日曜はとても穏やかな気分になれる。
仕事は一切休みと決めて、よほどのことがない限り外にも出ないし、人に逢うこともない。まして、人を招くこともない・・・。
ひとり、じっくりとあれこれ考えたり、ジャズを聴いたり。
ひよっとして、ボクは孤独好きの偏屈ジジイなのかも・・・・・
まもなく雨季も終わるせいか、からりと晴れ渡った風景を見ながら、窓辺でベーコンエッグとトマトとパパイアの朝食を終え、バリコーヒーを啜りながら一服。静寂を楽しんでいた時である。
不意にコツコツコツ・・・とドアをノックする音。
途端に不機嫌になり、ドアの方を睨む。
日曜だからアパートのスタッフは休みで部屋の掃除にも来ない。
となれば日曜の朝八時にアポもなくやって来る無粋な奴は何者か・・・。
無視を決め込もうかと一瞬思ったが、そうもいくまい。
ドアまで近寄り、
『どなた?』とインドネシア語で訊くが、
『・・・・・・・・・』
今度は英語で『どなた?』
『・・・・・・・・・』
やはり返事はない。
ドアに覗き窓がなく来訪者を確認できないので、ノックしておきながら返事がないとなれば要注意。
『どなたですか!』
少し語気を強めて繰り返した時である。
『しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん・・・』
呟くような子連れ狼の歌が聞えてきた。
しかも、かつてのテレビドラマのような済んだ子供の声ではなく、すこしかすれた渋い歌声が響いてくる。
そんな奴は、このバリには、あの男しかいない!
そう、源さんである!
すぐさまドアを開けると、にこりともせずに源さんが立っていた。
しかも、その前にはベビーカー。ベビーカーには、藍色の甚平の上だけを来た男の子がいて、唇をキユッと噛み、鋭い目付きでボクを睨みつけていた・・・。
源さんは、まさに久しぶり。
嬉しいが、毎度のことで釘を刺す。
『源さん、来るなら来ると電話の一本ぐらいしろよ』
『・・・・・・・・・』
『いつも言ってるだろう』
『あっしには関わりのねえことでやんす』
ついにボケたか源さん、とは言わず、
『それは木枯らし紋次郎だろうが、子連れ狼なのか紋次郎なのか、どっちだよ?』
つっこみを入れるが、それには答えず源さん、ベビーカーを押して、ずいずいと中へ。
『ところで今日はなに?』
のっけから訊くのも詮ないが、なにしろこの源さんが乱入するや、にわかに慌しくなり、翻弄されるのは必定。
『ずいぶん愛想ないな、久しぶりにおうたというのに・・・』
拙い、即座に話題を変える。
『源さんの子供大きくなったねえ・・・』
『ああ、わいがもうすぐ七十で、この子はじき一歳や』
恐るべきジジイである・・・。
『これ、ちゃんと挨拶せんかい』
促された子供、すかさず、
『はいッ、ちゃん!』
『ちゃん? まさに大五郎の決め台詞』
ちゃちゃを入れた途端、子供が答えた。
『はいッ』
『・・・・・?』
『ふぇふぇふぇふぇ、この子の名前は大五郎じゃよ』
出た! あの源さんの奇妙な高笑い。
なんでも、自分が居なくなった後でも、強く生き抜いて欲しいという願いから、子連れ狼にあやかって大五郎と名づけたという。妙に説得力ある・・・・。
『ところでな、わいなあ、ワラジを履こうと思うんや』
そういえば以前から旅に出ると言っていたが。
『デウイちゃんや大五郎を棄てるの?』
『アホ抜かせ! そんなことするかいな』
いくら大阪にいる女房公認とはいえ、デウイちゃんと籍も入っておらず、ここでほっぽり出しては、あんまりだ。
『どこに行くの?』
『タイに生きたいんじゃが、取り敢えず国内のロンボクやな』
『何しに? どのくらい行くの?』
矢継ぎ早に畳み掛けるや、
『それよ。なあマモさん、マモさんは何のために生きとるんや?』
来た来た、源さんの難問。
『うん・・・・・・・』
しばし唸るだけ。
若い時には、生きる目標、生き甲斐、生きる意味などを探り悪戦苦闘を繰り返してきたが、この歳になると若い時分の考えなど、どれも的を得ていないような気がしてならぬ。
むやみなことを言えば、まだまだ蒼いと源さんにせせら笑われるだけだ。
『人間は何のために生きとるんや・・・?』
それから源さんの、開いた口が塞がらぬ、目が点、想像を絶するような話が鉄砲玉のように繰り広げられた・・・。
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