アダムス家の日常とごはん ~青嵐のブログ

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2009年08月30日
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カテゴリ: 家族のはなし


お通夜の前に近くで顔を見たい、とやってくる人たちの数は

減るどころか増え続けていた。

時間を見つけて順番に身支度を整えホールに向かう。

義実家の周りではまだ自宅葬をする人たちのほうが

圧倒的に多いのだが、ホールにしてくれて良かった。

収拾がつかなくなる寸前だった。

つつがなく通夜も終わり、また義実家に戻り食事を取る。


おなかが減っているのか、減っていないのか分からない。

ただ、時間だから口に入れているだけだ。


とりあえず、通夜が終わったことにほっとして

次の目標は翌日の告別式、という感じで

本当に一つ一つクリアするだけだ。

こういうとき、お葬式というのは故人のためと言いつつも、

残された遺族に、少しでも現実を直視するのを

緩やかにするためのものでもあるんだな、と思う。

やること、やらねばならないことがあれば

泣いてばかりはいられない。

少しでも忙しくして

悲しい気持ちを和らげる意味もあるんだな、と。

でも、人付き合いが多かった義父の手帳を見ては

毎日びっしりと色々な予定が、

律儀な義父らしい、几帳面で達筆な字で

書き込まれているのに涙がこみ上げ、

遺影の写真を選んでは秋の旅行を楽しみにしていただの、

この微笑み方は義父らしいだの話しては涙がこみ上げ、

現実を直視する一瞬が訪れる。



翌日も、朝6時過ぎには弔問客はやってきたらしい。

7時過ぎに義実家に行くと

すでに疲れた顔でみんなは朝食を食べていた。


何度、義父の顔を眺めただろう。

今日でもう、

こうして義父の顔を見ることはできなくなるのだ、永遠に。

子供たちには

「もう、写真以外では

じぃちゃんの顔を見ることが出来なくなるから。

いい?よく顔を見て覚えておきなさい。」と

みんなで顔をなでて、最後のお別れをすると、

義父は焼却炉の向こうに消えて、その扉は閉ざされた。


控え室に行くと宗二が

「トイレに行きたい」と言うので一緒に行くと、

手を洗いながらじっとしている。

そして「俺、涙が出てくる」と言い、

あたしの胸に顔をうずめた。


骨になった義父を、

子供たちはどんな気持ちで見ていたのだろう。

あたしもそうだが、骨を見て

もう取り返しがつかなくなってしまったと

気付く人が多いのではないだろうか。


それなのに、それと同時に

この斎場で働く人の毎日を思うと

本当に手を合わせてお礼が言いたくなった。

生まれて一番初めにお世話になるのが助産師の仕事なら、

人生最後にお世話になるのがこの職員の方。


毎日毎日、悲しみで張り詰めた空気の中、

本当に大変で、意義のある仕事だと思った。

「ありがとうございました。

本当に大変なお仕事だと思いますが、

義父のために一所懸命していただいてありがとうございます。」と

声をかけてホールに戻った。


今回、あたしも旦那も自分の関係には連絡をしなかった。

こういうときはどの程度の人にまで

連絡をすればいいのか分からなくなる。

連絡を受けたほうは聞けば来なくてはならないだろうし、

特にあたしは旦那が喪主だとはいえ、

嫁ぎ先の親なので来てもらうのが申し訳ない気がしたからだ。

それなのに

お通夜・告別式と2回とも来てくれたりょうちゃん家族。

他にも何人もの友人たちが義父のために手を合わせてくれた。

また、市長が旦那の隣に立ち、

式が終わるまで親族と一緒に頭を下げてくれた。

義父と市長との関係の一端は

初七日の、同僚だった人と市長の挨拶で明らかになった。


義父は東京で商売をしていたが、

両親に呼び戻されて実家に入った。

そして地元の工場に就職するが、

そこでの働きから何度も感謝状をもらっていた。

そこで、部署が違うこの同僚が

「どうすれば成績が向上するのでしょうか?

生産性を高めるためにハード面で力を入れていることは?」

と聞くと、そうじゃない、といったそうだ。

そしてとにかく「5S」を徹底させたそうだ。

「5S」というのは整理・整頓・清掃・清潔・躾の事を指す。

朝は誰よりも早く出社し、他の社員が出社する前には

掃除を終わらせていたそうだ。

毎日、毎日。

その姿を見て同じ課の人間が、部の人間が、

そして社内のすべての人間が

義父の姿に賛同し、工場の生産性がぐっと上がったそうだ。

その実績を見込まれて退職後は

市長からじきじきに依頼され、ある社団法人に再就職した。

それまで下位にあった実績と件数は

あっという間に上位にまで昇り、

義父が退職したあとは、

あっという間にもとの順位にまで下がってしまったそうだ。

そのときもハード面を向上させるのではなく

ソフト面、つまりその職場で働いている人たちへの

心遣いがやる気を起こして成績が上がった。

もちろん、

部下に対して感情をはさまずに指示することも必要だが、

そのあとのフォローや心配り、そうしたものに対して

人がついてきてくれた、と。



お上人様からは、義父の戒名のことを教えていただいた。

院号に「詮」という字を入れていただいたのだが、

この字には特別な意味があり、

実際にこのお上人様も戒名に使うのは

今までで2人目だ、とおっしゃっていた。

そして、それだけ惜しい人を亡くしてしまった、と。

お上人様から見た義父の人となりを聞くうちに

外での「義父の顔」をほんの少し垣間見れることが出来た。

聞く話、聞く話はすべて新鮮だった。

民生委員をしていたときの義父、

区長をしたときの公民館建設時の取りまとめの話、

ひとつ管理林があるのだが、

何人もの地権者の取りまとめ役として

どれだけ義父が尽力したのか、など。


そういえば昔、議員に立候補してくれ、と

近所から担ぎ上げられそうになり

家族全員で反対したこともあった。


義父の人望の厚さと行動力には驚いた。

そして、そうやって上に立つ人だったんだ、と

改めて感じた。


最後に旦那が挨拶をした。


旦那の挨拶に、みんなが泣いた。

泣いて、泣いて、骨になった義父を見て、

死んじゃったのか、と少しだけ理解できた。



でも、月命日にお線香を上げに義実家に行くと

まだ、掘りごたつの義父の席に、パソコン部屋に、

義父の姿を探してしまうのである。







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最終更新日  2009年09月11日 21時46分53秒
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