2007年01月10日
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私たち、人と人との関係とは、人と言う感じが示すように、互いに支え合い存在しています。

しかし、今年になってから特に目に付くのは、身内の殺人です。これは明らかに何かが狂ってしまっています。

これに付随して起こっているのは、虐待やいじめ等です。家庭内での虐待や学校でのいじめが激化していると言われます。これを小さなこととして見過ごしてはなりません。

主イエス・キリストは、聖書の律法を解釈されました。人々は、「自分は人を殺していない。」と言いますが、そうではない。「人を能なし」や「ばか者」と言うものは殺人者と同じ裁きを受けなければならないと言われました。

この現在起きている身内の殺人以前に、虐待やいじめ、いや、それ以前に、「能なし」とか、「ばか者」という相手を見下し、過小評価し、否定する心を問題としなければ解決はありません。

イエス様は、人を「能なし」や「ばか者」と言うことをなぜそこまで厳しく糾弾されたのでしょうか? それは、その思い、その言葉自体が殺人の種だからです。

そのことは、人からそのようにばかにされたり、見下されたり、無視されたり、嫌がらせや皮肉を言われたりしたら、それだけで精神的には萎縮させられ、傷つけられ、殺されるということが起き得るのです。

現在、精神的な病にかかっている人のほとんどは、この人からのそのような言葉や態度が原因となっています。

そして、その状態にある人は、その相手を赦さないし、その本人か、他の誰かに復讐をしたり、怨念返しをしますから、ますますそこにはまってしまいます。



悪魔は、人を、盗み、殺し、滅ぼす存在であると聖書は語ります。身内殺人、虐待やいじめ、人を見下し、誹謗中傷し、否定するのは悪魔から来るものであることを知らなければなりません。

人は本来、支え合うものなのです。倒し、躓かせ、なき者にするのは、悪魔から騙されているのです。

聖書には、「神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。」と書かれています。神は、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」と語られました。神に従うとは愛し、赦し、受け入れるということです。そして、「悪魔に立ち向かいなさい。」とは、愛の反対である盗み、殺し、滅ぼす思い、スピリットを断固拒否し、追い出し、締め出さなくてはいけません。

私は、本当に多くの人から支えられていると思います。まずは、神様です。そして、信仰によって支えられていますが、何よりも、家族に支えられています。また、教会員に支えられています。また、多くの牧師先生やクリスチャン、地元の人たち、身の回りの人たちです。このことに対して本当に感謝しています。

あなたにはそのような人がいますか? もちろん、そのような人がたくさんいることは感謝なことですが、大切なのは、あなたがそのような人になってあげることです。あなたが誰かの支えになるのです。躓かせるのではありません。躓かせるのは悪魔の願いです。

私たちが一人間として、どんな立場であったとしても、どんな過去があったとして、今どういう状態にあっても、あなたの身近な人、あなたと接する人を支えるのがあなたの使命です。これは、神があなたに与えられた永遠不変の使命です。ですから、あなたは愛するために生まれて来たのです。

韓国のゴスペルソングに「あなたは愛されるため 主の愛を伝えるため~」という讃美がありますが、今日そのことを再認識して下さい。

もし、赦せない人がいるならば、無条件に赦しましょう。神にその思いを預けたら、神があなたに代わって裁き、復讐して下さるでしょう。どうぞ、その思い、怨念を人にぶつけないで下さい。

人を殺し、人を虐待し、人をいじめ、人を見下し、人を否定する人は、過去にそのような仕打ちを受けて来た人がほとんどです。しかし、その悪の連鎖を断ち切って下さい。あなたにそうした人も、かつてそうされたのです。それは、先祖伝来伝わって来た罪であり、怨念なのです。

その悪の連鎖は、十字架によってのみ断ち切ることが出来ます。その悪を自分に向けないで下さい。最近、「自殺したい。」「死にたい。」という言葉をよく耳にしますが、これは、悪を自分に向けているからです。直ちにやめて下さい。その思いは、イエス様の十字架に向けて下さい。そうしたら、そのやるせない思いが解け去り、喜びが必ず湧き上がって来ます。必ずです。時間がかかるかも知れません。しかし、祈り、執拗にイエス様の十字架にその思いをぶつけて下さい。

そして、絶対に人にぶつけないで下さい。自分にコンプレックスがあったり、劣等感があったりすると、うまく行っている人を妬ましく思い、祝福することが出来ません。ちょっと皮肉を言ったり、噂話をしたり、引き下げたくなります。このような思いは、自分自身の中に潜んでいるコンプレックスや劣等感によるものなのです。これもイエス様の十字架に持って行きましょう。



それは、自分を赦していないのです。自分を赦さないと自分を責めますが、責めると苦しくなるので、同じような人を見つけて、その相手を責めるのです。

しかし、それらの思いのルーツは、悪魔から来ていることを知って下さい。なぜ、悪魔の思いをキャッチしてしまうのでしょうか? それは、罪と言うチャンネルを通してです。

ですから、罪を悔い改めなければいけません。そして、人を支えない思い、言動、あり方は、今後一切やめて行きましょう。それはすべて、イエス様の十字架に向けて下さい。イエス様は十字架に係り、そのあなたの思いを背負って死なれました。そして、復活されたのです。

イエス様に否定的な思いと怨念をぶつけても、イエス様は、「やったなー!」と怒ったり、仕返しををしたりしません。むしろ、あなたをありのままで愛し、赦し、受け入れて下さいます。

その愛を受けて下さい。そうして、その愛で、自分を愛し、他者を愛して下さい。そうしたら幸せになります。



愛に生きて参りましょう。
祝福がありますように。





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最終更新日  2007年01月10日 09時39分12秒
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