「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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Rainbow Seeker
その3
その3
ところで、秋と言えば、前述の妻との大旅行の時は9月4日のリュクサンブ
ール散策を最後にチューリッヒ経由で帰国した。その時、夜は早くも秋の訪
れを感じさせていたがまだマロニエの葉は青かった。あのチューリッヒ行き
はもともと行く予定のものではなかった。当時の話(1982年)になる
が、大阪発パリ着、パリ発大阪着の大韓航空の一年間有効のオープンチケッ
トを利用していた私達は、最後の訪問国イギリスから再度パリに戻り長い旅
を終えようとしていた。例の行きつけのホテル、プログレに宿を取り、帰り
の飛行機を予約するために大韓航空の旅行代理店(日本で航空券を買う時
に、帰国の際前もって電話で予約するように教えられていた所)に電話を入
れた。日本語を話す女性が出て曰く、「9月はパリ発の座席は満席で取れな
い。10月になるとOKだ」と言う。お金も底をついていたし「それは困る
何とかならないか」と言うと「チューリッヒ発、南回りでジッダ(サウジア
ラビア)とマニラを経由、ソウル一泊(その費用は航空会社持ち)翌日昼頃
大阪着でよいなら9月5日で取れる」ただしチューリッヒ迄は自前だとい
う。
大きな出費だが仕方ない。妻と相談してそうすることにした。「では大韓
航空の事務所にあなたのチケットを持って来て下さい」ゆっくりだが十分に
わかる日本語で終始彼女は応対した。さっそくオペラ座から近いキャピュシ
ーヌ大通りに面してあるKOREAN AIR LINEの事務所を訪れ、
手続きを終えた。さらに東駅(スイス方面はこの駅から出る)にて9月4日
のチューリッヒ行きの夜行列車のチケットも購入した。さてここで一つ問題
が発生することになった。私の妹から買うように頼まれたカルティエのサン
トスという時計をヴァンドーム広場にあるカルティエの店で二十数万円で買
った。免税については三越のパリ店で買えばその場で免税してくれるのだ
が、フランスの普通の店で買うとその場で免税するのではなく、通常、空港
で書類を提出し免税額を払い戻すシステムになっている。
我々は列車で国境を越える。一体どこで免税手続きをしてくれるのか店員
に尋ねても分らないと言う。ただ、英語を話す彼女によれば、このお買い上
げのレシートにフランスの税関のハンコを押してもらいさえすれば、帰国後
日本からそれを当店に送ってくれれば必ずあなたの口座に免税額をとある銀
行を通して振り込むと言うのである。店のアドレスが書かれた彼女の名刺を
もらった。大丈夫かと念を押すと間違いない、ここへ送ってくださいと言っ
た。私たちの場合、一体どこで判をもらうかについては自力で捜し求めるし
かない。
で、とりあえず鉄道の駅へ調べに行くことにした。まず自分たちの出発する
東駅へ行った。駅の構内をざっと歩いてみたが見当たらないので、ある係員
に尋ねたが、こちらの準備不足でフランス語で税関をdouaneというの
を調べずに英語でカスタムズはどこにあるかと尋ねたものだから、変に解釈
されて全然違う所を指差してあれだと言う。そうじゃなくてええと...。結局
分らず終いでその場を去る。それにしても何人か集まってくれたのはよいが
誰か一人くらい英語を理解する人がいてもよさそうなものなのにと思って何
だか不愉快だった。物笑いの種にされたようで。
次に発着の多い東駅よりも大きい北駅へ赴く。この辺からかなり意地にな
り深みにはまり出してきたのである。今度は前もって調べておいたフランス
語を駆使しdouaneがあるかどうか係員に訊くと、あっちだと教えてく
れたのでそこへ行ってみると、確かに古ぼけた字でDOUANEと書かれ
た、今はもう使用されていない小さなハウスがあった。一歩前進した感じが
