January 14, 2012
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カテゴリ: クラシック音楽
札幌の若手フルート奏者の(たぶん)初リサイタル。

若手といっても30代はじめといったところだろうか。以前から、札幌の若手フルート奏者では立花雅和とこの人が双璧ではないかと、演奏も聞かずに勝手に思っていたが、その予想は当たっていたようだ。二人とも、プロ・オーケストラで活躍できる実力を持っているだけでなく、のびのびとした演奏はオーケストラに長く在籍した演奏家からはめったに聴けない種類のもの。とんだ拾いものをしたコンサートだった。

プログラムからしてすごい。バートンのソナチネ、タクタキシヴィリのソナタ、マルティヌーの第一ソナタという本格的な曲目に、シューマンの「3つのロマンス」とゴーベールの「ロマンス」という繊細でロマンティックな作品をはさみ、さらに難曲として知られるマルタンの「バラード」を配した構成。ミスらしいミスのない演奏なだけでもたいしたものだが、流麗でもどこか端正さを感じさせる清潔な演奏が続いたのに驚いた。

少し年長の立花雅和がフランス風の洒脱さや開放的な音楽作りをするのに比べると、この人の演奏はややおとなしく生真面目。といっても堅苦しくなることはなく、知的に統制が行き届いていて吹き飛ばすようなフレーズがひとつもない。

こういう人が音楽以外の仕事で生計を立てているとしたら、とんだ音楽後進地ということだろうが、少し早く生まれたせいでポジションを得ることができただけのプロ音楽家たちは穴でも掘って冬眠することだ。

澄んだ美しい音、のびやかでていねいな音楽作りは、元札響首席フルート奏者の細川順三を思わせるところがあった。

ほとんど非の打ち所のない演奏が続いたが、一曲だけ、マルタンの「バラード」は、彼の素直な音楽性が裏目に出ているような気がした。第二次世界大戦前夜に作られたこの曲は、不安と緊張、恐怖と切迫が全曲を支配しているが、ピアノも含めてこの日の演奏はシリアスさが不足していたように思う。もしかしたらこれは世代的なもので、「高度成長以後」の音楽家には求めようのない感覚なのかもしれない。

長い間音楽を聴いてきて思うのは、30代までの音楽家の演奏が印象に残っていることだ。10年、20年と同じことを続けていると、それなりの円熟はするにしても新鮮さを失うことも多い。これは別に音楽家、それも演奏家に限らない。作曲家も30代までの作品にいいものが多いし、映画や演劇作品でもそうだ。さらにいえば、一般人も、30代までは感性が開いていると感じる人が多い。

これは、30代くらいまでは、どんな人でも世の中が新鮮に見えるということだろう。40代にもなると、人生で経験する一通りのことは経験してしまうもので、未知の体験や発見に心躍るということが急速に少なくなる。



ピアノは小杉恵という人。はじめて聴いたが、いいバランスと流れるようなテクニックで木製のフルートの柔らかい響きを支えていた(キタラ小ホール)。





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最終更新日  February 8, 2012 03:30:02 PM
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