忘れられないお客さん・2



Tさんのことを大好きなおばちゃんがいた。
若くて明るくて、楽しい(もしかするとかっこよかったのかもしれないが、私にはわからない・・・・)Tさんはおばちゃんにも高校生にも人気があった。(しかし彼は若くして結婚して、子供もいた)
このおばちゃんは、何をするのもTさんじゃなくちゃいやだと言う。
うちは指名料を取らない代わりに、シャンプーをはじめ、カラー、ワインディング、ブローなんかは下っ端がやることが多かった。(もちろん、担当者が薬とか色とか全て決めて下っ端はやるだけなんだけど・・・)
しかし、このおばちゃんは何度説明してもこのシステムがわからない。
毎回「Tさんじゃなきゃ、いやだぁ~」と年甲斐もなくわがまま言うのである。
裏で舌打ちなどしつつ、Tさんは詰まっているお客さんを待たせて、その日も自ら彼女のブローをしていた。
「やっぱ、Tさんに限るわ~!」
彼女はそう言って店から出た直後、そこに停めてあったカブ号(新聞配達に使われるバイク)にまたがり、ブローしてもらったばかりのアタマにグイグイとヘルメットをかぶった。
「すぐにメットかぶるんなら、ブローなんか誰でもいいだろ!」
Tさんは裏でタバコを吸いながら私に悪態をついていた・・・・。

Tさんの客でもう1人忘れられないのが高校生。
彼女はストレートのワンレングスだった。
カットするときは下を向いてもらう。
Tさんは彼女の髪を切りながら喋っていた。
私と仲のいい後輩は店がヒマだったので後ろに立って、Tさんのテクを盗むべく、彼のカットを凝視していた。
彼はいつものことだが、客と会話が弾む。
この時も、彼女と盛り上がっていた。
客「Tさんはクリスマスはどうするんですか?」
T「うーん。仕事かなぁ。」
客「えー。彼女とかいないんですか?」
T「彼女?まだ若いからなぁ。なーんて、娘ね。まだ3歳だから」
客「え?むすめ????」
T「そうそう。娘。かわいんだこれが。いいねえ。女の子は」
その後も彼は喋り続けた。
そして、サイドのカットをするために彼女の顔をあげさせると・・・。
彼女は泣いていた。
どうやら、Tさんのことを本気で好きだったらしい。
私と後輩はすぐに裏にいる先生にチクリに言った。「先生!Tさんがお客の女の子泣かせてます~!」
先生は一言「手は出してないんだろ!」(←これだけは絶対しちゃいけないのがうちの決まりだった・・・。)
後で聞くと、彼は前回彼女に薬指の指輪を指摘され、なにを血迷ったか「ファッションリングだ」と言っていたらしいのだ。(もちろん、正真正銘の結婚指輪である。)彼女はてっきり、若いTさんは独身だと思っていたのだ・・・。
かわいそうに・・・・。
2年後、彼女はTさんにカットしてもらいに来て言ったらしい。「彼氏、やっとできたんです。」
うーーん。美容師に惚れてはいけません・・・・。


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