ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

「不思議な町」~The Mysterious Town~



僕が目を覚ましたとき、僕の体は駅のホームのベンチに、まるで誰もが置き去りにしていく不要物のように横たわっていた。

まぁ、確かに僕は周りから見ればやっかい者だろう。

ぼんやりと、僕は体を横にしたまま周りを見渡してみる。

見たこともない寂れた、そして錆びれたホームだった。

ホームの中心には太い木があった。

その木の柱は、長年の雨風によって黒く変色していた。

僕の頭上を覆う天井もやはり木でできていて、変色していた。

掲示板であろう緑色のボードには白黒の大小様々なポスターが数枚貼ってあった。

いくつかのポスターは画鋲がとれ、垂れ下がっている状態で、もはや掲示板としての機能は遠い昔にボード自身が捨ててしまったようだった。

僕は体を起こし、黄色のラインまで歩き、プラットホームから線路を覗き込んだ。

もはや線路と呼べる代物ではなかった。

線路と言う形状を、意義を忘れ、ただそこに存在するだけの「道」になってしまっていた。

これでは当然電車など走れない。

もってのほかだろう。

僕はふと、今更のようだがここの駅名の看板を見ていないことに気づいた。

どんな駅にだって自己を主張する看板は置いてある。

本当に、どんな駅にだって。

しかし、いくら僕が見回しても、看板は無かった。

看板がそこに設置してあっただろう痕跡は見つけたが、看板は無かった。

僕は井戸より深いため息をつくと、仕方なく先程横になっていたベンチに座った。

そして僕の立場について考えた。

僕はただの大学生だ。

そこら一般のただの大学生だ。

家族構成は、両親と僕と妹と犬。

両親は二人そろって未だに元気だし、口うるさい妹も勉強は出来るようで有名私立高校に通っている。

犬は僕が小学校に入学した頃に親がどこからか連れてきた。

なのでいい加減死んでもおかしくないような年だが、毎日彼の生体機能は彼を生かすべく欠かさずに動いているようだ。

僕には友達が数人いる。

そういえば、今日はその友達と「Half Moon」というバーで飲んだのだった。

スコッチやらビールやらワインやらいろんな酒を飲み、東京タワーが宇宙に向かって飛び立つくらい気分が良くなったところで友達と別れ、原宿駅から山手線に乗った。

そこまではハッキリと覚えている。

僕は酒を飲んでもそこまで酔わない。

だからそこまでの僕の記憶は確実なのだ。

そしてそこから僕の記憶がなくなったのも確実なのだ。

僕は今見知らぬ駅にただ一人居る。

この場所から駅を見渡した限り、この駅は木でできている。

要するに木造の駅だ。

こんな駅、山手線には無い。

僕はもう一度周りを見渡した後、ベンチから立ち上がり、改札口に向かった。

改札口は自動改札口ではなく、駅員がはさみなる物で切符に穴を空ける、その行動のためのボックスが置いてあった。

もちろん駅員など居ない。

僕だって、こんな駅でsuicaを使おうとは思っていない。

僕はそこを無視し、改札口を通り、駅の入口に出た。

今は、夜だ。

多分深い夜の時刻だろう。

夏を惜しむような秋風が僕に冷たく当たっていく。

そして、僕を通った風は、駅の周り一面に広がる草原の中へ滑り込んでいった。

それに連れて、後を追うように草が揺れた。

果てしない草原の中に駅がポツンと存在する状態。

どうしようもない虚無感に襲われた大学生の僕。

明りはこの駅にしかついていなかった。

それも、ホームと入口にだけ。

僕は電線を探してみたが、何処にも電線は無かった。

自家発電なのだろうか。

駅の外観は古い木造校舎の様だった。

入口の真上には大きな時計があった。

寒さから身を守るため、上腕二等筋を両手で押さえたまま僕は明りのついていない時計をにらんだ。

しかし、いくらにらみつけても、時計は時刻を表示してくれなかった。

遠くから車の走る音が聞こえる。

僕はすぐに音のする方向を向いた。

小さな光が瞬く間に大きくなって、こちらに向かってくる。

闇夜に慣れてしまった僕の目に光は勢いよく刺し込んでくる。

目を細め、それをよく見るとタクシーだった。

車体は黄色で、頭上に光る宣伝広告をのせたタクシー。

目を細め、僕は必死になってその姿を確認した。

クモの糸に地獄に落ちた罪人が必死になってぶら下がったのがよくわかった。

そして、次の瞬間タクシーは僕の目の前で止まっていた。

僕がタクシーに向かって一歩踏み出すと後部座席のドアは勢いよく開いた。

そして運転席の窓が下がり、運転手が顔を乗り出してきた。

「お客さんか。それとも別のものか。そんなことなんだって良い。別物だってかまわない。そう、俺には何だっていいんだ。とりあえずお前は選択しろ。今すぐこの俺のタクシーに乗るか、それとも乗らないで3日後にこの場で仏様になるかだ。冬は寒くて辛い。そして春は暖かいんだ。だから俺はこんな冬からは一刻も早く逃げてしまいたい気持ちにかられているんだ。お前になんか選ばせている時間なんか無い。選ばせてなんかやら無いね。どうしようもない。どうしようもないらしい。さぁ、お前は一体このタクシーをどうするんだ。」

