『キッチン』



ハイデガーは『世界・内・存在』を前提とし、その世界を問うことから実存を検証する。
その世界は『死』を受容したときに始めて流れ出す『時間』にゆだねられた『覚悟』だ。
吉本ばななは逆に、身近な人間の『死』をもって実存を浮き彫りにする。
それまでの日常が、身近な人間の死によってドラスティックに変化する。
そこに生きるうえでの『世界』の限界が見出される。
それはこの上なくつらいものであり、つらいものであるがゆえに限界となる。
そう、それ以上はありえないのだ。
その限界の中で、人は生きること、すなわち自己存在をリアルに考えることができる。
その限界を知ることで、日常は非日常へと昇華され、同時に非日常が日常へと還元される。

ただ、ただキッチンだけが、揺るがぬ事象(あるいは現象としてもいいかも)として、粛々と存在し続けてゆく。
生きるということはそういうことなんだと、この物語はゆるやかに語りかけてくれる。

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