「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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Rainbow Seeker
その5
その5
さてリュクサンブール庭園を出た私達三人はエドモン・ロスタン広場を横
断しブールミッシュ(サンミッシェル大通り)をまっすぐに下って歩いてい
くことにする。少し歩いた所にある屋台風のクレープ屋さんでフロマージュ
入りのクレープを一つ買って3人で食べる。jわら半紙のような紙で簡単に
包まれたクレープを娘も「おいしい」と喜んで食べる。私が最初にパリで食
べた物はまさにこの場所のこのクレープだった。焼く人がおじさんからお姉
さんに変わった以外は13年前と何一つ変わらない。ここら辺りからセーヌ
河に至る地域を、いわゆるカルチェ・ラタンつまり学生街と呼ぶ。
少し歩いてから切手を買うために私だけが広い通りを渡り、とある銀行の
横を入った。先ほどクレープを買う前にその近くのカフェで切手を買い求め
ると「この店には置いていないが、あの横を入ってしばらく行くと郵便局が
ある」と英語で親切に教えてくれた。ついでに「トイレを使わしてくれない
か」と訊くと「ウィ」と言って奥の方を示した。「いくらですか」と訊くと
「お金はいらない」と言ってくれた。クレープ屋から少し離れた所に2人を
待たせ、私一人で切手を買いに行く。しばらくというのがどの程度なのか計
りかねながらどんどん歩き続け懸命にそれらしい看板を探すがなかなか見つ
からない。少し坂になっていて登って行く。これはどうもおかしいと判断
し、今度は同じ道を戻った。すると先ほどは気付かなかったが、よーく見る
と確かに左側に郵便局があった。〒といった明確な目印がない場合が欧州で
は多い。中に入ると結構混んでいて、タンブル(切手)を手に入れるまでか
なりかかった。待たしている2人のことが気になって焦がった。
戻ってみると、「ずいぶんかかったわね」と妻の方も少し心配顔で言っ
た。事情を説明し、再び3人で少し下りのスロープになっているマロニエの
並木道をウィンドゥショッピングしながら歩く。途中で以前行ったことのあ
る文房具屋に立ち寄り、濃緑色のしっかりとした表紙のついたヨーロッパ調
の手帳を再度買い求めようとしたが、残念なことに見当たらなかった。妻が
いろいろ見ている間に娘とファーストフード店(本当にこの手の店が増え
た)で、ポテトを買って食べる。クリュニュー美術館を右に見ながらサンジ
ェルマン大通りを渡り、ついにあのサン・ミッシェル広場に出た。
ここには建物の側面に彫像と噴水があり、パリの若者達の集う独特の活気が
ある。カワサキ、ヤマハの1000CCが夕方になると集まる。この付近は
最初にメトロから上がって強烈にパリを生で感じたところであると同時に、
例のあの財布をすられた苦い思い出の場所でもある。
RERとメトロをうまく乗り継いでPORTE DOREEで降りる。地
上に出たポジションが以前訪れた時と違っていて、ちょっと戸惑う。二人の
女性に訊いたが、2人して動物園がどこにあるのか分らないとイラつき気味
に返答したのにはちょっとムカついた。英語のZOOが伝わらなかっただけ
かもしれないが、きっと毎日の生活に追われている折に動物園だなんて言わ
れてもそんなもん子供の行く所で忙しい私にゃ関係ないわというのが本音の
ように思えた。無理もないと思った。例のミシュランの詳しい地図を冷静に
よく調べてみると何とか現在位置と動物園への道筋が分ったのでそちらの方
へ歩き出した。
途中で以前行ったことのある広い道路に出てきたのでホッとするやいなや
猛烈な空腹感に襲われたので、ここは動物園とは逆方向になるが、向こうの
交差点付近に見えるハンバーガー屋に入ることにした。確かKINGバーガ
ーとかいう名前だったと思う。大きなハンバーガーと大きなフライドポテト