した。それでも諦めずに今度はドゴール空港へと足を運んだ。広い空港ロビ
ーから税関職員のいる所に割合すんなりたどり着くと、またもやあの私の忌
嫌う女性の税関職員が立っているではないか。不吉なものを感じた。言いた
いことを英語で説明し、そういう理由だからここで免税し欲しいと言うと、
彼女は冷たくぶっきら棒に、この空港を利用しない場合はできないと答え
た。「じゃあどうすればよいのか。免税額は今すぐ戻らなくても、せめて必
要なハンコを押してくれても良いではないか。それもダメなら一体どこへ行
けば良いのか教えて欲しい(ここが一番知りたいところ)と尋ねるとただ「ノ
ン」と顔も見ずにのたまう。
無視された私はこのまま引っ込むわけには断じていかなくなった。徹底交
戦だと腹をくくった。こっちを見ようともしない彼女にさらになんだかんだ
と食い下がると一連の様子を終始見ていた回りの男連が私の側にやって来て
「ちょっとこっちに来て下さい}と言う。頭に来ていたがここは冷静に彼ら
に従った方が賢明と判断し、ついて行った。位の上とおぼしき男性が「あな
たの言うことは分るが我々としては出来ないことは出来ないと言わざるを得
ない。そこで一度セーヌ河沿いのこれこれという公の建物(ルーブル宮の隣
に位置する第一区役所だったかと思う)の方に行ってかけ合ってみてはどう
か」と言う。私がそこで本当に何とかなるのかと半信半疑ながら訊くと、や
はり予期した通り曖昧な返事をした。ここでこれ以上噛みついても無駄だと
思い、彼にその建物の名前、場所を書いて貰いその部屋を出た。数人の税関
が私たちと彼との話を見守って聞いていた。たらい回しにされているなと思
いつつ、RERに乗って再びパリ市内に戻り、指示された公の建物内の2階
の廊下をどんどん歩き、一番奥の結構広い一室に通され、暫く待つように言
われた。立って窓の外を見ると、リヴォリ通りを通る車や人々が何事もない
ように行き交うのが見える。妻もRERで言っていたが、なぜこんなことを
しなきゃいけないのか、又しているのか、ばかげているように思えてきた。
しかしここまで来たら納得のいく答えが得られるまで後には引けない。
かなり時が過ぎて一人のあごひげをたくわえた男の担当者が入って来て自
己紹介した後、改めてどういう用件かと訊くので又同じことを説明した。す
ると彼は咳払いをしながら「あなたの場合フランスとスイスの国境の町であ
るバーゼルでの出国の際に税関係員によってあなたの書類の必要な箇所に判
を押して貰うことになると思われる」と言った。後はこっちの様子をじっと
見、何とか早く引き下がってもらえぬものかと気をもんでいるようであっ
た。しょうがないので席を立った。彼はほっとした様子でドアまで見送りに
来て「オーヴォア」と言った。私たちもそう言って去った。恐らく彼はその
時「また一組アジアから厄介な観光客が来たものだ」と溜息をついていたに
違いない。
翌日の夜、夜行でパリの東駅を発った。列車はチューリッヒへ向かって夜
のフランスをひた走った。二等のコンパートメントには私たち以外に2人程
度客がいたと思う。真夜中2時か3時頃ついにバーゼルに到着した。バーゼ
ルは大きな駅で一番端のターミナル(終点)に着いた。妻は寝ていた。すぐ
帰ると一声かけて私だけ降りた。何分停車するのかよくわからないのが気に
かかるが、ともかく歩きだす。少し歩くとどうやら出入国手続き(通常出国
手続きはないに等しい)しているらしき人の動きが見えたのでそちらに向か
う。誰か職員らしき人をつかまえてフランスのカスタムズ、ドアンはどこか
と尋ねるとあちらだと実に思ったより早い段階でキャッチできた。ラッキー
~!ドアを開け中に入ると閑散としていて一人黒人の税関係員がいたので
「パリで買い物をし、どうしてもここに税関の印が要る」とどうにかこうに
か言うと書類をじっと見て(それが実にゆっくりした動作で列車がいつ発つ
か気にかかる私をどんなに苛立たせたことか)暫くして「アーウィ」とやっ
