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2011年08月29日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
民主党野田新代表誕生。

代表選!野田代表の演説、ぐっとくるものありました。今後、民主党、足並み揃えてやっていけそうな期待を抱かせてくれます。今後の活躍を期待します。
 しかしながら、震災復興、防衛、経済、財政、課題は山積しております。その中でも、今回はエネルギー政策について、考えをまとめたいと思います。

1.「原子力発電に依存しない社会」について
 その政治スタイルにより批判されることが多かった菅首相が「再生エネルギー特別措置法」と「公債発行特例法」の成立を受けて退陣しましたが、「原子力に依存しない社会」を目指すという方向づけと、その代替として再生エネルギーを促進させるためのしくみ(法律)をつくったということで、その成果は大きい。

 菅首相は、福島第一原子力発電所の災厄の際に、非常なる危機感を感じていたはずで、3月11日以降、原子力圧力容器が破裂、大量の放射性物質が大気中に拡散され、東京にもその惨禍の恐怖にさらされかもしれないという状況で、その影響の大きさを肌身で痛感したのだと思います。つまり、そうなった場合に、経済活動は麻痺して、日本株暴落、それにつづく世界経済の混迷へとおとしめる事態となり、日本のみならず、世界中がパニックとなる。それだけは避けなければならない。事故発生直後は、そういった危機と肉薄していたわけで、起こり得ない状況でもなかった。それが、国として取り得るリスクなのかどうかということを突きつけられたのです。

 そして、その後に続く、放射性物質の拡散による影響の大きさ。避難区域設定により避難を余儀なくされた国民の多さ、土壌の汚染、水道水の汚染、農産物・水産物などの食の汚染、廃棄物の汚染、焼却灰の汚染、それに伴う調査と除染と関連する対策、国土の縮小。放射性物質の拡散に伴う経済的不利益、経費の増大、余計な支出がいかばかりか。少なくとも、国としては「公債発行特例法」からもわかるように、この災厄がなければ負う必要のなかった借金を負うことになりました。あと数年で国債が国民の貯蓄高をうわまわり、国債暴落が目に見えているにもかかわらずにです。

 そうした経済的なリスクの観点からだけでも、菅首相が方向づけした「原子力発電に依存しない社会」が導き出されるのも自然な流れと考えられます。社会混乱ない体制維持が至上命題である国家が選ぶ最適解と考えてもおかしくはありません。

2.原子力依存の現実


 今後は、まずは、数十年先を見越したロードマップ作成が必要になります。新技術・システムの導入や、新エネルギー設備の敷衍による原価低減で、劇的な展開もどうしても期待してしまいますが、現状の原子力依存の社会を変えるのは、並み大抵のことではありません。

3.原子力発電を支える企業と労働者
(1)電力会社の企業的性格とリスクの合意について
 そもそも原子力発電は、国策として政府が電力会社へ指示し、それを採用したことにより、電力会社が事業者となりました。事業者となったからには、原子力発電に投資し、利益を上げなければならない。原子力発電所を立地するためには地元の理解が得られる必要です。少しでも不安全ならば、住民は反応を示し、事業は進捗しない。潤沢な補償費用があったとしても、100%安全だといわなければ、すべての人が納得しない。そうすると100%、安全だといい続けるようになる。問題の原点は、そこにある。リスクを明確にしなかったわけです。そして一度いったことは、突き通さなければならない。

 安全神話は電力会社内外で一貫して継承される。原子力推進に反対する者は当然のこと社員にはいません。社内教育も行き届き、安全は常識になる。当然、社員も原子力がよいものと心底考えているので、地域での原子力説明会、公聴会で、上司に出席して賛成発言をするようにといわれれば、世のため人のため会社のために、積極的に出席します。これが「やらせ」である。一個人を取れば、わるいという意識はない。
それに、電力会社も、一旦、投資したからには、利益を最大限にあげなければならない。一般の企業と同じで、事業者が持つ当然の性格です。だから、原子力を止めようとする動きには協力はしません。出資する対象は選ばれる。当たり前のことです。
例えば、パン会社が、自社製品のパンをわるくいうわけはありません。わるくいえば、パンは売れない、投資した工場も無駄になる。そんなことでは、社員も養えない。企業も存続しない。当たり前です。このパンは100%安全で、品質も良好です。そうでなければ、商品にならない。

 自動車などリスクを伴うものでも、人は買う。なぜか。自動車は、事故を起こす可能性があるもので、万人が知っています。リスクを知った上で、自動車を購入し、さらにその対策として保険にも加入する。飛行機も同じである。メリットと同時に、リスクを知った上で乗っているのです。
けれども、原子力については、立地契約を結ぶときにそのリスクをあやふやにしてきた。そして、もしもの事態の対策が想定されていない。まさか、原子力を受け入れることで、自分の土地や家まで奪われることまで考えていたわけではないのです。東北・関東地域のみならず日本国民が、食の安全に脅かされながら、生活することになるとは思ってもみないことです。そもそも、理想的に考えれば、リスクを提示した上で、立地するべきものです。まあ、それができるような状況でなかったのだから、今からいってもしょうがありません。今、現にあるんですから。

 原子力の問題が、飛行機事故と違うのは、人道的な面でも、被害の大きさでもない。はじめにリスクを関係者間で合意していないからほかならない。ただ、その一点だけです。関係者というのは、立地する地域の方々だけでなく、電気を使用する人すべてです。

