華上部帝国

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不思議大図鑑12巻~ラスプーチン~

ラスプーチン
ラスプーチン (1864~1916)
ロシアの正教の僧侶。シベリアの
ポクロフスコエ村の農民の家に生まれる。18歳でベルコツーレの修道院に入り、隠修士となる。1908年に皇太子の病気を治したことからアレクサンドラ皇后の信頼を得る。第1次世界大戦で皇帝ニコライ2世自身が出征しているときには、アレクサンドラの顧問として内政に影響を与えた。1916年ラスプーチンに不満を持つペテルスブルグの貴族に暗殺される。彼は 青酸カリ の入ったワインを飲み、その後銃撃されたのにも関わらず、その後の調査で銃撃のあと投げ込まれた川での 溺死 が死因と判明した。彼の遺言が死後公開されたが、それには「自分を殺す者がロシア農民、兄弟であったなら皇帝は何百年もロシアを支配するが、貴族が自分を殺したなら25年以内に貴族はなくなる」と記されていたという。実際1917年にロシア革命が起こり1922年ソビエト社会主義共和国連邦が成立して皇帝の支配や貴族はなくなった。
[ 別編] ラスプーチン の子孫
一時、その経歴が謎であったプーチン大統領が、ラスプーチンの子孫ではないかと言われた時期がある。
ちなみにプーチン大統領の経歴は
1952年、レニングラード(サンクトペテルブルク)に生まれる。
1975年よりKGBに勤務。
1990年、故郷レニングラードに戻り、アナトリー・サプチャーク市長補佐官となる。
1994年、サンクトペテルブルク市副市長。
1996年、ロシア連邦大統領府総務局次長に就任し、中央政界に転じる。
1998年、連邦保安庁(FSB)長官。
1999年8月9日、エリツィン大統領により首相に指名される。
同年10月31日、引退を宣言したエリツィンにより大統領代行に指名。
2000年3月26日、過半数の得票を受け大統領に当選。
2004年2月末-3月初、内閣を総辞職させミハイル・フラトコフを新首相に指名。
2004年3月14日、大統領に再選。
である。


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