と、これまた大きなオレンジジュースのセットがお勧めの品らしく、やたら
その広告が貼ってあったけれども、あまりにも大きすぎる気がしたので、セ
ットじゃない単品でそれぞれ3品ずつ英語で注文した。それに対してその係
の店長と思わしき黄色いTシャツを着た男が一旦オーケーと言い厨房に注文
をしたが、さらに何かフランス語で問い直し、じっとこちらの目を見続ける
のでよくわからないままウィと言ってしまった。(欧米社会で最もしてはな
らないこと)
すると少し顔を緊張させてもう一度よく分からない同じことを尋ねたの
で、もう何でもいいから持ってきてくれーという気持ちになり「ウィ、ウ
ィ、ダッコー」と答えた。すると彼は急いで厨房へ向かって大きな声で何か
言った。すると厨房の中からこれまた黄色いTシャツを着た女の子が顔を出
し怒った表情でこっちをキッと見たので何か変なことが起こるような予感が
した。しかし例の店長とおぼしき彼は商品が出てくるまでの間、私の側にい
る娘に妙に愛想がよく、ニコニコしながら膨らんでない風船や店のバッジを
くれたりした。外がすっかり見える。歩道に面したサンルームでテーブルを
確保し腰掛けてしばらく待った。まもなくして出来たとみえ、私を呼ぶので
カウンターへ取りに行った。そこで私が見たものは何とあの馬鹿デカいこの
店自慢のキングサイズであった。どれもこれもデカいのである。こんなにた
くさん一体誰が食べるんだと思うほどのフライドポテト、娘の顔位あるデカ
いハンバーガー、そして大ジョッキ並のコーラ。しかもそれらがそれぞれ3
セットくるからたまったものではない。
食べながらそしてまた街行く人を眺めながら妻とこんな話をした。つまり
パリの街並を歩く人々や動く人々が以前の時と比較して表情が険しく、厳し
い生活に追われているような感じがするという内容だった。9年前の198
2年は社会党のミッテラン大統領が選ばれた翌年で何か全体的に若者中心に
活気があった。長年ジスカールデスタン大統領の下で保守党政権が続いた後
の大げさに言えば革命的とも言える出来事の余韻が、例えばシャトレゾール
といった広いメトロの構内に何か糞尿っぽい匂いとともにまだ確実に残って
いた。バスチーユ広場で夜遅くまでシャンペンを片手にミッテランの勝利を
喜ぶ若者達の姿が、朝日新聞の国際欄に載っていたのを鮮明に覚えている。
あの頃と比べると、よくわからないが景気が悪いのではないかと思った。
ヨーロッパ統合へと進む過程で1986年スペイン、ポルトガルのEC加
盟があったわけだが、それに対してフランスの農民たちは快く思っていな
い。安い農産物がスペインから入ってくることで農業従事者(全人口の1
0%位と多い)は、たちまち苦境に追いやられているからだ。そういったフ
ランスの社会的経済的状況の変化とともに、私達自身の日本における社会的
経済的立場があの頃と比べかなり良い方に変わったこともパリジャンたちの
顔が険しく見える一因として挙げられよう。
何もそんなに立派になった訳じゃなく、ごく普通のマンション住まいを
し、仕事も一応有るという程度だが、あの頃は10年間続けたジャズ喫茶を
店じまいし、もうこの欧州旅行に人生のすべてを賭けるって感じがあり、帰
国後の仕事についても全く白紙の状態だった。住む家だって探さなければな
らない状態だった。というのは、結婚後半年ばかり私の両親と同居していた
のだが、帰国後その家には居られなくなるだろうことは十分予期されたから
である。つまり、転居、転職が私達を待っていた。
親兄弟には2,3ヶ月位行って来ると言って旅立ち、実際は半年近くかけ
て大旅行をした。(そのことで私の両親は怒っていたが、覚悟の上だった)
その訳は、一言で言えば、偉大なる同時体験を2人きりでしたかったからで
ある。日韓関係を相互の歴史的偏見を超えた観点からグローバルに正しく捉
えるためには、様々な人種民族が共存しているパリのような国際都市が有す
