| セピア色の記憶 第三章 |
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| 狭間で
1 夏休みまで、あと一週間をきった。クラス中がというより、学校中が浮き足立っている感じだった。一方で、受験生としての、ずっしりとした重みを無視でき ないでいた。 ただでさえ、なんとなくブルーな気分の玲奈に、受験の二文字は拍車をかけている。 キャンプ以来、修との間にできた溝をうめられずにいる玲奈だった。そして、非現実的な世界ではあるけれど、真琴の世界とこの現実世界の狭間にいる気がし ていた。 幼なじみのくされ縁。家もとなりだけど、グループも一緒。おまけに席もとなり。グループはくじびきで決まったが、男子三人女子三人、席はなんとなく申し合 わせたように修と並んだ。一学期はじまっての席替えで、絵里が同じグループになってから、玲奈と修の運命の輪がくるいだしたみたいだ。 給食の時間。 教壇にむかって並んでいた机を、グループごとに向かい合わせにかえる。だから、隣の修は、玲奈の向かいになる。修と、ちょっと気まずくなってから、この 給食の時間がなんか憂うつだ。 修の苦手なグリンピースが煮物の中に入っている。当然のことのように修は、フォークでころがすようにして、玲奈の皿にうつす。いつもなら、ここで玲奈が ひとこという。修はいつもどおり、玲奈の言葉に構えたようだが、予想に反して玲奈はなにもいわなかった。手応えなしと感じた修が、今度はすばやく玲奈の チーズをとった。 「チーズ、もーらいっと」 「ちょっと、修、いいかげんにしなさいよ」 そういったのは、玲奈でなく香織であった。 「ちぇっ」 といいつつ、修は玲奈の机にチーズをもどす。チーズは、玲奈の好物でもあり、給食でチーズがでるたびに同じようなじゃれあいをくりかえしていた。 「修、絵里のチーズあげる」 給食の時間だけ、修と席がとなりになる絵里が差し出した。 「あ、いいよ」 「遠慮すること、ないじゃない」 「ひゅーひゅー、お熱いね」 また、キャンプのときのようなヤジが飛ぶ。 決して、チーズが欲しいのではなく、チーズをいいわけに「じゃれあい」がしたいのだということを、クラスのみんながわかっていた。 「最近、玲奈ってツンツンしちゃってさ。かわいくねーよな、そんな女」 「修、いいかげんにしなさいよ」 ここでもまた反撃に出たのは、香織であった。 そそくさと昼食をすませた玲奈は、ひとり屋上へとあがった。そんな玲奈の後を追って香織も屋上へときた。 梅雨明け宣言は、昨日されたばかり。澄みきった青い空に、風が渡り、すがすがしかった。 「ちょっと、玲奈……」 屋上の金網のそばにいる玲奈に、香織が歩み寄ってきた。 「あ、香織」 「もう、香織、じゃないわよ。心配するじゃない」 「心配? なんの?」 「あのね、あんた最近、ちょっと変じゃない?」 「変って?」 「今日の給食のときだってそうだし……」 「給食?」 「そうよ、グリーンピースやチーズのことよ」 「ああ……」 「ねぇ、どうしたのよ」 「なにが?」 「なにってね……。最近、わたしのことも避けているみたいだし……」 ツーといえばカーの仲のはずだった。それなのにこのところは、香織とも意思の疎通がすんなりといかない。 「女の友情なんてさ、しょせんサランラップより薄いのよ」 「なにそれ?」 「忘れちゃったの? 玲奈。ほら、この前の家庭科の調理実習のときよ。サラダ作ったとき、うすーくきゅうりを切ったじゃない」 「ああ、あの話。女の友情なんて、このきゅうりくらい薄いかな、それともこのきゅうりより薄いサランラップかなって話したこと?」 「やっと笑ったわね」 ほっとしたように香織がいう。 「あのさ、修のやつも悪いとは思うんだけどさ、あいつ、あれが精一杯の愛情表現なんだと思うよ。いいかげん、玲奈が素直にならないとさ。これ以上、溝が深 まっちゃったら、どうしようもなくなっちゃうよ。