BerryCafe

March 5, 2006
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カテゴリ: 最近考えること
先日ネットの記事で、イチローがWBCの試合に備えて何とドームのフェンスにどすんどすんと体当たりをして、場外ボールのダイビングキャッチを練習している風景が紹介されていました。

普通、練習といえば、基本の練習と思いきや、イチローは確率でいうとほんのわずかな場面を想定して、それに対応する練習をしていたのです。これには驚きました。

彼ほどの実力と実績を持てば、余裕で笑いながらフォームの確認とか、調整をするくらいか、と思っていたら、一試合であるかないかの確率を想定してしかも何度も現場で確認しているのです。何と用意周到なこと。

イチローは並外れた力と技、そして判断力を持っています。しかし、それにおごることなくはたから見たら求道者のようにどこまでも完成形を求めていくような気がしていました。完璧なバッティング、自分の限界にあくまでも挑むチャレンジャー、そこには人を寄せ付けない厳しさを感じていました。

しかし、この万が一の場面の想定練習という記事を見て、彼はある意味とても用意周到な人なのだ、と思ったのです。私たちは良く、「人事を尽くして天命を待つ」という状態を努力の最大値、あるいは目標ととらえます。しかし彼にとって、人事を尽くすというのは目標ではなく、当たり前のことなのかもしれないのです。用意周到にすべての場面を想定して着実にこなしていく、というのは実は世の中で一番大変なことかもしれません。それを難なくこなすから、彼はすごいのかもしれませんが、直感だけにおぼれない、というところが彼の一番すごいところかもしれません。

私は今まで直観力とかインスピレーションを大事にしようと思っていました。確かにそれは左脳系だけの考え方よりも、物事の根本に迫る確率は高いのです。しかし、それだけに頼っていると、何でも直感で乗り切ろう、というおごりが出てくるような気がします。直感は自分の無意識から出てくる魔法の力と勘違いすると、自分の中に密かな自信が芽生えます。しかし、その自信が実は曲者です。自信にこだわると、自己を肯定する状態から自画自賛状態になるからです。

自分を肯定するということは「ありのままの自分、今の自分」を認めるということです。今自分がどれほどの実力があって、何が足りないかも知ることです。しかし、それを認識することと、自分を過小評価すること、あるいは自分はこんな程度の人間だと気落ちする事は別問題です。今の自分の力を認める、足りないところも認める、そしてそれをOKとする。しかしその足りないところは素直に認めて補おうとする・・それがイチロー選手の「どすん」という練習に相当します。

この姿勢は、簡単に努力という言葉では置き換えたくない気がします。あるがままを認める、足りないところは淡々と補う、そこにはもっと自然の流れを感じます。努力、自信、という言葉には、なにか高い目標に向かって揚々と向かう自分へのこだわりを感じます。自分にこだわらないから、どこまでも用意周到にできるのではないか、と思います。






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最終更新日  March 6, 2006 09:41:06 AM
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