第6話(完結)




「あの日の夕焼け」 第6話(完)





 「おかしいわねぇ…お兄ちゃん、もう出張から帰ってきてるはずなのに…」

なんとなくいやな予感がし

「まさか、お兄ちゃん!」と言うと彼女は少し前、落ちこんでいる兄を案じて作っておいた合鍵でドアを開け、急いで中へと入った。

 理沙子は室内に入るなり、部屋中に充満しているガスの臭いに気がつき急いでガスの元栓を締めた。

そして、室内の窓を全て開け放ち、彰人の傍へ駆け寄った。

 理沙子は彰人を揺り動かしながら「お兄ちゃん!しっかりしてよ、お兄ちゃん!」と大声で呼びかけた。だが彼はまったく目を覚ます様子はない。彼女は昭人をベランダへと引きずり出した。

 「お兄ちゃん、お願い!目を開けて!」

 理沙子の瞳から涙が溢れる。すると、昭人がゆっくりと目を開いた。

 「もう俺のことはいいから、放っておいてくれ…楽になりたいんだ…」

 「なんてこと言うの!」と彰人の頬を思いきり平手打ちする理沙子。

 「お兄ちゃんを救ってくれたのは、ゆきさんなのよ!あのとき、車の上に鉄骨が落ちてきたとき、ゆきさんがお兄ちゃんを守ってくれたんだから!めちゃくちゃになった車の中で、ゆきさんはお兄ちゃんをかばう形で亡くなってたんですって」

 「ゆきが…俺をかばって…」

 「そうよ。それをお兄ちゃんは、楽になりたいから死ぬだなんて、何勝手なこと言ってるのよ!ゆきさんからもらった命、無駄にするなんて私絶対に許さないから!!」

そのまま理沙子は顔を手で覆って号泣した。昭人の瞳からも涙が溢れ、彼もまた声をあげて泣いた。

 その夜11時頃のこと。

先ほどまで降り続いていた雨が雪に変わり、窓の外を白銀に染め始めていた。

 彰人は窓辺に歩み寄り

「雪か…」そうぽつりと呟く。そして、雪の降り注ぐテラスにたたずむ女性の後姿に気がつき

「ゆき!?」と思わずテラスへと駆け出した。

 ゆきは彼が彼女の誕生日にプレゼントしたすみれ色のワンピースを着て、雪の中1人たたずんでいるのだった。

 彼はゆきの傍に急いで駆け寄り

「ゆき!ゆきなんだろ!?」と言葉を投げかけた。

 そして、彼の呼びかけにゆきが振り返る。彼女は以前と少しも変わらぬ湖面のように澄んだ瞳で彼を見つめてこう言った。

 「離れていても、ずっとあなたを見守っているから…」

 雪を含んだ冷たい風が、彼女の長い髪を、彼の前髪をサラサラと揺らして通り過ぎて行く。

 「セーター着てくれてるのね」

笑顔で言う彼女。

 「ありがとう。これで今年の冬は風邪ひかずにすみそうだ」と微笑し、言いたかった言葉をやっと言うことができ、少し心が温かくなるのを感じた。

ゆきは「よかった。気に入ってもらえて」と幸せそうに微笑し、

「みんな元気そうで安心した」と付け加えた。

それから、彼女の表情が少し寂しげに変わり

「そろそろ行かなくっちゃ」と彼を見上げた。

 昭人は彼女をしっかりと抱きしめて

「ごめんな。1人にして」と涙声で言った。

 「そんな悲しそうな顔しないで。あなたは何も悪くないんだから。だからお願い、悲しまないで。私は時間も何もかも超えて、あなたを見守っているから」

 「ゆき…」

 「だから、あなたは私の分まで長生きして幸せになって…」

 ゆきの身体が、彰人の腕の中からフワリと浮かび上がり、空へ向かってゆっくりと昇って行く。

最後に彼女は、左手の薬指の指輪を見せて

「指輪ありがとう。すごく嬉しかった」

そう言い残し、彼女は消えた。

 あれから5年後。彼は今日も元気よく勤務先のオフィスを後にした。夕暮れの空が街を包み込んでいる。

 「日高先輩、課長就任おめでとうございます」

彼の後を追って駆けてきた後輩が、まるで自分のことのように嬉しそうに言う。

 「ありがとう」と彼はすがすがしくほほ笑んで

「あ、昨日届いてたよ。結婚式の招待状。おめでとう」と続けた。

 「ありがとうございます」と少し照れ笑いして

「いやぁ、俺ももう結構な歳ですからねぇ」と後ろ頭をクシャクシャと掻いて見せた。

 「おいおい、それじゃ俺なんかどうなるんだよ」

 「いやぁ、そんな意味じゃ」

何だかおかしくなって、2人で笑い合った。

 「そろそろ先輩もどうですか?」

 「俺はいいんだ。今だって充分幸せだから」と微笑して

「それじゃ、お疲れ」と軽く手を振って、その場から歩き出す。後輩とは自宅のある場所がまったく逆なのである。

 「お疲れ様」

後輩の明るい声が昭人の背中に飛んでくる。こんな当たり前の夕暮れも、彼にとっては充分幸せだった。

 仕事からの帰り道、見事にオレンジ色に染まった美しい空を見ながら彼は歩く。全てをオレンジ色に包み込む優しい夕焼け空。

-今想い返してみると、あのとき飛行機事故に合わなかったのも、ガス自殺をはかって死ななかったのも、全て彼女が僕を守っていてくれたからなのだと想った。僕が生きて幸せになることで、君の願いが果たされるなら、僕は生きて行こう。たとえそこに、どんな苦しみが待ち受けていたとしても。そして君は生き続ける。僕の心の中で。

 ふと空を見上げて想う。-君の好きだったこの町の夕焼けは、あのころと同じ。

今日もとってもきれいだよ。

 ~Fin~







上の美しい夕焼けの写真は、素材・雨の木様よりお借りいたしております。素材・雨の木様どうもありがとうございました。







© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: