放浪の達人ブログ

予行演習



1年前に母が死んでからは85歳になる親父が独りで古い家に住んでいる。
そのため現在はスマホで家族LINEを使って生存認否を毎日している。
朝7時に親父から起床メッセージが届き、子供5人の誰かが返事をする。
内容の薄いトークの日もあれば親父の孤独の愚痴トークの日もある。

先日は「親父が死んだ後の不動産処理」という内容で盛り上がり、
その日の午後に不動産屋が話を聞きにやって来るということになった。
昼の1時過ぎに「今から不動産屋来る」を最後に親父からのメールが途絶えた。
いつもならば「今ポツンと一軒家観とる」とか「晩飯食った。あとは寝るだけ」
そんなたわいのないメッセージが来るのだが既読もされないので
最初は「親父寝てるな」だったのだが夜9時になっても既読されなければ
「おやすみメッセージ」も来ないのでいよいよ心配になってきた。
固定電話は解約してあるので妹達が親父のスマホに電話をしても出ない。
これはおかしい。倒れているかも。或いは不動産屋とトラブルになって
カッとなった不動産屋に後頭部を花瓶で殴られ死んでいるかも知れぬ。

意を決した妹2人が実家の様子を見に行くことになった。
実家は料亭だった建物を祖父母が買い取ったという築100年以上の平屋である。
門から玄関まではうっそうとした木々を抜けて歩くのだが
外灯はひとつもないので真っ暗で不気味な家だ。
妹達が敷地内に入ると家の電気は消えている。
これはいよいよヤバい。倒れている可能性大である。
大阪の姉と岡崎の俺は「首吊ってる」とか「絶対死んでる」と妹達を怖がらせていた。
昼間に遺言や不動産処理の話をしていて先行きを悲観したのだろうか、
自殺も考慮せざるを得ないタイミングだった。

妹2人は玄関の戸を外して中に突入することに戸惑っていた。
さっきまで面白半分だった姉も「警察呼びな」と提案するほどになった。
俺は「親父は第一発見者に全財産を譲渡すると言ってたぞ」と冗談を言い、
妹の夫を呼び出していざ真っ暗な家の中に突入ということになった。
「動画で実況中継よろしく」との要望通り、妹はスマホで玄関を写し出す。
その時「誰だ!」という親父の声。「生きてる!」
親父はスマホのどこかを誤って押してしまい機内モードになってたらしい。
俺達子供はいよいよこの時が来たかと覚悟して居間に横たわる親父を連想していたが
何ともホッとしたというか拍子抜けというか笑いに笑ったのであった。

これは独り暮らしの親を持つ人ならばいずれ体験するかもしれないことである。
今回は実に現実味のある予行演習ができた。
この件で誰が真剣に親父の安否を心配したか、或いは最後まで冗談を言っていたか、
それによって遺産分配率が均等でなくなるのではないかと俺はヒヤヒヤしている。(笑)

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: