Rainbow Seeker 

4.ヴェルサイユ宮殿からマドリッドへ

4.ヴェルサイユ宮殿からマドリッドへ


 翌日10月3日の木曜日の朝は素晴らしい晴天であった。プティ・デジュ

ネを取りに行くと日本の女の子2人と席が一緒になった。ごく自然に会話を

始めた。二人は姉妹で東京から私達と同様パリ10日フリーで来ていた。姉

が以前一人でこの地を訪れルーブル等の美術館の絵画にひどく感銘を受け、

帰国後必ずや再訪する思いで数年間バイトに精を出した。そのうち彼女の妹

も影響を受け同じくバイトで頑張り、今こうして姉妹旅行を続行中で、パリ

に来て二日目とか言っていた。こちらのことも簡単に説明した。まもなくし

て朝食を済ませた彼女たちは「それではお先に」と言って席を立って行っ

た。




 食後、玄関ロビーで絵はがきを買い、両親に無事到着したこと、晴天のパ

リの空の下今からパリ郊外のヴェルサイユ宮殿へ行くところだ、といったこ

とを書き、一昨日買っておいた切手を貼って元気良く表へ出た。(たいてい

の大きなホテルは切手を置いているようだ。後に1994年私の両親と3人

でロンドンを訪れ、インター・コンチネンタルホテルに宿泊した時初めて知

った。少し割高だが大変便利だ)少し肌寒いが、本当に素晴らしい爽やかな

秋空だ。いつもの所で水と果物を買った後、途中で黄色い郵便ポストに先ほ

どの絵はがきを投函した。




 ヴェルサイユはパリの西約20キロにある。アンヴァリッド駅からヴェル

サイユ左岸までRERを利用すると、30分ばかりで行ける。サン・ラザー

ル駅からも同じ位で行けるが、以前利用して要領が分っているのでRERで

行くことにした。EUROPEからライン3でサンラザールまで乗り、そこ

でCHATILLION MONTROUGEへ向かうライン13にコレス

ポンダンス(乗り換え)し、三つ目のアンバリッドで降り、メトロのアンバ

リッドと繋がっているRERのアンバリッドまでどんどん歩く。途中で改札

があり、その前でそれまでの切符を提示し、ヴェルサイユまでのを購入する

という具合になっている。




 このRERのラインは大変便利でオルリー空港へも通じている。前回利用

した大韓航空はオルリー空港に着くのでこの路線を使った。サン・ミッシェ

ルに到着したそお速さには感嘆したものだ。まもなくアルミ製の金属に包ま

れたヴェルサイユ行きの電車が来た。乗客はほとんどいない。自由な気分で

セーヌ河沿いの景色を楽しむ。「こんなええ天気はじめてやな」と言うと。

「ほんと、そうね。快適ね」と妻が窓の外を見ながら応える。日光浴をしな

がらの楽しい旅のひとときだ。小さな駅に電車が停車する。初めて見る駅付

近の家の屋根や壁の色合いに一瞬のことだが永遠の町のたたずまいを感じ

る。



 ヴェルサイユ左岸駅に着いたのは正午頃で、駅前の渡ってほぼ真正面にマ

クドナルドがあったので、そこでお昼を食べることにした。店内はずいぶん

広くゆったりしていて空いたテーブルもたくさんあった。うれしいことにビ

エール(ビール)がメニューに載っている。それ以外のメニューは日本と同

じだ。味も同じだ。娘の大好物のフライドポテトとハンバーガーをメインデ

ィッシュにし、私はビールを飲んだ。ライトでおいしかった。トイレを利用

してから表へ出た。




 左に折れるとあの左右対称になっているヴェルサイユ宮殿が前方にドーン

と見えた。人通りの少ない木陰になった広い並木道を200メートル程行く

と大きな石畳の敷かれたアルムの広場が広がり、さらに王の広場といわれる

広場があり、そこにルイ14世の騎馬像が立っている。すごい迫力の石畳

だ。実際に歩いてみると、全体的に少し上り気味に石畳が広がっていて、か

なりのデコボコでヒールならすぐにつぶれそうだと妻が言う。1940年5

月ドイツ軍がパリを占領した時、ドイツ軍の戦車によってヴェルサイユ宮殿

の石畳もガタガタにされたと何かで読んだことがある。



 確か向かって左の方に入り口があったと記憶していたのでそちらへ向か