る様々な価値観、言語、習慣、芸術を2人して共に小田実氏の「何でも見て
やろう」精神で見聞する必要があると強く思っていたからだ。
旅立つにしても、最も重要な条件は2人してしかもできるだけ若いうちに
ということだ。帰国後のために50万円は残してあった。そのような状況で
日々旅をしていたあの頃と比べれば、帰れば住むところもあるし十分な旅費
も持っている今回の旅は随分心理的に楽である。その余裕が私達をしてパリ
に住む人々を、特に経済的見地から客観的に観察させているのだろう。その
ような話をしながら出来るだけ一生懸命食べたが、ポテトとコーラは一向に
減る気配はなかった。仕方なくテーブルを片付け店を出た。
ヴァンセンヌの森の近くにある動物園に入るすぐパンダが1頭いるのが見
える。中国から2頭贈られたが1頭は死んだとのこと。この動物園の特色は
檻をなるべく作らず、溝を作ることによって安全を確保しているところにあ
る。だから離れて見るとこちらへ渡って来そうに見える。先生に連れられた
十数名の園児が来ている程度で人は少ない。ベンチに腰掛けてリンゴを食べ
る。娘がフラミンゴの絵をスケッチブックに描くのを見ながら、今夜の夕食
をどこで食べようかとか、今後のスケジュールについて話し合う。とりあえ
ずこの後、バトー・ムーシュでセーヌ河を遊覧するためにアルマ橋右岸へ向
かう。その後一旦わがホテル・アストリアに戻り休息し、ホテルから歩いて
行ける、内宮さんによれば、レストランがたくさんあるというクリシー広場
で夕食を取ろうということになった。
像やライオンを見ながら歩いていると、娘が立派なハトの羽を一本拾っ
た。まもなく栗がたくさん落ちている場所に出た。と思ったのは間違いで、
実はこれは栗ではなくマロニエの実であった。見上げると大きなマロニエの
木にいっぱい落ちかけの実がくっついていた。栗のようなトゲはない。ちょ
っと印象に残る風景だった。3人で手に取ってみたりして秋を味わった。大
きな口を開けたカバを見たがる娘を抱きかかえながらしばらく見入る。その
近くには孔雀が自由に歩き回っていた。
そう言えば、マドリッドの動物園を訪れた時もペリカン達が開放されて園
内のある区域を自由に歩いていた。そしてパンダが2頭いた。パンダと言え
ばリージェントパークの側のロンドンの動物園にも2頭のパンダがいたが、
何れの場合も日本と違って人だかりなど全く見られなかった。数羽のカラフ
ルなオウムが木に止まっているのが見えたと思うや、私達は最初のパンダの
いる所に戻っていた。主人公の娘は十分満喫してくれたようなので、連れて
来た甲斐があった。曇り空でちょっと肌寒かったが。
メトロを乗り継いでアルマ広場に出た。広場の通りを横切るとセーヌが見
えた。暫しセーヌの流れにわが身を置く。ルーブル宮殿の方へ向かって河沿
いに下り始めると色々な国旗が目に入り、そこが船乗り場だとすぐ分った。
着いてみると船が出た後らしく、次の船の出発時間が書かれてあった。切符
を買って暫く待つとあのパトー・ムーシュが船着場に横付けし、少数の乗客
が下船した。オープンになっている眺めの良い2階に上り腰掛けた。出発ま
でいろんな国の観光客が乗船してきた。我々の前付近にはアメリカ人らしき
白人の家族親戚と思われる人達が7、8名陣取り、河岸の美しい街並みを見
ながら陽気に何やら喋っている。まもなく船はアレクサンドル3世橋へと向
かって動き出した。早くもあちらこちらでカメラを構える姿が見られる。私
達も順々に撮る。コンコルド橋を過ぎると、今回初めて見るオルセー美術館
が姿を現し始めた。「ああ、これか、あの高階秀爾さんの解説で見たNHK
の特集「オルセー美術館」というのは」明日の朝一番に訪ねる予定である。
前の旅行の時はそれが存在しなかった。印象派美術館の名作群もここへ移さ
れているらしい。明日の再会が楽しみだ。
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