ランスの日記

ランスの日記

序章


瞳 君 俺 傍にあるもの
君 瞳 俺 間にあって
俺 瞳 君 近くにあるもの
何が映るか 何が見えるか そんなの誰にだってわからない
それは自分だけの物で 他人に理解できることではない
でも 人はそれが知りたいと願っている
他人の瞳に 心に 何が映り、何を思い描いているのか
光 闇 希望 絶望 信頼 裏切り 願い 諦め
さまざまな感情があるなかで 君の中には何があったのかな
俺はいたのか 君の中に 君はいたのか 俺の中に

「おい!大樹!始まっちまうぞ!急げぇぇぇ」
特に見たいってわけでもなく、ただ暇だったのでなんとなく友人に誘われたコンサートについてきた。
が、友人広瀬卓真はどうも俺が見たくてしょうがなかった、と思っていたらしい。
なので待ち合わせ時間も少し予定より早く呼び出されるし、髪型がどうとか服装がどうとか、どうでもいいことばかりに気を使っている
 別に俺らが舞台に上がるわけじゃねぇのに・・・
そんなことを考えながらコンサート会場入り口に来ていた。
周りは人でごちゃごちゃ・・・しているわけでもなく、まばらに人が歩いている程度だった。
それもそのはず。今流行のグループのコンサートや、上流階級の人が見に行くようなオペラでもないからだ。そう、ただの、演奏会。
卓真は異常にクラシックなどにはまっており、近くの学校が集まって主催するコンサートにどうしても行きたいと言っていた。そんな時、たまたま仲がよかった俺に誘いがかかった、ということらしい。
「別に俺じゃなくてもいいじゃん。」
「ばっかやろう!お前には音楽のよさをわかってもらわないといけないんだよ!」
そんなことを言われてしまい、半ば強引につれてこられてしまった。
中に入ると、まだ抜けきれていない外の冬の寒さから逃れるかのように、暖房がかかっており、比較的暖かかった。
「ほら早く。席着くぞ席!」
開演時間までまだ10分もあるのに、なんでこんなにあせっているんだろうか。
まあ付き添うと言ってしまった手前、ここで帰るわけにもいかず、しぶしぶ卓真に従った。
「ああぁぁ、早く始まんねぇかなぁぁ・・・。」
などと隣で一人わくわくし始めている。
 かったりぃ・・・ 帰りてぇぇ・・・
ぼ~っとそう思っていると、あたりが暗くなる。どうやら演奏が始まるようだ。
「お待たせいたしました。まもなく演奏が・・・」
挨拶やらどこの学校やら流される順番やら一通り放送で説明を終えたころ、ようやく演奏が始まった。
どこの学校も普通に上手で、大して惹かれるものもなく、やっぱりこなきゃよかったなどと考えながら小一時間。ようやく最後の学校の演奏に入った。
最後ぐらいしっかり聞くかと思って、演奏している人たちを見回していると・・・。
どこか寂しげに、ひときわ印象的に演奏している女の子が目に留まる。
美人ではないが普通に可愛い、がどこかかげを背負っているような、そんな印象を受けた。
彼女を眺めながら演奏を聴いていると、どこか不思議な気持ちが生まれているのに大樹は気づいた。それも束の間、演奏はすぐ終わってしまい、終演。舞台挨拶などを終え、最後に盛大な拍手。お決まりのパターンってやつだ。
「おい、すごかったなぁ。西端高校の演奏見たか?ちゃんと見てたか?素晴らしかった!」
などと隣で一人興奮してやまない卓真。大樹は適当に相槌を打ってごまかしていた。
頭に思い描いているのは 先ほど寂しげな印象をした彼女のこと。
我に返ると大樹は「わりぃ、ちょっと疲れたから公園で一休みしてから帰るよ。じゃあな。」
卓真にそう告げ、後ろからなにやら言っているのもかまわず公園に向かった。
まだ抜け切れていない冬の寒さが少し響く公園を一人、歩いていた。
あの感情はなんだったんだぁ・・? すっきりしない頭でぼ~っと歩いていると、前の方で子犬とじゃれている少女を見つけた。後ろ姿を目で追っていると、豪快に転ぶ姿が目に映った。思わず大樹は吹き出してしまった。
「あ・・・。」
少女はこちらに気づき、振り返った。顔を朱に染め、恥ずかしげにこちらを見ている。
「あの・・・見てました・・・?」
大樹は目をそらし、知らない顔をしていると
「見てたんでしょう・・・?あぁもう私・・・恥ずかしい!」
こちらに歩みよりながらそんなことを言い、顔を真っ赤にしている。
そのとき初めてちゃんと顔を見ると・・・。先ほどの演奏会で、寂しげに演奏していた女の子にそっくりだった。
「あ・・・。」思わず声に出してしまい、今度は不審そうな顔をしてこっちを見てくる。
「私の顔になにかついてますか?」
横に顔を振り、大げさに違うと言ってしまう、と、彼女は笑い出してしまった。
「面白い人ですね。そんなオーバーリアクションしなくても。」
くすくすと笑いながらそんなことを言っている。別にそんなオーバーなリアクション・・・しました・・・はい・・・。手を顔の前に置き、ぶんぶんと振って、それにあわせて頭も思いっきり横に振ってしまった。そのせいで今すこし頭がくらくらする・・・。
「あの、名前なんて言うんですか?」
「え、俺?大樹です。哀川大樹って言います。」
少し片言になってしまった。緊張してるのめちゃばれちゃうし・・・さすが俺・・・。
大樹はあまり女子とは接する機会がない。そのため話すのは不慣れなのだ。
「大樹君かぁ。私は日与野佳奈子って言うの。」
日与野佳奈子、かぁ・・・。いい名前じゃないか!ナイス佳奈子!なんてな・・・。
「えっと、日与野さん・・・?」
「佳奈子でいいよ!私も大樹って呼ぶからさ。」
名前を呼んだ途端そう返され、少し同様してしまう。
「え、じゃあ・・・か、かな、こ。」
これじゃ女の子と手をつないだこともない素人丸出し男じゃないか!
顔を真っ赤にして大樹はそっぽを向いてしまった。そう、大樹は名前で呼んだことすらないのだから。
「普通にしてくれればいいよ。でも大樹、見かけによらず初心なんだね。」
少しからかいの入った口調で佳奈子が言い、大樹が向いている方へと向かう。
「ほーら。人と話す時は目を見るって先生かお母さんに習わなかったかな?」
佳奈子がそういうと、大樹は何かを思い出したように体をびくっと震わせた。
「あ、えっと・・・。なにかまずいこと言っちゃったかな・・・。」
大樹には母親がいない。元からいないわけではなく、5歳のころ、亡くなってしまった。
「俺、母さんいないんだよね。5歳の時病気で死んじゃってさ。だからもう、ちゃんと顔覚えてないんだよね。」
微笑みながら佳奈子にそう告げ、さらにまくし立てる
「そういえば君さ、さっきの演奏会で発表してたよね、えっと・・・学校忘れちゃったけど、君、だよね?」
「あ、見てたんだ・・・。だからさっき人の顔見て確認してたんだ!なるほどねぇ・・・。」
意味ありげな台詞に「な、なんだよ。」と、少し戸惑いがちに大樹が尋ねる。
「私に惚れたな?大樹。一目惚れってやつ?」
「な、なにばかなこと言ってんだよ!んなわけねぇだろ?」
初めの部分で声が少し裏返っていた。大樹は恐ろしく動揺していて、落ち着かない。
なんだこいつ・・・。なんでそんなこと・・・。
「隠さなくてもいいよ。大樹の気持ちはわかったからさ。」
大樹はここから逃げ出したい気持ちになっていた。
「図星だからって黙らないでよぉ。喋って?大樹君。」
大樹の顔を覗き込むような位置で佳奈子がそう言うと、大樹の顔はますます赤くなっていった。
「あ・・えっと・・・ほら、あれだ・・・。その・・」
ちゃんとした言葉にならず、ただあーとかうーとかそのとかあれとかを繰り返してしまう。
何してんだ俺!しっかりしろ俺!がんばれ俺!
「えっと・・・。なんでそんなこと言うんすか・・・?」
やっとの思いで絞りだした一言は、佳奈子を動揺させた。
「あーえっと、ほら、その・・・。」
佳奈子も同じような状態に陥ってしまった。
大樹はこらえきれずに、笑い出してしまった。
「あははははは。俺ら何言ってんだろうね。おもしれえ。」
佳奈子も同じように笑い出していた。
「そうだよね。私たちおかしいかな。変だねえ。」
公園に二人の笑い声が響いていた。

