放浪の達人ブログ

引き際

   【引き際】

60歳を過ぎた人を見て最近思うのは「二極化」してきてるな、ということである。
ヨボヨボと背を丸め歩いている人がいるかと思えば俺らの世代にも負けない元気な人もいる。
それは多分、楽しめる趣味を持っているかいないかの違いではないかと思うのだ。
会社を定年退職した後、第2の人生を見つけられる人と見つけられない人、この違いは大きい。
趣味のない人は自分が何をしたいのかすら分からずただ毎日を過ごしていくだろうし
趣味のある人は在職当時には休みがなくてなかなか出来なかったことに挑戦していく。

先日、俺は山でかっこいい初老のおじさんと会う機会に恵まれた。
ある日、三重県の御在所岳の中腹で昼飯を食ってのんびりしていた時のことである。
その場所は奇岩が立ち並んでいるものの登山道から外れているので登山者は全くやって来ない。
実際その日もそこで俺が見たのは野生のニホンカモシカ1頭だけだったという程の隠れスポットだ。

さて、のんびりとした昼下がりを過ごした後に一般登山道を下り始めた時のことだ。
1人の初老の男性が大きな岩の前で休憩していた。リュックにはヘルメットが引っ掛けてある。
これは岩登りをしに来たクライマーだな、と思って話しかけて隣りに腰を下ろさせてもらった。
すると「どうです、あなたも1本登ってみませんか?」と言われたので登らせてもらうことにした。
俺は岩登りに関して全くの初心者なので、彼がまず岩を登ってザイルを垂らしてくれるという。
見ていると彼は岩の壁をスパイダーマンのように見事によじ登っていった。
いやあ、すげえなあ。しかも定年を過ぎてから岩登りを始めたということである。

しばらく話をしていたら突然彼はすっくと立ち上がり「もう帰ります」と言った。
なんでも3時55分からの水戸黄門に間に合うように帰らねば、ということなのだ。(笑)
あれよあれよという間に彼は片付けをし、別れの挨拶もそこそこに仙人のように下山して行ってしまった。
シ、渋い!岩登りも我流だというし時代劇を観るために山を駆け下りて帰るとは。

俺が感心したのは年齢と行動のギャップではなく、引き際の素早さということだった。
ギャンブルにしても恋愛にしても引き際が遅れて痛い目に遭うというのが世の常である。
自己の中の利欲とか未練との闘いに引き際良く打ち勝つ人こそスマートなのだと思う。
もう少し、もう少しと粘った挙句に出玉を全て無くしてパチンコ屋を後にしたり、
ずるずると付き合ったがために配偶者に不倫がバレるとはよくあることではないか。

岩登りの男性は「引き際の美学」というものを心得ていたように思えた。
それはまさにダンディであり、山男ならではの無愛想さも併せ持っていた。
だけど実際は由美かおるの入浴シーンを見たいだけのタダのエロオヤジだったりしてな。(笑)

    (2011年5月20日発売 リバ掲載エッセイ)



負われ石登攀



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