もうすぐ夏休みだしとなりの家に住んでいても、近くたって会えないってこともあるんだから、ね」 最後の「ね」というところを、香織は強調した。 「もういいのよ、修のことは」 玲奈は、真夏のような空を見上げた。心の憂いを一瞬に晴らされるようだ。 「どういうことよ」 「だから、もういいの」 「……玲奈、あんた、ほかに好きな人でもできたの?」 ぴくんっと玲奈は、頬がひきつるのを感じた。祐一の姿が脳裏に浮かぶ。 「そうなんでしょ、誰? クラスの子? あ、塾の先生?」 「違うってば」 「なんだ。じゃ、なんなのよ。最近の玲奈って。人格変わっちゃったみたいで……」 まさか夢の世界で会う祐一のことなんか、話せない。それにこのブルーな気分も、なんといって香織に語ればいいのかもわからない。語ろうと思うと、わずら わしさが増す。 「なんかさ、いろんなこと、ばからしくなっちゃって……」 「ま、そういうときもあるよね。いつまでも子供みたいきーに、キャーキャーいってられなしさ」 ここで、ふうと香織はため息をついた。 「なんで、香織もそう思うの?」 「まあね」 十五歳。大人でもなく、決して子供でもない。シーソーのようなバランスを保っている微妙なお年頃だ。 「でもさ、修のこと、なんとかしときなさいよ。とりかえしがつかなくなるから。それより、玲奈、最近顔色悪いよね。また、ちょっとやせたでしょ? ま、貧血が治らないとしかたないんだろうけれど。陸上やめてから、体力落ちたんじゃない? 日焼けしてたと思ってら、ほら」 そういうと、香織は自らの腕を差し出して玲奈と比べた。 「青白い腕……。でもさ、玲奈、ちょっと修の理想像に近づいたんじゃない?」 「まさかぁ」 ふたりは、笑った。 「玲奈、今日、部活ないんだ。久しぶりに一緒に帰ろっ」 昼休みの終わりを告げるチャイムが、青空に響きわたった。 2 部活がなかった香織とともに、長野駅前にやってきた。本当は、そのまま二人とも塾にいくはずだったけれど、さぼってしまった。いつも香織は、部活がおわ ると学校から塾へと直行する。部活を休んでいる玲奈は、一度家にもどり、着替えてから塾にいく。ふたりが一緒に行動するのは、久しぶりのことであった。塾 に行く前に、ちょっと寄り道しようとしたところ、そんな結果になってしまったのだ。 玲奈たちは、ドーナツにかぶりつき、カフェオーレを飲んでいた。こんなところ、学校の先生に見つかったら、とんでもないことになる。 「中学生って、不自由よね」 香織が、ドーナツをほおばりながらいう。 「高校生になれば、学校帰りにこういうことしたって、しかられないのにね。高校生っていっても、わたしたちといくつも違わないのに」 「友だちどうしで、買い物はいいのに、中学生はこういうところに入っちゃいけないわけよ。買い物していれば疲れて、ちょっとお茶して休もうっていうのは、 人間として当然の欲求よね」 「義務教育だもんね」 玲奈はしかたないなと笑いながらこたえる。香織とこうやってむかいあって話すのも、なんだか久しぶりだ。 「玲奈、高校決めた?」 「ん? まだ」 ドーナツをカフェオーレで流しこんだ。 「修と同じとこ、行くの?」 「さあ。でも、大丈夫。修の方が、できが悪いから」 玲奈たちは、声をあげて笑った。隣のテーブルにいるおばさんたちが、いやーねという顔をしてふたりを見つめた。そんな視線に、ふたりは声のトーンを落と して話を続けた。 「ところでさ、玲奈。お昼休みの続きの話なんだけど、修のこと、どうするのよ」 「どうって?」 「このまま、夏休みに入っちゃっていいわけ? こんな気まずいままさぁ。それとも、あの話、本当なわけ?」 「あの話って?」 「他に好きな人ができたとか……」 「まさか」 玲奈は、ぬるくなったカフェオーレをすすった。胸の奥のへんが、キュンとする。 「でも、なんか変だよ。最近の玲奈って。修ほどじゃないけど、私だって玲奈と友だちやって、けっこう長いつきあいなんだからね」 だが玲奈は、香織の言葉と無関係なことを、突然話し出した。 