「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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「ふみ待つひと」(一)
「ふみ待つひと」
(一)
きれいなひとだった。男ものと思われるベージュのコートを着ていた。長い髪が風にそよぐたび、くたびれた襟が目についたが、そのみすぼらしさに彼女の容色がそこなわれることはなかった。
そのひとは橋の欄干に身をもたせかけ、川の流れを見つめていた。曇り空の下、水は隙間なく灰色に被われていた。それを映す彼女の瞳も、異人のような鈍色をおびていた。
不意におりてきた瞼がその瞳をかくした。かたく眼をつむった横顔に、痛みをこらえるような表情が浮かんだ。僕は彼女が泣きだすんじゃないかと思った。足を停め、しばらく様子を見ていたかったが、背中を押す人の波がそれをゆるしてくれなかった。
橋を渡って路面電車の乗降場に着いた。振りかえると、彼女はもとどおり川面に視線を注ぎつづけていた。電車はすぐに来て、僕はうしろ髪ひかれる思いでその車両に乗りこんだ。
* * *
「いや、びっくりしたよ、まさか広瀬がこの街に来るなんて。おまえとこうして会うのも三年ぶりだな。しかしまた、何のきまぐれを起こしたんだ」突き出しの小芋をほおばりながら矢口は僕に訊ねた。
「アルバムをひらいたら、無性に学生時代が恋しくなってね。いても立ってもいられなくなった」
「本当か、それだけじゃないだろう」グイと大ジョッキをあおってから、彼は僕の鉢にも箸をのばした。「たとえば彼女と別れて、やけのやんぱちになったとか。おまえの性格ならありうることだ」
「そこまで女々しい真似はしない。もともと別れるような女がいないし」
「じゃあ、なぜだ」
「今の仕事に、いや仕事だけじゃなく、今の暮らしぜんぶに興味を持てなくなった」
「ふうん」怪訝そうに首をひねると、ジョッキ半分ほどのビールを矢口はひと息に飲みほした。そこへタイミングよく、若い店員が通りかかった。
「おれ大ジョッキおかわり。おまえは?」
「外で冷えたから、熱いのがいい」
「じゃ、おれもビールとりけし。熱燗を二本くれ」
店員がテーブルを離れた。矢口が話をもどした。
「ひょっとして、会社をやめたのか」
「やめちゃいないよ。すこし長い休みをもらったんだ」
「どのくらい」
「一週間だ」
「一週間も休みをくれるなんて、いい職場じゃないか。不平不満を言ったらバチがあたるぞ」
「べつに不満はない。そう、何もないから興味が失せたんだ。おれはこの街に本来の自分を置き去りにしてきた、前々からそう感じていた。それをいくらかでも取りもどせるかと、きょう大学のキャンパスをたずねてみた。たしかに目に映る風景はあの頃のままだ。なのにどうしても、過去のおれ自身をしのぶものが見いだせない」
「男同士だ。手酌でいこう」と矢口が言った。各々の猪口に僕らは酒を注いだ。レンジで温めたのか、たちのぼる香りがすこしきつい。
「広瀬、あいかわらずアマチャンだなあ」ひと口飲んだあと、彼は眉をひそめて舌打ちした。「おれなんかどうすんだよ。生まれも育ちもこの郷で、嫁さんだって中学時代の同級生。でも、今の暮らしに興味がもてないなんて愚痴ってられない。家族の生活がかかっていれば、いやでもそれに専心せざるをえないんだ。おまえはやっぱりアマチャンだ。それにとんでもなくぜいたくなガキだ」
予期した通りの反応だ。僕は片肘をついて額に手をあてた。伏せた目線をテーブルに据えたまま何も言いかえせない。しばらく会話が途切れた。やがて不自然な間に耐えかねたように、矢口が口をひらいた。
「おいおい、深刻になるな。おれも言いすぎた。そうだ、今夜はどこに泊まるんだ」
「西町のビジネスホテルをとってある」
「もったいないな、おれの家にとまればいいのに。いや、女房のことなら気にしなくていいぞ。あいつ、赤ん坊にかかりきりで亭主のことなんてほったらかし、おれだけ離れ座敷に住んでるみたいだ」
「小さな子がいるなら、なおさら迷惑じゃないか」
「ばか言え。会社の連中なんか酒持参で泊まりにくるんだ。ましてや旧友のおまえが遠慮することはない。それこそ学生時代にもどって飲み明かそうや」
「そうだな。こちらにいる間にぜひ寄らせてもらうよ」
* * *
「そこまで女々しい真似はしない」――僕は嘘をついた。
一年まえ別れた女が、まもなく結婚する。相手は、僕と同期入社の営業マンだ。最初にその噂を聞いたとき、なにかの間違いだと声に出しそうになった。
別れても僕は彼女を待っていた。きっとまた、自分の許へもどってくれると信じていた。
僕らはふたりの仲をだれにも明かさなかった。あのここちよい秘密の揺りかごを、彼女も恋慕っているにちがいない。廊下で、オフィスルームで、かすかにふれ合う視線から勝手に相手の未練を推しはかってきた。