う。後で知ったのだが、通訳がつく(入場料は少し高い)入り口と自由に見

学できる入り口とがある。以前の感覚で、つまり通訳なしの自由見学のつも

りで英語と書かれた列に並んでいた。やたら待たされるのでおかしいなと思

いつつしばらく待った。かなりの人数が集まったところでやっと上っ張りを

着崩した、担当の通訳が現れた。彼について重厚な石の階段を上っていく。

大きな扉が開けられるとルイ14世の大きな肖像画が飾られている華やかな

一室が我々の目に入ってきた。このような部屋が次々と続いているのであ

る。


 やさ男って感じのなかなか洗練された知的な雰囲気を漂わせる通訳が、フ

ランス語のリズムの強い英語で流暢に、まずその絵から説明し始めた。懇切

丁寧な専門家好みとも言える詳細解説には感心したが、その延々と続く説明

を聞くには子連れの私たちは適していなかったので、一行から抜け出すこと

にした。3室目の説明が終わったあたりで、たまたまそこにいた監視員の女

性に自由に見たい旨を英語で伝えると、彼女はすぐさま事情を理解し、私た

ちを2,3の大きな部屋を通過して自由に見ている人々の流れの中に快く案

内してくれた。



 次々と続く豪華な部屋を通過してあの第一次世界大戦後のヴェルサイユ条

約の調印式の舞台にもなった「鏡の間」に到達した。透き通ったガラス細工

でできた大きなシャンデリアが幾つも絵画や装飾を施した高いアーチ型の天

井からぶら下がっている。片方の壁には写り具合が大分鈍くなった鏡が延々

と規則的に張り巡らされ、他方のそれはアーチ型の連なる窓でできていて雄

大な庭園を見渡すことができる。「鏡の間」から少し行くとルーブル宮にも

ある「ナポレオンの戴冠式}の絵があって、壁いっぱいの大きさで我々を圧

倒する。その部屋を出るとすぐに土産物コーナーがり出口へとつながってい

た。





 外へ出て背伸びをして深呼吸をする。真っ青の空を眩しそうに見る。目を

下に移すと赤い花と円錐形に刈られた低木がシンメトリーな幾何学模様を織

りなし、背後にはラトーヌの噴水が虹を作っている。そしてはるか向こうに

大運河が見える。それは「モナリザの微笑」の背景の景色と似ていて、あま

りのスケールの大きさに一瞬遠近感を失う。階段を下りて大運河に近づいて

いく。途中、右側の森の中の石のベンチに腰掛けて、今朝買ったオレンジを

ナイフで切って食べる。たいへん甘くてグッドだった。再び森から出て、軽

くスロープになった土の道を下っていく。




 下まで行くとアポロンの神の泉がある。その付近の芝生から娘が黄色い草

花を見つけ、摘んでもよいかと聞く。少しならいいだろうと言うと数本摘ん

で満足そうに微笑みながら私たちに見せてくれる。うさぎの絵が描かれた白

いシャツにジーンズを吊る赤いサスペンダー、それに斜め掛けにした赤い彼

女のお気に入りのショルダーバッグが背中の方を向いている。足には白い運

動靴、頭にはチョンマゲ。その頃、正義心の極めて強いマンガのヒーロー、

コロスケの強い影響でこのゴムでくくられたチョンマゲをひどく気に入って

いた。観光客を待つ馬車の馬をしばらく興味深く眺める。




 その向かいに唯一の白くて綺麗なレストランがある。お腹も空いたことだ

し食事にしよう。その前に近くの公衆トイレに入る。入った所に女の人がい

てお金を払うことになっている。観光地にはよくあるパターンだ。ここの料

金は2フランだ。料金がはっきりしていない場合、当然のごとく5フランの

大きなコインが置かれていたりするがそんなの気にしなくてもよい。1,2

フラン置いておけばよい。男性の場合大と小によっても違うが。そのかなり

しっかりした白いトイレの建物の前にの芝生に可愛いヨークシャテリアが一

匹つながれていた。娘がかわいい、かわいいとしきりに言うのでパチリと一

枚撮る。




 レストランは幸いにも、空席のテーブルが多くあった。寒い時期は別にし

てここは主に外で食べるようになっている。アテネのタベルナ(食堂のこ