「ね、香織、夢って見る?」 「夢? 玲奈、いつだったかもそんなこといってたわね」 玲奈は、こくんとうなずいた。 「なんかあったの?」 「いつも同じ夢を見るのよ」 「同じ?」 「そんなことあると思う?」 「同じ夢なんて、見たくても見られないものよね、普通。どんな悪夢よ。誰かに殺されそうになって、いつも同じところで目が覚めるとか?」 悪夢ではないと玲奈は思いつつ、残りのドーナツを口にほおりこんだ。そして、手についたシュガーをパンパンとはらった。 「夢の中で、時間が経過しているのがわかるんだ。その世界で、わたしは真琴という女の子になっているの」 「ふーん、変な夢」 そこが軽井沢らしいことと祐一については、話さなかった。 「で、その夢とどういう関係があるわけ?」 「ううん、なんか夢ばかり見てると、熟睡できなくってさ」 もう一歩、心の奥を香織に話すことができなかった。信じてもらえないかもしれないという思い。一方で、秘密にしておきたい気もしていた。 「あ、そうか。あるよね、そういうこと」 妙に納得したように、香織はうなずく。 「あ~あ、夏休みに入ったら受験生か……」 香織は、大きく伸びをしながらいった。陸上部の大会も先日終わり、三年生は、受験にむかって一直線という時期だ。 「ねぇ、玲奈。夏休みに入ってすぐに、プールいかない? わたしと、玲奈と修と、あと一樹とでさ」 「香織が行きたいんでしょ?」 一樹というのは、香織が好きな男の子のことだ。 「塾さぼったついでに、水着、見に行っちゃおうよ」 玲奈たちは、あわただしく店を出た。 塾をさぼったのは、はじめてだった。校則違反をしてまで、ドーナツ店に入ったのもはじめてだった。中学生は、不自由か……。香織の言葉が、ぐるぐると頭 の中をまわっていた。大人でもなく、決して子供でもない。 コン、コン。 窓ガラスがノックされる音がした。夜になって涼しくなってきたから、窓は閉めていた。カーテンを開けると、窓の向こうには修が立っていた。 「なによ」 ガラッと開けながら、玲奈はぶっきらぼうにいった。修が来るのは、貧血で倒れた日以来のことである。でも、あれからずいぶんと時が流れた気がするけれ ど、十日ほどしかたっていないのだ。 「なんで塾、来なかったんだよ」 「あ、塾のこと?」 思いがけない修の問いかけに、一瞬、間があった。そのとき修は、すっと玲奈の部屋に入りこんだ。最近のぎくしゃくした関係を解消するために、修が来たの ではないかと思ったのだ。 「ちょっと、勝手に入らないでよ」 修は、デーンと玲奈のベッドに腰掛けた。 「玲奈が、塾さぼるのなんて、めずらしいからさ」 以前のような修の言葉だった。 「気にしてたんだ」 「別に」 「気にしてたから、わざわざ来たんでしょ?」 そういいつつ、素直じゃないなと玲奈は思った。真琴なら、どういうんだろう、と。 「なんとなくね、行く気分じゃなかったのよ。それで、香織と一緒に、ショッピングしたり、ドーナツ食べたりしてたの」 「あー、いけねーやつ。校則やぶりして」 「水着、見てたんだ」 「そういえば、玲奈の水着姿、最近、見てねーな」 「なによ、学校で見てるじゃない。男女別の体育でも、プールは一緒なんだから」 「だから、スクール水着じゃないやつ」 「もう、修のスケベ!」 玲奈は、修の頭をぶつまねをした。 「そうだ、玲奈、今度プール行こうぜ」 「あ、そうそう。香織もいってた。わたしと、修と、香織と、あと一樹さそって……」 「おっ、いいね。オレ、一樹にいっとくよ」 「修、いいかげん帰って。こんな遅くにレディーの部屋に失礼よ」 修ともっと長い時間を共有したい。そう思いつつも、下から突然パパやママがやってくるのではないかと、落ち着かなかった。 「はい、はい、わかりました」 そういいながら、修はベランダに出た。そして、ひょいと身軽にまたいで、自分の家のベランダへと移った。 「じゃあな」 玲奈は、そんな修に、軽く手をふった。 空には、星が瞬いている。