職場の同僚に『睦(むつみ)』という名前の女性がいる。
可愛らしい語感と、古風ゆかしい雰囲気を持つ名前は、楚々とした美しさを持つご本人にぴったりの、素敵な名前だ。
初めこの名前を聞いたとき、一つの詩が思い浮かんだ。
吉野弘氏の『祝婚歌』という詩だ。
結婚式用に創った詩なので、その席でお聞きになった方もいらっしゃるのではないか。
僕は、何時この詩にめぐり合ったか覚えていない。
ただ大いに感動し、ノートにしっかり引き写していた。
できるなら、この詩を解り合えるような人と人生を過ごしたい。
この詩の書き出しは、
「二人が睦まじくいるためには」
というフレーズで始まる。
「睦まじく」という、ちょっと古めかしい言葉が、何故か新鮮に響き、新しい世界観を見させてくれるようだ。
"むつみ"という名前が、この詩によってもたらされた感動を、胸に蘇らせるスイッチとなっていた。
『祝婚歌』
二人が
睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することになっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとか
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
もし睦さんのご両親が、この詩からわが子に名前をつけたとしたら、美しい話だと思う。
でもそれは僕の思い込みだから、これから睦さんにこの詩を知ってもらって、名前に秘められた願いを受け止めて欲しいと思った。
吉野弘氏の作品には、こんな詩もある。
わが子に贈る詩だ。
詩人の言葉に、僕の心が溶け込んでいくシンパシーを覚える。
『奈々子に』
赤い林檎の頬をして
眠っている奈々子。
お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた。
お父さんにもちょっと酸っぱい思いがふえた。
唐突だが
奈々子
お父さんはお前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんははっきり
知ってしまったから
お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。
ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。
自分があるとき
他人があり
世界がある。
お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は
今は
お前にあげられない。
お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるのにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。
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