だがそれも、何ひとつ根拠のない自惚れにすぎなかった。彼らの婚約が公表されてから、僕は日毎みじめな存在に追いやられた。「おめでとう」と、彼女や、その相手にかけられる祝福の言葉を聞くたび胸に動悸がはしり、手足の筋がひきつった。その痛みがたまらなくて、僕はゴキブリみたいにふたりの周りから逃げまわった。
式が終わってしばらく経つまでの辛抱だ。だれも話題にしなくなれば、事実をあるがまま受け入れられるだろう、とみずからに言い聞かせてきた。けれど、ついにそれすらも甘い考えと思い知らされるときが来た。
一昨夜のこと、ひさしぶりに同期の飲み会があった。今夜あつまるのは男ばかり、と聞かされていた。
最初のボトルが底をつき艶話も繁くなったころ、店の扉がひらき、おずおずと若い女性が入ってきた。彼女だった。みんなは歓声をあげ、僕の元恋人を婚約者のとなりに導いた。「おめでとう」「おめでとう」まるでツグミの群れのように、彼らはもっとも僕を不快にさせる言葉を繰りかえした。
一時間もすると完全に酔っ払いの群れができあがった。僕はといえば、適当に彼らの相手をしつつ、そっと店を出る機会をうかがっていた。
となりに座っていたヤツがトイレに立った。それにつられた振りをして自分も席を外しかけた。すると、ボックスの奥でひときわ高い嬌声があがった。見返った僕の眼に飛び込んできたのは、ぎゅっと婚約者に肩を抱かれた元恋人の姿だった。
「キッス、キッス」というかけ声がひろがった。身をかためてこばむ素振りを見せても、淫靡なバラ色にほてる頬が彼女の興奮をものがたっていた。男が腕に力をこめると、彼女は不自然なほどの勢いで相手のふところに身をゆだねた。
長い口づけが終わった。凍りついたように立つ僕を、彼女はするどく細めた目でながし見た。彼女はあきらかに酔っていた。酒と、口づけと、かっての恋人に対する勝利に。かろうじて保たれていた僕の矜持は、これでいっきに消し飛んだ。
部屋に帰って必要最小限の荷物をまとめ、空が白みはじめるころ駅へと向かった。そして、この街に向かう始発の特急に乗りこんだ。むろん会社も無断欠勤……。
そうとも、僕は女に負けたんだ。自分で自分に腹が立つ、なんて女々しく情けない男だろうと。けれど今は手のほどこしようがないほど、心は負け犬の卑屈さにむしばまれている。
* * *
この街は、伸び悩む地方都市の典型と言っていい。高いビルが建ち並ぶのは駅前の通り沿いのみ、あとは、戦災をまぬがれた古い屋並が市街の奥行きを占めている。かって西国の主要な城下町として栄えたが、古くからの焼きもののほか見るべき産業も持たず、いつまでも「大いなる田舎」の蔑称に甘んじている。
けれど僕は、この街の時に遅れた雰囲気を好んでいた。とりわけ城址周辺の、白い漆喰壁の旧家や、リズミカルな影を描く細格子の列に、こよなき親しみをいだいていた。
もういちどそんな景色に会いたくて、けさも路面電車の乗降場へと向かった。
例の橋のたもとまで来た。またあのひとが川を眺めている。僕は親柱の陰に身を寄せ、人波をやりすごした。
空は昨日とうってかわって晴れわたり、水面にはゆらめく光の鎖が、幾条も川端の柳の影を溶かして連なっていた。それを見つめるあのひとの瞳も、どこかしら淡い栗色に潤みかがやいていた。
すっと上がった右手が肩にかかる髪を掻きあげた。うすく形のよい耳殻があらわになった。それだけで見てはいけないものを見たような、罪の意識にゆさぶられた。さらに彼女の右手は、胸のあたりまでさがってコートの裏にすべりこみ、かくしから白い封筒をとりだした。彼女はその中に入っていた便箋をひらき、何かに憑かれたような目付きで文面をたどりはじめた。
便箋は三枚だった。ひととおり読み終えるとまた一枚目にもどり、あたまから読みかえしているらしかった。目をこらせば、紙の折り目がところどころ裂けているのが判った。近づいて、それを盗み視たい衝動にかられた。
だが一歩踏み出す直前に「クスクス」という笑い声が耳にとまった。振りむいた僕の数歩うしろに今風の女子高生が三人立っていた。彼女等はあきらかに自分のことを笑っていた。かあっと顔を火照らせた僕に、真ん中の娘が声をかけてきた。「夢中にならないほうがいいよ。あのひと、頭おかしいんだから」
とたんに遠慮ない哄笑がはじけた。僕はいたたまれなくなって、その場を逃げだした。
その後、一時間ほど商店街をうろついてから、ふたたび橋のたもとにもどってみた。通勤の人波はおさまり、橋は陽のぬくもりにふくらむ空気を通わせていたが、すでにあのひとの姿はなかった。なにげなく親柱の銘板をたしかめると、ブロンズの浮彫りで「久遠橋」の名がしるされていた。
(二)へ続く
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