もうしばらく、修との共有した時の余韻を楽しみたい。そんな気分の夜であった。 3 「真琴、動かないで」 祐一の声で視線をうつした。 窓からさしこむ光で、宙に細かい塵が浮かんでいるのが見える。目の前の祐一は、キャンバスにむかっていた。ちょうど光のあたる位置にいた祐一の姿を、玲 奈は声で確認した。祐一は、光の彼方に沈んで見えた。 「もうちょっとで休憩にするから」 続けて、祐一がいう。 モデルになっているのか……。玲奈は、自分のおかれている状況を悟った。 「さて、休憩にしよう」 一段落したらしい。玲奈は祐一のもとに駆け寄り、絵をのぞきこんだ。 「祐一さんて、絵、上手ね」 「今になって、気づいたんですか?」 祐一は、半ばあきれたような笑みを浮かべ、くしゃっと玲奈の髪をつかんだ。 「さて……」 そういうと、祐一は、丸いテーブルに歩み寄った。 「真琴は、さとうとミルクはたっぷりだったね?」 ひとりごとのようにいうと、手早くインスタントのコーヒーを入れた。油絵の具のにおいの上に、コーヒーの香りが漂った。 「祐一さん、祐一さんが十五歳の時って、どんなだったの?」 「僕が?」 祐一は、ブラックのコーヒーをひと口すすった。 「そうだね、ずいぶん昔のことだね」 祐一は、遠くを見るようなまなざしだった。 「好きな人とか……いた?」 玲奈は上目づかいに祐一を見た。 「好きな人ねぇ……。いたかもしれないね。妬いてるの?」 「えっ?」 唐突な問いかけに、ぽっと頬が赤らんだことに気づいた。玲奈は、あわててコーヒーカップを手にした。 「その人と、仲良しだったの?」 「まさか。まあ、あの年頃はね、好きな子の前だと素直になれないんだ。好きなのに、わざといじわるしたり、つっかかったりするんだな」 修とわたしみたい。ふふふ、と玲奈は笑いをもらした。 「誰か、好きな男の子でもできたの?」 「えっ?」 どきりとした様子を察することなく、祐一は続けていった。 「でも、あんな厳しいお嬢さま学校に行ってたんじゃ、そんなときめきもないか」 「決まってるでしょ? わたしには、祐一さんがいるんだから」 玲奈の言葉に、祐一は微笑んだ。たとえ真琴であっても、こういうだろう。 「さて、絵を続けようかな」 話に区切りがついたところで、祐一は立ち上がった。窓から差しこむ光に、手をかざした時、目の前がくらくらとして、深い底に落ちていく感覚にとらわれ た。 4 一学期の終業式。明日からの夏休みを前に、学校中が浮き足だっていた。受験生であることなどすっかり忘れ去られたかのように、玲奈のクラスも例外ではな かった。 終業式が始まる前のことである。 「たいへん、たいへん!」 クラスの情報屋の奈津実が、息をきらして、教室に駆け込んできた。 「なによ、一体」 どんなささいなことにも、おおげさに反応する奈津実に、玲奈は少し冷ややかな口調でたずねた。 「由美のことなんだけど……。今、職員室で聞いちゃったのよ」 「由美?」 がやがやしていた教室が、一瞬、静まりかえった。奈津実のまわりに、人だかりができた。 「由美がどうしたんだよ」 「由美ってさ、ここ一週間くらい休んでいるじゃない?」 「なんか風邪こじらせちゃったって、いってたよね」 「違うのよ、風邪なんかじゃないの」 「なんなんだよ、じらすなよ」 「じ・つ・は、できちゃったらしいのよ」 「えー、できちゃったって? オデキでもできたのかよ」 いつもはお調子者の一樹が、まじめな顔でたずねる。 「ばかねぇ」 となりにいた香織は、そんな一樹の頭を、ぽかんと軽くたたくまねをする。 「だ・か・ら! こ・ど・も」 奈津実が、ひとことずつ強調するからのように言葉をきっていった。 「げっ! 妊娠したのかよ」 「うそー」 「信じらんない」 みんなが口々にいう。 「それで、相手は家庭教師に来ていた大学生。二十二歳!」 「そこまで、聞いてきたのかよ」 「家庭教師って、勉強教えるために来ているんじゃないのかよ」 「エッチの勉強だったりして」 「由美、どうするのかな。高校……」 「でも、まじめそうな顔してて、由美もやるわね」 「ちょっと間違うと犯罪よね。二十二歳の大学生が、十五歳の中学生を妊娠させちゃうなんて」 クラスメートは、動揺をかくせない様子だった。 妊娠事件のさわぎの中、玲奈は全く別のことを考えていた。祐一のことである。妊娠ということを、祐一と玲奈の身にふりかかったことのような錯覚に陥ってい た。 いつもおだやかに構えてくれている祐一。 修にはできないような、自然と祐一に寄りかかるようなしぐさ。カミナリの日、祐一の胸に抱かれたぬくもり。真琴の日記で知った、祐一とのキス。祐一も、由 美の彼氏のように、十五歳の真琴身体を求めてくるのだろうか。 「いいかげんにしろよ」 そう怒鳴るようにいったのは、玲奈の傍らにいた修だった。教室中のどよめきが、一瞬にして沈黙に変わった。 「なによ、カッコつけちゃって。男子なんか、いつもエッチな話ばっかりしてるくせに!」 自分を非難されたと感じた奈津実は、顔を真っ赤にしてさけんだ。 「そうよ。いつも体育の時、着がえのぞきに来ているし……」 奈津実の言葉をうけて、だれかがさけんだ。 「おまえの着がえなんか、見たくねーよ」 だまりこんだ修のかわりに、他の男の子がいった。 再びクラス中が騒然とした。その時、終業式を始めるアナウンスが入り、この騒動はとりあえず一段落したのだった。 終業式のあと、通知票をもらい、その日は午前中で終わりになった。由美の妊娠事件について、ホームルームでさわぎたてた者もあった。だが『根も葉もないう わさで、人を中傷するな』という担任の一喝で、どよめきは一瞬のうちにおさまってしまった。一方で、明らかに担任の動揺はうかがえた。 「なんかさ、今日の修、カッコよかったよね」 「ほれなおした?」 香織が笑いながら、玲奈の耳元でささやいた。 人は、なにかの事件があると興味をもつ。これは、極めて当たり前のことだ。テレビのワイドショーや週刊誌でもそうだ。どこで調べあげたのか、こと細かに、 経歴やら過去のことが暴かれている。 中学三年の女の子の妊娠。珍しいことだけれど、全く前例がないわけではないはずだ。テレビでも『ヤンママ』とか『幼な妻』などと特集だってくんでいるくら いだから。 ただ身近で起きた事件として、玲奈たちは、明らかに動揺していた。玲奈たちも、中学生ではあるものの妊娠可能な女であり、修たちは妊娠させることのできる 男であった。 修、一樹に少し離れて、玲奈と香織が歩いている。四人は、プールにむかってた。明日からの夏休みを前に、由美の事件がどこかでひっかかるものがあった。だ が、真っ青な空と照り注ぐ太陽の光に、玲奈たちの心もはずんでいた。 「修!」 プールに着いたとき、背後から聞き覚えのある声がした。 「絵里!」 そう叫んだのは、修ではなく、玲奈と香織であった。 「おう!」 「ちょっと、どうしてあんたがここにいるわけ? あ、誰かと約束?」 香織の言葉に、絵里はさわやかな笑顔でこたえた。 「修とね」 「修、どういうことよ」 「いや、プール行くって話したらさ、絵里も来たいっていうし。な、一樹」 香織の言葉にしどろもどろになりながら、修は一樹に同意を求めた。 「そう、大勢の方が楽しいじゃん」 一樹の言葉で、香織はだまりこんだ。 「香織、しょうがないよ」 その場を玲奈がとりなし、五人は入場券を買って中に入った。 プールサイドにでると、玲奈たちはまさに絵里の引き立て役であった。 「おおっ!」 絵里を見て歓声をあげた修たち。 「なによ、あのビキニ。発育途中の中学生がよ、ビキニなんて着る?」 香織が腹立たしげに腕をくんでいう。 「でもさ、あの子、スタイルいいから」 塾をさぼって水着を見に行った日。結局、予算の関係もあり、ふたりとも買わなかった。スクール水着の延長のような、昨年と同じ水着を着ている自分がみすぼ らしく思えた。 そして、同性の玲奈から見ても、透きとおった肌の絵里の水着姿はまぶしかった。 