2012年05月14日
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「レ・ミゼラブル」を書いたフランスの詩人であり、小説家であるヴィクトール=マリー・ユゴー(Victor-Marie Hugo)は、『人生 最上の幸福は 自分自身の いかんにかかわらず 愛されているという 確信である』と言いました。

人が最上の幸福感を感じる時は、「愛されている」という実感がある時です。私たちは、この「愛されていると」いう実感が必要な存在です。

人は、生まれてから3歳くらいまで、通常、親からの無条件の愛を受けるものです。その時、そういう愛が必要だからこそ、赤ちゃんはかわいらしくあるのではないかと思います。私の友人は、自分の赤ちゃんを「食べちゃいたいくらいかわいい」と言いました。

しかし、3歳を過ぎたくらいから、無条件の愛は条件付の愛に移行し、教育がはじまります。もちろん、教育は必要です。しかし、この教育が教育となるためには、3歳くらいまで無条件の愛を受けるという土台が必要です。教育とは、「そのままではダメですよ」というメッセージです。

今、多くの若者が子供の頃から適切な教育を受けなかったことによって、わがままになり、人の話が聞けなくなり、社会に適応できなくてニートになったり、精神病をわずらったり、引きこもりになってしまっています。親御さんに会って見ますと、非常に優しい方々なのでびっくりすることがあります。もしかしたら、わがままな姿に対して教育をしないで、「いいよ、いいよ」と言って、言われるままに物を買って上げたりしたのかも知れません。あるいは、無条件の愛が足りなくて、教育が教育として受け止められなかったのかも知れません。
そうしたら、今からやり直すことは出来ないのでしょうか? まず、無条件の愛はもう不可能です。人は実際、それを求めて恋愛をしたり、結婚をしますが、そこに無条件の愛はありません。お互い、愛されたい人だからです。それを友人に求めたり、物質や名誉に求めても、求める愛は得られません。

しかし、一つだけ無条件の愛を受けられる方法があります。それは、イエス・キリストの十字架を通して与えられる神の愛です。神の愛は、今、この瞬間にも、あなたが信じるなら与えられる愛です。3歳までに受けそこなった無条件の親の愛をはるかに超えるものです。だから神にあっては、人生をどこからでもやり直すことが出来るのです。

私は、18歳の時に神を信じてクリスチャンになりました。それから、紆余曲折はありましたが、一つだけ失わなかったものがあります。それは、神から愛されているという実感です。しかも、図々しいくらいに、神は誰よりもこの私を愛して下さっているとさえ感じています。そうしたら、どんな状況の中にあっても、どんな試練が押し寄せたとしても、最上の幸福を感じることが出来ます。

あなたは、もしかしたら、親の愛をあまり受けて来なかったかも知れません。あるいは、何らかの事情により、親の愛を知らないかも知れません。しかし神は、孤児の父です。「たとい親があなたを捨てたとしても、私はあなたを捨てない」と語られます。神は、キリストの十字架を通してあなたを誰よりも愛しておられます。この事実を信じ、受け入れませんか。無条件の愛こそ、あなたに絶対不可欠な人生の土台なのです。この愛があなたに注がれ、実感されているならば、どんな教育も素直に受けられますし、どんな逆境をも乗り越えて行くことが出来るはずです。








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最終更新日  2012年05月15日 08時06分52秒
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