放浪の達人ブログ

クライミング

   【クライミング】

知人が三重県の御在所岳にある藤内壁(とうないへき)を登攀するというから、
間近でロッククライミングを見るチャンスということで行って来た。
俺は登攀初日に岩から下りて来た彼らと藤内小屋で合流した。
その夜は小屋で宿泊。藤内小屋は沢の横に建っている静かな山小屋だ。
宿泊客は彼らクライマーとガイドさん、そして俺の計4人。
静かに流れる沢の音に包まれて11時間もぶっ続けで寝た。

翌朝目が覚めると彼らは既にクライミングに出発していた。
朝が苦手な俺は前夜「明日は起こさないでね」と言っておいたのだ。
深い霧の中、沢沿いの岩だらけの河原を歩いて行って彼らと合流。
そこでクライミングの様子をじっくりと見させてもらった。
岩の割れ目に手を突っ込み、わずかな岩の出っ張りに手をかけてよじ登っている。
時々「あ、ダメだ!」と言って岩から落ちる。
落ちるといってもガイドさんがザイルをビレーしているので実際には落ちない。
そしてまた手にチョークをつけてアタックする。
切り立った岩をよじ登っているわけだから恐怖感もあるはずなのだが、
Y氏は時々鼻歌なんぞを歌っている。岩との格闘、いや、自分との格闘を楽しんでいるのだ。
何度も試行錯誤を繰り返し遂に登攀成功した際には見ているだけの俺も感動した。

これはパズルというか攻略ゲームだ。自分の肉体の全てを使ったゲームだ。
そしてもちろん集中力や判断力を兼ね揃えなければ攻略できない。
簡単に登れたら面白くない。自分の限界ギリギリでなければヒリヒリしない。
世間でパズドラだのドラクエだの時間さえ空けばスマホでゲームやってる人達がいるが、
あんな攻略ゲームとは次元が違うゲームなんだなあと感じた。
今やガキからおっさんおばちゃんまでが韓ゲーム(ハンゲーム)の虜だ。
テレビじゃ誰と誰が離婚したとか、くだらないお笑いの垂れ流しばかりで
国民は愚民化政策に乗せられてバカ面下げて暮らしている。俺もその一人だ。

俺は随分と怠け者である。面倒なこと、困難なことから避けるように生きている。
好きなことしかしたくねえ、と格好良いことを言っているがそれは言い訳なんだろう。
やれなかったことに対する言い訳、やれなかった時に後ろ指を指されるのが怖くて
行動することを最初から逃げているに過ぎない臆病者なのだろう。
人間誰もが困難から逃げたいのは当たり前だ。それが普通なのだ。

何で岩なんか登るの?怖いじゃん、疲れるじゃん、筋肉痛になるじゃん、
そう思う人がほとんどだろう。しかも間違えたら落ちて死ぬのだ。
そんな過酷なゲームをなぜやるのか?登れた時の達成感なのだろうか?
ギリギリに我が身を置くことによって生きていることを実証したいのだろうか?
今回一緒になった60代後半の女性クライマーさんに「なぜ?」と尋ねてみると
「私にとってのクライミングとは人生そのもの、即ち困難への挑戦です。
 私は身長が138.5センチ位しか無いんですよ。このハンディを背負って身長のある人と
 同じルートを昇るわけだから常に困難への挑戦です。
 ルート攻略を工夫し、知恵を絞り、体力を尽くして昇れた時の達成感や充実感は
 身長のある人の数倍の価値があると感じています」という答えが返ってきた。
教師を定年退職した後に山に魅せられ、とてつもない訓練と努力を積んで
8200メートルのチョー・オユー登頂成功やエベレスト遠征など数々の山へ出向き、
今尚過酷な岩登りをしている彼女からはいつも勇気をいただいている。

よし、俺も明日から苦手なことを克服するために困難への挑戦をしてみようかな。
まずは早起きして...あ、やめた。ちょっとでも長くギリギリまで寝ていたいもん。(苦笑)
どうやら俺はいつまで経っても面倒くさがりの凡人のようである。


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