と理解したらしくスタンプを探し始めたが、これがまたなかなか出てこない
らしく、ゆっくりした動作であっちへ行ったりこっちへ来たりするのであ
る。たまったものではない。苛立たしいことこの上ない。やっとすべてを終
え「メルシー」と言って急いで外へ出た。すると、なんとそこから一番近い
ターミナルに止まっている筈の私の黒っぽい列車の姿がないのである。
ガーンと大きなショック。「えらいこっや、これは」よく見るとかなり先
の方に列車の姿が見えたので咄嗟に追っかけた。思い切り走ったが妻の乗っ
た列車はホームを離れて行った。霧がかった夜の闇に消えていくその後姿を
しばらく茫然と見ていた。振り返って肩を落として歩きながら、チューリッ
ヒに連絡を取らなければならないが「それにしてもあいつ大丈夫かな」と考
えていると、一人のかなり年配の職員さんが私に話しかけてきた。「あの列
車は心配しなくても又違うホームに戻ってくる。あの辺のホームだろう」と
親切にも教えてくれた。良かった、助かったと思った。「メルシー、サンキ
ュウ」と礼を言った。本来ならきちっと入国の手続きをし、スイス側に入り
地下道を通って移動せねばならないが、もうそんな悠長なことは言ってられ
ない。ホームの高さが日本と違ってずいぶん低いのを幸いに、左右確認しな
がらどんどん線路を越えて走った。いくつのホームを渡ったであろうか、三
つか四つかハアハア息せき切って渡ると先ほどの列車と思われる黒っぽい一
連の車両群が立ちはだかっていた。ボディの横の行き先を見るとうれしいこ
とに「ズーリック」と書いてある。本当にうれしかった。ほっとした。
逆からつまり線路側から列車のステップを上って扉を押すか引くかすると
扉は開いた。そのまま中に入ると誰かとぶつかりそうになって「ボンソワ
ー」と言うと、一瞬びっくりした表情をし同じように彼も挨拶した。でもま
だ突如入ってきた私の存在を解しかねてるようだった。無理もない。通路を
歩き妻のいるコンパートメントを探した。すぐに見つけ中に入ると、さっき
私が下車した時とまったく同じ空気の中、3人は眠っていた。棚の上には私
の青いリュックと今回は妻が使っている例のあの赤いリュックが静に横たわ
っていた。妻を起こし事の経緯を話すとねぼけ顔で少々驚き「そういえば、
まだ帰ってこないのに列車が動き出すのは妙だなとかすかに思った」と言
う。この私への100%の信頼が半年近い大旅行を無事いうまく遂行させた
に違いない。ともかくほっとして噴き出す汗を腕で拭ったのであった。しか
し非常に危険な行為だったと反省した。そういう意味で今度は冷や汗が出
た。
さて、こんなに苦労して手に入れたハンコも役立たなかったのである。スタ
ンプ自体は問題なかったのだが、帰国後カルティエに送ったにもかかわらず
いくら待っても振込みされなかった。名刺をくれた店員宛てに再度要点を書
いて手紙を送ったが、帰ってきた返事にはそのような物は届いていない。も
う一度送って欲しいと書いてあった。アホか。ばかにするのもええ加減にせ
いよと思った。彼女がそんな大事なものは一通しかないのを知らないはずが
ないのである。あの膨大な時間と体に悪い苛立ちや怒りは一体何だったの
か?高級なショッピングをする時は必ずドゴール空港発の便で帰国すること
だ。また内宮さん推薦のオ・プランタン内のパリ高島屋とか、あるいはヒャ
ルシー・ラファイエット内のパリ松坂屋を活用するのが賢明だ。日本語を話
せる女性がいるし、支払時に免税した額を支払えば良い。プランタンの場合
なら高島屋のある1階と同じ階にトラベラーズチェックをフランスフランに
両替してくれるボックスがあって至極便利である。皆が利用するお馴染みの
決まったルートを歩むこと、それが高価な買い物をする時必ず守るべき鉄則
である。体験を通してまた一つ教え諭されたのである。 (つづく)
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