『変身』  



「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。」

『変身』の最初の一行である。
これからもわかるようにこの物語自体はかなりシュールだ。
しかも、なにかどんでん返しがあるのかと期待しても、グレーゴルは結局虫のままずっとすごし、虫として死んで行く。
そのありさまが克明にリアルに描かれている。

この小説は日本語の文庫本でわずか100ページにも満たない短いものであるが、本当に最初の虫になるという強烈な設定のあとはその舞台が日常として粛々と流れてゆく。
読み終わったあとになにかを期待していた分、妙な疲労感を覚える。
それがすべてだと断っておいた上でぼくなりの感想を書いてみる。

グレーゴルは虫になる前は一家の大黒柱として働いていた。
年老いて引退した父親。当時は社会的に無力な母親と妹。
彼らの生活をその双肩に背負っていたのだ。
ところが虫になったとたん、家族のグレーゴルに対しての態度が一変する。
彼は姿を見るのもいやだといわんばかりに忌み嫌われる存在となる。

「虫」とはなにを象徴しているのか?
ぼくは理由もなく虐待をうける社会的弱者と考える。
いや、そもそも弱者となる理由がないわけだから、弱者と定義するのはおかしいかもしれない。
なんにせよ、彼は「虫」だと理由で世間から隔離され、家族から虐げられる。

そう、愛するとか嫌うとか、人間の感情には実は理由などないのかもしれない。
人間の意識はそれを克服できるほど強いものなのであろうか?
他人に対しては正論をかざす人間も、いざ自分のこととなると反対の行為に出てしまう。
虫となったグレーゴルを虐待する家族を批判できる人間などいないのではなかろうか。
人間の感情はそれほどまでに悲しくも強い。
そしてそれを受け入れるにはあまりに弱い。

刻々とつづられる異常な日常の中、ぼくは人間という生き物について考えさせられる。


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