2005年06月18日
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テーマ: 戦争反対(1250)
カテゴリ: 世界と政治

<まともな認識>

 虐殺があったなら、その規模・理由など分けて詳しく認識し、組織や社会や人間に対する理解としてどこまで加えられるのか、できるだけ明らかにしなければいけない。 認識の真実を争わないわけにはいかない。
 それに何しろ、一人でも虐殺だと言って相手の思考を停止させて、なんでもかんでも言いっぱなしを事実かのように宣伝しようとする手口は、まだ健在なようだし。

 日本のやったこと、やらなかったこと、漢人のやったこと、やらなかったこと、それら全体に対する日本の見方、中国の見方、の中で、
 日本のやったことだけを語ることで中国の見方が成り立つかどうかを問題にしようとする手口が使われている。
 ペテンだ。

<中国の疑わしさ>
 日中戦争の犠牲者数。
 終了直後の国民党発表では約130万人(GHQの発表でも約130万人)とされており、これが1960年頃には1,000万人となり、1970年代始めごろに1,800万、1985年には2,100万人、1995年に死傷者3,500万人、1997年、抗日館リニューアルの際「3,500万人死亡」の展示が出現し、2000年頃には、3,500万死亡と中国は言っていたとか(完全公式でもなさそうだが)。

('90年代頃の記憶では、共産党による犠牲者数として最も妥当らしい数字として、大躍進運動2,000万、文革1,500万、と新聞・NHKで読んだ記憶があり、二つを足した数字だと思った。
 別の人は、大躍進の餓死者が3,000万だからと書いているが。
 多分、この二つの犠牲者推定が増えるほどに、日中戦争の犠牲者数も増えていったのだろうな。
 満州事変を含めて人数を増やしたという面はあるようだ。そして、同時期の無関係な中国全土の、匪賊という山賊の犠牲者も日中戦争の犠牲者にしているとか、増えた死者のすべては日本のせいということだろう。     
    )

 経済損失。
 1951年には500億ドル、1983年600億ドル、1991年1,000億ドル、1997年抗日館・5,000億ドル、1998年、江沢民の早稲田での講演、「日本軍国主義は対中侵略戦争を起こし、中国の軍民3,500万人が死傷、6,000億ドル以上の経済的損失を与えた」と。

 (これは、中国の日本(人)資産の相殺が入っているのか、国民党が作戦上あちこちを破壊しまくった分は始めから入れているだろうし、元が強くなった分上昇しているのか、満州国が発展した分まで盗まれた分だとしているのか、・・まあ中国のことはすべて日本が悪いというなら、現代基準でそういう計算もできそうだが。)

<基本的歴史観>
1 内戦のあり方。

 中国人は、当時互いに虐殺していなかったというのだろうか?

 反日が盛んになる以前、中国に行った企業の中国人教育の話として、中国人のまとまりの悪さの例として (だったと思うが)、「中国人は家族・一族・村の中ではまとまるが、村と村とでは仲が悪く対立しているのがふつうの歴史がある」というのがあった。
多少、デフォルメはあるとしても。

 中国人同士でも方言がひどく、互いに言葉も通じないことが多い。基本的なちがいの場合もある。そんな相手に同じ国の人間という意識が互いに存在するのか?

 だいたい南京事件の虐殺百万人といえば、清朝末期に起きたのが有名。太平天国の乱の鎮圧のときに、鎮圧軍が私兵軍であり、略奪を任せるのが常識だったため、南京で略奪を繰り広げ、犠牲者100万の大虐殺だったという。
 それから40年ほどで清朝が倒れてからは混乱期。
 中国全土にかってな軍隊ができて、山賊、やくざ、軍閥、の区別などはただの規模の大小の違いによるものでしかない時代の話だ。

 その少し前、ロシア革命の直後のシベリアでは、白系(皇帝系)と赤系(共産系)ロシアという争いが村単位の虐殺を起こしてもいたらしい。シベリア出兵などをした日本軍がいたところでも襲われて虐殺が起きている。つまり、やくざ~軍閥程度のしろものが戦闘をするときには、よく虐殺が起きるものらしい。そういう時代だったと。

 いわゆる三光作戦という言葉は、近年になるまでは台湾・中共どちらにも資料がなく、「三芸作戦」として、国民党、共産党が互いに相手のやった虐殺・焦土作戦として戦後の辞書に載せていたらしい。

 日本人だけが虐殺を起こして、中国全土の匪賊・見知らぬ土地に放り出された敗残兵、は殺戮していなかったというのだろうか。
 (匪賊の中でも共産党に吸収されたものも多いらしいが)

