ヒッパルコスの空

May 14, 2006
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テーマ: 雑記(159)
カテゴリ: 雑記

当時、私は大阪にいたのだが、事故を知ったのは翌日の朝、出勤後のことであった。前日より会社の方には連絡が入っていたのだが、私は外出しておりそのまま会社にも連絡もせずに、夜の町へ消えていったのだ。
いつもだったら、そんなことをしても気が付く上司ではなかったのだが、その日は私の行き先に連絡をとりかなり探したようだ。そして、その夜私の下宿先まで来てくれたようだ。そんなことは知らない私は、下宿先にも帰らず、翌朝出勤したのだが、上司は、そんなことには一言もふれず、両親が交通事故で病院にいるのですぐに帰るように言われた。
そして、新幹線の交通費として5万円くれた(もちろんこのお金は後日返済しました)安月給で給料日前なので、私が持ち合わせがないことを知っていたのだ。この上司には、今でも頭があがらないでいる。

 病院には、すでに親戚が集まっており、叔父(父の兄)からは、こっぴどく怒られたが、皆、一応に私を慰めてくれた。私は、まさか死んでいるとは思っていないので、両親は助かるものと思っていたのです。
祖母(母の母)が、私の傍に来て「お母さんは苦しまずに良かったね」と言った。鈍い私はまだ気が付かなかったが、次の瞬間、祖母は目にいっぱい涙を浮かべていました。私は、やっと理解したのだが、それでも、「まさか」と思っていました。母だけが即死だったのです。だから祖母は、「苦しまなかった」と言っていたのです。父と妹も何日か経って相次いで息を引き取った。

 母を思うと、いつもこの日のことを思い出す。そして、今は亡き祖母のことを考える。小学校の先生だった祖母は、私のことを叱ったことがない。もちろん母にも叱られた記憶がないのだが、父には、目が合うといつも叱られていたのた。よくもまあ叱ることがあるものだと感心したことがある。この父は、叔父と顔が似ているのだが、性格はもっと似ているような気がする。
父には怒られていた私だが、怖いと思ったことは一度もない。不思議なもので、一度も叱られなかった母の方が怖いと思う。

 私は、どちらかというと母に似ているのだが、今、とても心残りは死んだ母の顔を見ていないことだ。出棺の時でさえ、母の死顔を見ていないのだ。母とのお別れの顔を、祖母は見るように言ったが。私は頑として応じず、花を母の足元にたむけた。祖母は「あなたがお母さんの顔を見るのではなく、お母さんにあなたの顔を見せてあげなさい」といわれても、私は見ることができなかった。





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Last updated  May 15, 2006 01:18:18 PM
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