と)を思い出す。これについては後に語ることにしよう。奥のテーブルに座

るように言われる。赤、ピンクのゼラニウムが見事に咲く鉢がテーブルの側

面に並べられていてなかなか雰囲気が良い。この時間はサンドイッチ(とい

ってもイギリス風のお馴染みのそれではなく、バゲットにハムやトマトをは

さんだもの)しかできないとのことなので、ハムサンド、チーズサンドにオ

レンジジュースにビール等を注文する。




 座って待っていたが、忙しそうに中年のギャルソンも若いギャルソンも私

たちの側を通過するだけで、一向に持ってこないので、段々頭にきて、若い

ギャルソンが近づいた時、席を立ちながら間髪を入れず強い口調で催促す

る。こういうことに負けてはならない。コツは相手の動きをしっかり見定

め、目が合った時すかさず英語でよいから力強く明確に自分の意思を伝える

ことだ。一度伝えたからといって黙って待っていると永遠に何も来ないこと

が多々ある。しかしこのことに怒りでもって関係を絶つより、執着心をもっ

て関係を結ぶことの方が大切である。肌の色、風俗習慣、文化がお互い違う

者同士が集まる場において、我々に課せられた国際化へのいわゆる儀式であ

ると考えるべきである。殊に背後に人種差別的な動機が感じられる場合はな

おさらで、断固くじけてはいけない。真っ向から対峙し自分を主張すべきで

ある。熱くなると不思議と英語がすらすら出てくるものである。




 やっと出てきたサンドをおいしくいただく。フロマージュがなかなかおい

しかった。周りはいつの間にか賑わっていた。スペイン語を使う7,8人の

元気なおじさん、おばさん達の会話を聞いていると、明日私たちはマドリー

ドにいるんだと自然に思われてきた。勘定を済ませて表に出る。この時に気

づくべきだったのだが、惜しいことに娘のお気に入りの赤いショルダーバッ

グを置き忘れてしまったのである。それはその日の夕方荷物を取りにホテル

に戻った時に初めて気づいたのである。彼女自身がないことに気づき、忘れ

たことを知るとかわいそうに泣き出した。その中にはヒースロー空港でのト

ランジットの間に買ったキーホルダーも入っていた。帰りにまた寄るからそ

の時買ってあげると言って慰めた。内宮さんに言おうかとも思ったが言って

も無駄だと思って言わなかった。諦めるより仕方なかった。




 そのことには何も気づかずぶらぶら3人歩いていると、貸し自転車があっ

たのでパスポートを預けて(ちょっと不安だが仕方がない。向こうも自転車

を取られはせぬかと心配だろうし、イタリアのホテルではよく預けさせられ

たが)2台借りることにした。今夜の日程を考えると時間の節約が必要だっ

たからだ。一台は子供が後ろに乗れるようになっていて、絶対に鞭打ち症に

ならないと言ってよいほど、極めて安全性の高い背もたれがついている。要

は乗せた私と、ついこの間、猛烈とも言える特訓につぐ特訓の末見事乗れる

ようになった(幼稚園の送り迎えのため)妻が自転車を連ねてグラン・トリ

アノンに向かって、この馬鹿ほど広いもはや森とも言える庭園内を快調に暴

走?する。




 木陰の下、風が気持ちよい。マリー・アントワネットの離宮であった大ト

リアノンを散策する。ピンクっぽい大理石の柱が印象的だ。それにしても良

いお天気だ。以前妻と訪れた、ルソーの自然賛美主義の影響で王妃マリー・

アントワネットが命じて作らせたという、田舎家風の別荘「農夫の家」への

訪問は時間的に厳しいので今回は割愛することにした。大きな白いパラソル

のし色づいた緑を楽しみながら元のところへ戻ってきた。疲れが出たのか歩

くのを嫌がる娘を抱きかかえ帰途に就く。抱いてまもなく私の首に手を回し

てぐっすり眠ってしまった娘の吐息を聞くと、少し連れて来るのが早かった

かなと思ったりする。結構重い。しかし後悔はまったくない。娘の吐息を重

さが心地良い。 


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