京都府紹介/奈良県紹介 京都の舞妓はん

京都府紹介/奈良県紹介 京都の舞妓はん

大正時代


● 大正二年の孫文来日の際に、前述の「松海山荘」が改築され、
  「移情閣」という名の八角形、三層の別荘に建てかえられました。
  このどこから見ても六角形に見える建物は「舞子六角堂」と呼ばれ
  舞子を代表する建物として地元の人に親しまれてきました。明石
  大橋建設のため解体されていましたが、現在端のたもとに復元工
  事中です。
● 大一次世界大戦の特需で景気がよくなり、舞子にも日下部邸(現
  舞子ホテル)や牛尾邸といった豪邸が建てられ、舞子ヶ浜の高級
  料亭「亀屋」や「萬亀楼」「左海屋」等では毎晩のように贅沢な宴会
  が行われました。
● 大正6年、兵庫電気軌道(現山陽電鉄)が須磨から明石まで開通
  し垂水にも初めて電車が走りました。当時は五色山,歌敷山、舞子
  、山田という停留所がありましたが、昭和40年に五色山と歌敷山
  は霞ヶ丘駅に統合され、山田停留所は西舞子駅と改名されました。
● 1920年、日本で三番目のゴルフ場として舞子カントリークラブがオ
  ープンしました。
● 大正12年、兵庫電気軌道に電力を送るため塩屋に発電所が建設
  され、これにより垂水の町にも電気が入り,初めて電灯が灯りました。


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: