『戦争が終り世界の終りが始まった』



この物語は4人の主人公のそれぞれの視点から見た世界を描くという手法をとっている。
いわゆるザッピングである。
そのため、物語の語り口としては一人称なのであるが、4人の人物による表記となる。
時代は1950年代。
第二次世界大戦直後。
場所はカルフォルニアの田舎町。
登場人物(というか主人公)は以下の4人である。

まずは分裂症気味のジャック・イシドール、34歳。
彼は『科学』に偏って傾向し、あらゆることを自分の世界観で理解する。
『運転士』に出てくる主人公と一種通じるものがある。
ジャックは宇宙人の存在を科学的に証明されているといって信じ、さらには宇宙人による世界の滅亡を信じている。
周りの人間からは精神異常者としての扱いを受ける。

次に彼の妹であるフェイ・ヒューム。
性的な魅力があり、いわゆる男好きのする女性だ。
彼女は自分の欲求を満たすためだけに男を利用していく。
マイホームを手に入れるために金持ちのチャーリーと結婚し、理想的な父親を演じさせるためにネーサンに近づく。

フェイの夫であるチャーリー・ヒュームは小さいながらも工場の経営者であり、それなりのお金持ちだ。
チャーリーはフェイと結婚して彼女のために家を建ててやるが、自分はそのための道具でしかないことを悟り、苦しむ。
心臓発作に倒れ、このままでは、お役ごめんとなった自分はフェイに殺されると感じ、退院後フェイ殺害を試みるが、うまくいかず自殺する。

最後に弁護士になるために不動産屋でバイトしながら勉強をしていたネーサン・アンティール、28歳。
彼は本物のインテリで、しかもハンサムである。
グエンと結婚し、この街へ引っ越してきた。
しかし不幸にもフェイに見初められ、彼女の執拗な攻撃を受け、ついには落ちていく。。

この4人のそれぞれの視点で物語りは進んでいく。
これを読むと、結局同じ世界に生きていても、誰も他人を理解することはできないんだなと思ってしまう。
いや、実際、そうなんだろう。
他人は自分の世界の中では結局自分の理解の範疇を超えることはないのである。
それでもなおかつ、人は他人を理解しようと苦しむ。。
ネーサンは自分の手に負えない状況を受け入れ、そこに生きていく決心をするが、そう決心したはずのチャーリーは、そう決心したがゆえに、きっかけとなったフェイの冷たい仕打ちに耐え切れず、自分の命を絶つことで世界に終りをもたらす。
フェイは自分にかかわるものはすべて自分の思い通りにならないと気がすまない。
他人(兄や子供も含め)は自分の欲求を満たすために存在しているのである。
だから、兄のジャックの存在が気に入らない。
彼は誰とも交流してもらえないでいた。
彼の属していた宗教団体からも最後には排除されてしまう。。

チャーリーとネーサンがフェイとの関係で苦しんでいくのに対し、ジャックとフェイの兄妹はお互いを嫌悪しながらも、図太く世界を生きていく。
戦争が終り、生きていくための共通の目的が失われた。
世界は終わった。
それでも人間は生きていかなければならない。
まともな精神状態で生きていくにはつらすぎる。
ジャックとフェイはお互い気違いだと思ってる。
実際、読者はジャックやフェイに感情移入するのは難しい。
チャーリーやネーサンにこそ、自分を当てはめてみることができる。
その時、ぼくらはディックがしかけた罠によって、にわかに不安にさせられてしまう。。

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