 10年ほど前だか新聞の読者欄で、終戦で満州から引き上げるとき、列車にある村全員が乗れなくて、老人たちだけが匪賊に殺されるのを覚悟で残ったらしい。 その老人たちの行方は知れない。
 中国人は、必要のない殺戮をしないなどと言えるのか。
 その時代の犠牲者のすべてを日本のせいにしているようだが、とんでもないだろうな。 

 ネットで出回っている数字だが、
 日本が介入した頃のものとして、国民党内戦2,000万人 、
 (ただ、日本の下でできた王兆名政権との争いも入っているかも。中国人同士だが)

 共産党が意図的にやった数字として、'50年代の地主、富農に対する大量殺人2,630万人
 (毛沢東は共産党の初期から似たことをやっているので、つまりは共産党が政権を取れば、予想される事態だったということ)

 数字の信頼度は別として、そういう状況だったということ。

2 中国の歴史の本質

 中国の歴史は、侵略のせいだと実質宣伝されるが、あんなばかでかい人口の多い言葉の通じない面従腹背の評判のあるところを支配したがる国・政治家いるものか。(たまにバカはいたと思うが)
 まともな歴史観の基本がないとしか思えない。

 大体、なんでも外国が悪いというのは、ありえる話だろうか?
 阿片戦争の理由は、中国では外国のものなどほしくはなかったから、イギリスは阿片しか売れなかったのだった。
 それがなぜ貧しくなったのだろう。
 人々の生活にとっての経済の基本が米だった時代の話だ。貿易がどうこうなったところで村がおかしくなるはずがない。外国人は居留地の中だ。なぜ、国が荒れたのか?

 清朝は18世紀から贅沢と戦争とで赤字だったという。
 軍事近代化費用もかさんで借金だらけだったらしい。
 貿易は、阿片戦争のときの阿片の流入量は、財政の基礎の銀の輸出を超え、清の経済にインフレをもたらしたそうだ。その後も大して減らなかったのでは。
 しかし結局、阿片を吸って広めたのは漢人だろう。
 止めさえすれば、貿易は回復したのだ。

 清朝のやり方だけが悪かったのか?
 清の後で互いに争い合ったのは漢人たちのはず。 

 新しい作物で耕作地が増え、人口は増え続けた。
 それがかえって飢饉のときの被害を大きくしたのかもしれないが。
 戦乱があっても、土地の食料生産を落とすのは割に合わない。
 有史以来、平均毎年どこかで飢饉があったそうだから、つまりはそのためのシステムを整備しないのがおかしいのだし、それを最も大事にしないのが悪いのだ。

 日本が満州を開発してから、中国北西部からは飢饉による難民が移民して行ったそうだ。
 満州事変は住民から喜ばれていたとも。 参照

シナ大陸の歴史の動因は、中国人自身だ
 それに気づかないのは、自分たちには何もできないという無力感と同じことだ。
 そんなかわいそうな歴史観に合わせて従うのは、思いやりでもなんでもない。

 わかっていて外国のせいだと思う中国人もいるだろう。
 そのときにあるのは、「外国が間違ったゲームルールに強引に引きずり込んだ」ということだろうか。
 その転換点が、阿片とアヘン戦争だし。
 そして現代では経済か。
 しかし、回復力を持たなかったのは、漢人自身の腐敗、互いの争いだろう。

3 中国青年にとっての中華

  中国人が広くまともな教育を受けられるようになったのは、戦後の共産党支配が初めてだろう。
 言語が通じやすくなったのも、文明というものが自分たちのものになったのも。
 (共産党がなければもっと早くできていたとしても)

 現在の世代にとっては共産党以前のことは存在せず、年寄りでも、よくわからないけど、みんなが争っていた、ああそうかそれは日本のせいなんだ、という程度かな。

 彼らにとって歴史認識とは、国の枠の生命線かもしれない。
 互いに争い合った国民という認識は、民主制では危険かもしれない。
 日本人以上に、彼らにとっては、歴史は人間観を揺さぶるだろう。
 彼らが昔、互いに殺し合っていた、近年はその罪を他人になすりつけようとして世界中に宣伝していた、なんてね。
 立憲君主国ならばともかく。


 けど、中国の若い世代の問題は、中国人の問題というよりも、現代性の問題にシフトしつつあるのかも。


中国/歴史






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最終更新日  2005年06月19日 00時39分20秒
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