修たちは、すでに水に入っている。玲奈も香織とともに、プールに入った。これから夏の盛りをむかえる太陽の輝きに反し、水は思いのほか冷たかった。 「玲奈!」 修がそう呼ぶと同時に、ビーチボールを投げた。ふわっと宙を舞うようにして、玲奈の前でポチャンと音をたてた。 ビーチボールが手から離れると、修はプールサイドにいた絵里に声をかけた。 「だって、絵里、泳げないんだもん。修、来てぇ」 「……ったく、しょーねーやつだな」 修は、水をかきわけるようにして、プールサイドにあがった。 「ほら、オレがついててやるからさ」 修が手を差し出すと、絵里はうれしそうに立ち上がった。 「泳げないくせにさ、どうしてプールになんか来るわけ?」 「ホントよ、水泳の授業なんかきらいなくせしてね」 修に続いて、一樹も絵里にかかりきりになった。玲奈たちは、二人でビーチボールで遊ぶのもばからしくなり、プールサイドにあがった。 「得な性格だよね、まったく」 「素直っていうのか、ずうずうしいっていうのか……」 「なんのためにこの企画したんだか」 玲奈たちは、同時にため息をついた。 あ~、来るんじゃなかった。 玲奈は、またブルーな気分におされてきた。小学生のように無邪気にはしゃいでいた自分が、ばからしく思えた。 すっかり玲奈たちの身体が乾いたころ、修たちがプールからあがってきた。 火照った身体に、修たちの雫がしたたる。 「なんで泳がねーんだよ」 修は、玲奈のとなりに寝転がった。 「あっちぃ~。……ったく、最近の玲奈は扱いにくいんだから」 「修ぅ~。熱くて、絵里、そんなところに寝られない」 みんなのまねをしようとした絵里がいう。 「だったら、タオルでもしきゃあいいだろ」 ぶっきらぼうにいう修に、 「さっすがぁ、修!」 と、あいかわらずの絵里であった。 「香織、泳いでこよう」 そんな絵里を見ていると、ますますいらだってきた。 チャポンとプールに入ると、身体の内奥は燃えるように熱いのに、肌にはひやっとした水がしみこんだ。 「ねぇ、修。由美、どうするのかな」 絵里の言葉が、頭の上で響いた。忘れていた学校での事件が、ふいによみがえってきた。 「しるかよ」 「私が由美だったら、絶対、産むもん。相手が修だったら」 「あのさ、どうして相手がオレになるんだよ」 「だってぇ……。由美だって、好きな人の赤ちゃんだったらほしいと思うよ。きっと」 「そんなこといってると、ホントに襲っちまうぜ」 修は、笑いながらこたえた。 「修、もてるな、おまえ」 一樹が玲奈の方をちらっと見ながらいい、ザブーンとプールに飛び込んだ。水しぶきに玲奈は飲まれそうになった。 「香織、帰るから!」 頭からずぶぬれになり、顔を手のひらでぬぐいながら玲奈はいった。 いつまでもこんな連中と、キャアキャアやってられない。 プールの中を歩き出したが、水に身体をとられて意に反してなかなか進まない。いらだった玲奈は、腕を伸ばし水にもぐりクロールでプールサイドまで泳いだ。 「ちょ、ちょっと、玲奈ってば」 プールから上がった玲奈を、香織は追いかけてきた。 玲奈たちが着がえおわると、更衣室の前に修が立っていた。 「玲奈、なに、怒ってんだよ」 「別に」 修から顔をそむけ、水着の入ったビニールバッグを力強くかかえた。 「……ったく、かわいくねーやつ」 「だいたいね、修がいけないのよ」 玲奈をフォローするように、香織がいう。 「なんでいつも、オレがわるくなっちゃうんだよ」 「教室では、あんなかっこいいこと、いっときながら、あれじゃ、由美のことをおもしろ半分にうわさしていたクラスメートと同じじゃない」 玲奈はこういいながら、自分が腹をたてている本当の原因はわかっていた。たとえ冗談だとしても、玲奈の前で絵里にあんなこといってほしくなかった。 「……最初から、絵里とふたりでくればよかったじゃない」 「玲奈……」 「はなして」 修がつかんだビニールバッグをひったくるようにして、玲奈はかけ出していた。 |