(2)労働者の論理


 原子力をやめようとした場合、その職についている労働者は、自らの職が失うことをみすみすわかっていながら、原子力を反対するはずはありません。このまま同じ状態で、安定的に仕事を続けたい。家のローンも残っている、子供も育ち盛り食べ盛り、また、学費も必要。頭の片隅でわかってはいるものの、それに目を瞑って、もしくは、人によっては、否定する議論を論破しようと、また自己の正当性を確立しようと、また、強固な理念を構築するなど、否定する方向には向かうはずはない。というか、向かわない。当然のことです。当たり前です。それだけ、プライドをもって仕事をしており、必死な思いをしており、または、夢を描いて、生半可な気持ちで取り組んでいるわけではないのです。

 それを否定されるとなると、全身全霊をかけて、反論することになるのです。
原子力を巡る対立は、国民の安全安心と、技術者の夢やプライド、そしてそれに関わる生活、さらにいえば経済との対立、といえます。しかし、ここまでの大事故となったからには、技術者も素直に反省し、その夢も別のものに置き換える必要がありそうです。ただ、当面は活躍の機会はあります。ゆっくりとした変化であれば、雇用についても、その問題も少なくなると考えます。

 今回の事故で、本質が見えてきたような気がします。国というのは、ひとりの命より全体の利益を優先させ、あくまでも経済、治安などの体制維持を図ることを第一の価値観としていること。企業は、経済的合理性を第一の価値として追求すること。国民は憲法で保証されているとおり、健康で文化的な生活を求めていること。問題の解決は、それぞれの立場が抱える状況をよく考えないとなりません。

 やたらめったな原子力反対運動については、賛成しません。硬直的な姿勢の原子力推進にも賛成しません。国として、減らす方向へ梶を切ったわけですから、賛成、反対の2元論を越えて、次世代のエネルギー体制をどうやって構築するか、国、電力会社、メーカー、地域が相互に意思疎通を取り議論することが、必要とされているのです。


 原子力発電所は、今現にあるもので、しかもその恩恵を享受しており、当面は電力の安定供給には欠かせないものだということを前提に議論を進めなくてはなりません。そして、3.11によりわが国における原子力発電所の絶対安全が崩れさったわけです。全国にある原子力発電所も絶対に安全だとは言い切れない状況にあります。(設計条件を上回ることがあれば、機能を損失する可能性があります。当然のことです。そこは強調して明言していく必要があります)そこで真に信頼を回復するためには、国民や地域住民にリスクや被害想定を開示することです。危機管理の一環として、そのもしもに備えることが必要かと思います。これこそ国家として誠実な姿だと思います。

 電力会社は実直な会社です。ひとたび国としての方針が決まるものなら、出来る範囲内で、新エネルギーを受容する設備形成や、今ある原子力発電所の被害想定の開示を徹頭徹尾、検討するでしょう。変化はゆっくりでしょうが、確実に進むと思います。

 最後に、ここまで世界的に原子力発電所が広がってきた背景に、Co2削減の動きがあります。その中で原子力は削減効果が高く、Co2を大幅削減するための効果的な手段とする向きがあったわけです。そこで無制限に、原子力を採用する展開となり、全世界で計画が立てられたのです。CO2削減至上主義により原子力発電所が、たがが外れたように拡ったのです。

 当然、今後のCO2削減の努力義務や、目標は原子力を減らす方向であれば、違ったものになってきますので、日本は目標を無効として、また、新たな対策や目標値が必要となってきます。

 今回の「原子力発電に依存しない社会」は、日本の社会構造の大転換になるものです。様々な所に影響がでてきますので、丁寧に時間をかけて、合意点を見出していかなければならない非常に忍耐のいる作業になってくると思います。大きな一歩です。野田新首相の今後へ向けての盤石な基礎づくりを期待したいと思います。





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最終更新日  2011年08月30日 02時02分38秒
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「若者の車離れ」に歯止め / 電気自動車がライフスタイルを変える―【私の論評】若者よ、ただのエゴイストにはなるな!!  
yutakarlson さん
ブログ名:「Funny Restaurant 犬とレストランとイタリア料理」
http://goo.gl/Kh9lz
こんにちは。最近電気自動車が、ライフスタイルを変えるかもしれないとして、脚光を浴びています。確かに、電気自動車を運転するドライバーにとっては、従来の自動車のように燃料としてガソリンなどを用いるわけではないので、排気もせず、音も静かで環境に負荷もかけないので良いと思います。しかし、社会全体にとっては、どうなのかは、わかりません。なぜなら、電気自動車を動かすための電力をどこかで発電し、さらに、送電しなければならないからです。この発電が、現在では火力や、原子力で行われています。これを考えると、電気自動車が環境に負荷をかけないものであるかどうかは、一概にはいえないことが良くわかります。このように、環境問題を考えるには、電気自動車に限らず、他の事柄でも、目の前のことだけ見るのではなく、社会全体ではどうなるのかという考え方、いわゆる統合的思考が必要不可欠です。そういう見方ができずに、目の前のことだけで、エネルギー政策などに口を挟んだりする行為は、無責任どころか、エゴイスティックな行為であるといわざるをえません詳細は、是非私のブログを御覧になってください。 (2011年08月30日 10時02分33秒)

Re:「若者の車離れ」に歯止め / 電気自動車がライフスタイルを変える―【私の論評】若者よ、ただのエゴイストにはなるな!!(08/29)  
yutakarlsonさん
そうですね。おっしゃるとおりだと思います。統合的思考で社会全体でどうなるのかを考えなくてはなりません。

電気自動車、新エネルギー、スマートグリッド、今現在、言葉で踊っている感がありますが、ひとつづつ、段階を踏んでその環境性能を実証しながら進まないといけないと思います。そのためにもモデル地域を作って、取り組んでいくことになるのでしょう。とにかく忍耐強い作りこみと全体から見た評価の検証が必要です。

非常に参考になるご意見、ブログ、ありがとうございました。 (2011年08月30日 22時43分43秒)

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