January 18, 2006
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カテゴリ: 映画
いま評判になっている映画を観てきた。

欠点も多いが、いい映画だ。何十年か後にも心に残る数少ない一本になると思う。

冒頭、ゴムで飛ぶ模型飛行機で、すでに「昭和30年代」に引き込まれる。まるでタイムマシンに乗ったかのように、「そうそう、これで遊んだものだ」と40年以上前にタイムスリップしたかのような錯覚、しかし非常に気持ちのよい錯覚に襲われる。

そして上野駅とその雑踏。東北・北海道の人間にはとりわけ忘れられない場所であり風景。

最初の数分で、涙腺は全開になる。あとは、悲喜こもごもの人情物語に笑い泣き、ノスタルジーに浸るだけ。あっという間の140分。

この映画が記憶に残ると思うのは、演技や演出が過剰だったり劇画調だったりという欠点を補ってあまりある、非常に素晴らしい一シーンがあるからだ。

貧乏作家の茶川が居酒屋のおかみヒロミにプロポーズするシーンである。

ヒロミの指に茶川が見えない指輪をはめるシーン、プロポーズを受諾して見えない指輪を「きれい」と言うヒロミには、昭和30年代の日本人の中にあった最良のものが具現されていると思う。

この映画が未来に何かを放射しているとしたら、ひとえにこのシーンの存在ゆえだろうし、もしこのシーンがなかったら、ありきたりの映画で終わっていただろう。



他人の子どもに対しても、自分の子どもに対してと同じように叱ったりしたものだ。

それに対して、子どもがいい。子どもとはこういうものだったと懐かしさで胸がいっぱいになる。

そして、自分もそのひとりだったことにあらためて気がついて愕然とする。

物質的な豊かさと心の豊かさは逆相関にある、つまりトレードオフの関係にあるという「俗説」がある。この映画でも、母親に捨てられた子を引き取りにくる実業家の描き方にそのことは暗示されている。

それは明らかに間違っている。

しかし、同情心や義侠心は、かなりの程度まで豊かさとトレードオフの関係にあるかもしれないとは思う。

おなかをすかしたことのない人に、おなかをすかして辛い思いをしている人の気持ちはわからないからだ。

日本人がごう慢さから最も遠かった時代。電話さえまだ普及せず不便で、新興宗教の流行や男尊女卑といったうっとうしいことも多かった昭和30年代。

しかし、昭和30年代には、この映画に出てくるような健気さを持った人が、おとなにも子どもにもたくさんいた。

それを懐かしみ、それが喪われたことを嘆いて何が悪い?





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最終更新日  January 21, 2006 09:11:11 AM
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