『次の日曜日の10時にここでまた会おうね。』
別れ際大樹は、佳奈子とそんな約束を交わしていた。
佳奈子 ちゃんと来てくれんのかな・・・。
約束の10分前、公園の前まで来た大樹はそれを思いながら公園へと入って行った。
「遅い、大樹!」
前の方から、元気のいい声で叱咤して来たのは、佳奈子だ。
「遅いって・・。待ち合わせの10分前じゃん・・・。」
「女の子を待たせていいと思ってるの?大樹は。」
頭をかきながらそんなわけじゃねえけどとぶつぶつつぶやきながら佳奈子の元へと向かう。
二人そろって、近くにあったベンチに腰掛けた。
「なんでまた会おうなんていったんだ?」
大樹は唐突に、佳奈子に聞いた。
少し動揺した後、佳奈子は答えた。
「ん・・・大樹、話してて楽しかったし、それに・・・。」
「それになんだ?」
佳奈子は少し呼吸を整え・・・。
「人目惚れしたの私なんだ。話してもっと好きになっちゃった。まだ知り合ったばかりなんだけど私と付き合ってください。」
そう一呼吸で告げた。大樹はベンチから転び落ちそうになってしまった。
「ななな、何?なんで俺?えっと、その・・・。」
まさか告白されるなんて思いもよらず、大樹は何を言えばいいのかわからなくなっていた。
「嫌ならいいんだ。振って下さい。」
な、何を言い出すんだ・・。好きって言ったり振ってと言ったり・・・。
「ちょ、ちょっと待って。なんで俺なの?」
落ち着くために大樹は理由を聞くことにした。
「なんでだろう・・・。私にもわかんない。でもあの日から今日まで、ずっと大樹のこと頭から離れなくて・・・。約束の日に告白しようって、決めてたから・・・。」
なるほど だからなんかそわそわしてたのか じゃなくて!
大樹も今日まで、ずっと加奈子のことを思い描いていた。どんな子なのかとか、どんな顔だったとか、どうでもいいことばかり。
学校でも上の空。友達と話していてもどこか遠くを見るような感じになっていた。そのせいで友達に「頭でも打ったか?大丈夫か?」などと言われる始末。
それを突然思い出し、急に恥ずかしくなってしまった。見る見るうちに顔は紅潮して行き、うまく言葉もおもいつかなくなってしまった。
しばらく沈黙が続く、が。
「やっぱり嫌だよね。まだ会うの二回目だし。なんだこいつぅ?って感じかなぁ。」
と言う佳奈子の言葉が破った。
「ばか、んなわけねぇだろ!嫌なわけあるか!」
大樹が突然怒り出した。 えっ と小さく佳奈子が漏らす。
「確かにまだ二回目だけどよ。別に関係ないじゃん。これからお互いのこと知って行けばいいわけだし?第一好きになっちゃんだからしょうがないことだよ、うん。」
大樹は自分で何を言っているのかそのときは勢いだったため気づいていなかった。
「え・・じゃあ・・大樹も、私のこと・・・?」
そして唐突に気づく大樹。 お、俺 何言ってるんだ!好きって言ってるようなもんじゃないか!ああ、もうこの際どうにでもなれだ~!
大樹はやけになって声が大になるのもかまわず言った。
「そう!俺も加奈子の事気になってた!俺の方こそ付き合ってくださいだよ!」
立ち上がり、頭まで下げてそう大樹は告げた。
ゆっくり、ゆっくり顔を上げたその先で・・・。
佳奈子は 泣いていた
何度も何度も頷き、口を手で押さえ、涙をいっぱい流しながら、声一つ漏らさず。彼女は、
綺麗に、泣いていた。
大樹はたまらなくなり、彼女を抱きしめた。気づくと、体は勝手に動いていた。
「なんでそんなに泣いてるの?告白は、うまく行ったのに、どうしてそんなに?」
頭をゆっくりとなで、優しく、まるで先生が語りかけるように大樹はそう聞いた。
「だって・・・だって・・・怖くて・・・私・・・私・・・。」
そこで彼女の言葉は途切れ、大樹の胸に顔をうずめたまま何も言わなくなった。
ただひたすら、泣き続けた。

泣き始めてから10分ちょっとしたあたりで、佳奈子は眠ってしまった。
大樹の胸の中で。
大樹はベンチに腰かけると、彼女の頭をあやすように撫で続けた。
そっと そっと 優しく 優しく・・・
それから2時間ばかりたったあたりで、佳奈子は目を覚ました。
大樹は笑顔で、そっと加奈子を離してやった。
「ん・・・。私・・・。寝ちゃったんだ・・・。ごめんね?大樹。」
大樹の笑顔は絶えることなく、優しく頭を撫でた。気にするな 大丈夫 と告げながら。

大樹は自分の中で何かが変わったような、そんな気がしていた。
なんでこんな優しい気持ちになれるのだろう。この子の涙を見た後から。
あの嬉しそうな顔を見たあとから。大樹の中で何かが変わっていた。

「ねぇ?大樹。なんで私のこと、気になってたの?」
佳奈子が突然そう、質問をした。
「ん・・・。なんでだろうな。なんか、一目見た時にさ、なんかすごく印象的だったというか、気になってたんだよ。」
茶化すように笑いながら大樹は質問に答えた。
「それ答えになってないからぁ!」
佳奈子は怒るでも無く、笑顔でそう応答した。
「ねぇ、これからどうしよっか。なんか泣いたら私おなか減っちゃった。」
「そうだなぁ。昼飯時だしな。マックでも行ってなんか食べるか。」
二人は並んで道を歩き始めた。お互いのぬくもりを感じあいながら。

繋いだ手 とってもあったかくて
繋いだ手 離したくなくて
繋いだ手 ずっと一緒で
そっと春が訪れ そっと迎える

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