放浪の達人ブログ

乞食のタバコ

    【乞食のタバコ】

薄暗い地下要塞のようなカルカッタの駅は無数の人々でごった返していた。
インドに着いて初めての夜、俺は夜行列車で北を目指していた。
先程やっと買えた切符の行き先はインド中央部のブッダガヤ。
最終目的地のネパールへはどこかの国境を陸路で越えようと思っていた。
駅構内では10歳にも満たない少年が人混みを縫ってインドのタバコ「ビディ」を売り歩いていたが
許可なし販売が見つかったのか、警官に追われて警棒で背中を何度も打たれていた。
俺は警官と少年の間に割って入り、駅の片隅へ少年と一緒に小走りで逃げた。
爪が割れたのか少年の手は血で赤く染まっている。その手で額の汗をぬぐうから顔にも血が付く。
そんな哀れな少年が売っていたビディを俺は全部買い取った。といっても総額で200円ほどだ。
もう20数年も前の話だ。それが俺とビディとの出会いだった。
以来そのインドタバコは俺の吸う銘柄となった。

インドでは身分によって吸うタバコも違うようで、ビディはアウトカーストの人々が吸う。
ビディを吸っているだけで忌み嫌われる、そんな感じなのだ。
香港やタイの空港内の喫煙ルームで俺がビディを吸っている時にインド人がいたりすると
「チ、ビディ吸ってやがる」と明らかに見下した目線で睨まれたりするぐらいだ。
安っぽい葉巻のような匂いなのですぐ分かるのである。

10年ほど前、康生町で店をやっていた俺は時々外の空気が吸いたくなって
岡崎城近くの藤棚の下に座って空を見上げながらビディを吸っていた。
「お、ビディかい?」と声を掛けて来たスリランカ人と知り合いになり、
その人の友人達とも仲良くなりスリランカまで遊びに行ってホームステイするほどになった。
ビディを吸っていたお陰で今では岡崎に住んでいる多くのスリランカ人と交友があり、
俺が休みの日に遊ぶのは日本人よりもスリランカ人との方が多い。
(といっても彼らの誰一人としてビディを吸う奴はいねえが)

スリランカにもビディは売っている。インド本土よりは高いが1本2円という超安値だ。
ビディはスリランカでも嫌われていて「ベガーズ・シガー(乞食のタバコ)」と呼ばれている。
20本が一括りとなって糸で縛られて売っているのでポケットに入れておくと折れてしまう。
去年の暮、俺はスリランカに行ってすぐに現地の店でビディを買った。
そしてセントレアで買った日本製タバコの箱にビディを突っ込んで持ち歩いていた。

「ハロー、ジャパニーズ、元気かい?」と声を掛けて来る現地の人達は
別れ際に「タバコ持ってるかい?」とねだってくることが多い。
俺がポケットから日本製タバコの箱を取り出すところまではいいのだが、
その中からビディを取り出すや否や「チ、ビディなら要らねえ!」と苦笑するのであった。
中には人差し指をチッチッと横に振り「ベガーズ・シガーなんて吸っちゃダメだぞ」と忠告する奴もいた。

日本国内では吸っているタバコによってその人の身分を連想することはないが、
ハイライトとかエコーなんかは低価格のために労働者のタバコというイメージだとか、
ショートホープや缶入りピースは独特の位置付けのタバコだとかいう漠然としたものはある。

インドネシアのクレテックタバコはお香のような独特の甘い匂いがする。
インドネシアは現在でもカースト制度があり、それは名字を聞けば瞭然とするのだが、
やはりそこでもカーストによるタバコの位置付けが今でも残っている。
有名銘柄のガラム、ベントールなどはどのカーストの人が吸っていても特に問題はないが、
ミニャッ・ジンゴという銘柄は最下層カーストの人達が吸うタバコのようだ。
俺はそのジンゴが好きで、長期居候していた村でジンゴを買おうとすると
タバコ屋のお婆さんが「あなたはジンゴなんか吸っちゃダメ!」と隠してしまうのだった。

岡崎市康生町の泉屋酒店にはガラムをはじめ珍しいタバコや葉巻がズラリと売っている。
前述のクレテックタバコの初級編として「ジャルムのジャスミンティー味」なんてお薦めだ。
レジ前に売ってる「ジャルム・スーパー」は俺が時々買いに行くので買い占めないようにしてくれ。
あとは「キース」ってタバコのエキゾチック味だったかな?これも俺好きなんだよなあ。
今じゃコンビニでタバコ買う時は銘柄指名じゃなくて19番とか104番とか番号で指名して買うだろ?
泉屋酒店では番号指名じゃ買えないからね。店内は異国情緒たっぷりなので一度入ってみてくれ。


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