、

向き合うしかないと覚悟を決めたのだ





**************



1階病棟にいた1週間

娘は1人で友だちを作っていた


2つ年上で同じ名前の女の子



その1週間しか一緒にいなかったが
それからもいろんな相談をし、お互い励ましあったらしい




娘の最期を知った彼女は
お花をたむけて、泣いてくれた



「お母さんがいなくったって
 私は大丈夫だって言ったでしょ」


娘のはにかむウィンクが見えるようだ










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Last updated  2011年07月21日 15時43分23秒


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