大声で彼はそう言った。

僕は、いきなりの質問に一瞬止まってしまった。

その僕の戸惑いのせいで後部座席はじらされた子供のように開いたり閉じたりをまたもや勢いよく繰り返した。

「そうか。乗らないのか。乗らないと俺のタクシーには乗れない。もちろん後部座席にだって座らせてやらない。食べ物も、飲み物も、この町の地図でさえお前には教えてやらない。」

そう大声で言い終えると、顔を引っ込むと同時に窓をピシャリと閉め、どこかに向かって猛スピードで走り去っていった。

僕はしばらくタクシーが走り去った後を眺めていた。

町。

彼は確かに町と言った。

ここには町があるのだ。

しかし、そんな僕の希望も全てを飲み込むであろう果てしない草原を見ると、瞬く間に消えてしまった。

そのたびに僕は深く落ち込んだ。

そして次の瞬間にはやはりタクシーが止まっていた。

「お客さんか。それとも別のものか。そんなことなんだって良い。別物だってかまわない。そう、俺には何だっていいんだ。とりあえずお前は選択しろ。今すぐこの俺のタクシーに乗るか、それとも乗らないで3日後にこの場で仏様になるかだ。冬は寒くて辛い。そして春は暖かいんだ。だから俺はこんな冬からは一刻も早く逃げてしまいたい気持ちにかられているんだ。お前になんか選ばせている時間なんか無い。選ばせてなんかやら無いね。どうしようもない。どうしようもないらしい。さぁ、お前は一体このタクシーをどうするんだ。」

運転手は窓が開けきらないうちに顔をドアから乗り出し、さきほどより早口で大声で僕に怒鳴った。

「乗るよ。」

と、僕は言った。

「そうだ。それしかない。君は賢明な判断を今したんだ。賢明で堅実な実に素晴らしい君の判断だった。」

そういい終えると、やはり窓をピシャリと閉め、もの凄いスピードで急発進し、空を駆け上って行った。

空には星が浮かんでいた。

宇宙の9割以上がダークマターだなんてこれを見たら誰も信じられないだろう。

一面に広がる星を一瞬にして通り過ぎ、タクシーは恐ろしいうなりをあげている彗星へ突っ込んだ。

「この彗星は宇宙のハイエナだ。時には星々を食いつぶしていくんだ。そう、怖い怖い彗星なんだ。誰もこの星には近よらねえのさ」

激しくタクシーが地面に突き刺さると地面はパッカリと割れた。

その振動で遠くで雪山が崩れていた。

運転手は数十個もついた鍵束を耳から取り出し、ボックスにあったコショウをまぶした。

数十個あった鍵たちはみるみる間に結合しあい、一つの大きな鍵になった。

「コーラの実とねじれたわしばな!」

運転手がそう叫ぶと、後ろのトランクが悲鳴のような音を立てて開き、鍵穴が天井を突き破って入ってきた。

僕は後部座席に張り付いていた。

先程の大きな鍵をその鍵穴に差し込むと、地面の中から光が漏れ出した。

暖かくて、やわらかくて、僕の心をすべて洗浄してくれるような光だった。

タクシーはその光の中へさらに突き進む。

長い光の空間がしばらく続いた。

僕はなんだか夢を見ているような気分になっていた。

しかし、その時も運転手は真剣に運転を続けていた。

突然燃えるような熱さに襲われた。

服は一瞬にして燃え上がり、僕は丸裸になった。

運転手の服は何故か燃えていなかった。

熱かったのはその一瞬だけで、僕は再び夢に落ちていった。

すべてがどうでもよくなってきた。

服が燃えようと、タクシーが猛スピードで空を飛ぼうと、雪山が崩れようと、そんなことは運転手が言うようにどうでもいいことなのだ。

そして、光の中に一点の暗闇が現れた。

「着いたぜ。町だ。」

汗をぐっしょりとかいている運転手が僕の顔を覗き込んでそう言った。

よくみると運転手には鼻と唇が無かった。

僕がタクシーの窓から外を見渡すと、そこは見たこともないような素晴らしい町だった。

そして、僕はいつの間にか長いコートを羽織っていた。

「料金はいくらだい」

愚問のようだった。

「料金?なんだいそれは。それは一体何の意味があるものなんだい。」

運転手にはどうでもいいようなことだったのだ。

それを彼に今言っても仕方が無い。

僕は料金を払うのを諦めた。

思い返せば、服が燃えてしまったのだから払えるわけが無かったのだ。

地面に降り立つと、後部座席のドアが勢いよく開いた。

「俺の役目はここまでだ。ここまでと俺の役目は決まってるんだ。この後も前も俺には手出しをすることができねぇ。」

そう言い終えると、僕は吐き出されるようにタクシーから降ろされた。

そしてタクシーは猛スピードで空に向かって飛んで行った。

僕は再び一人になってしまった。

周りを見渡すと、古い木造の家々が並んでいた。

ただの木造の家ではなく、各家が8階建てくらいの高さだった。

やはりこの町も夜で、通りには僕一人しかいなかった。

街頭がひどく間を開けて静かに真下を照らしていた。

僕はコートを引き締め、何かが起こるのを待った。

タクシーのように、ここは誰かが僕を導いてくれるのだろう、と思っていた。

それは間違いではなかった。

小太りの男が僕のほうに向かって歩いてくる。

僕の目の前で彼は立ち止まった。

「やあ。」

と、彼は言った。

「やあ。」

と僕は言った。

彼の額には時計が埋め込まれていた。






このボタンを押すと小説一覧に飛びます



© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: