『エーゲ海に捧ぐ』



この物語はタイトルだけ見るとエーゲ海のそばのちいさな街での出来事を綴っているかのように思えるが、実はエーゲ海とは女性の性器の例えである。
性格にはヴァギナそのものというよりはその部分に秘められた神秘性(ただし個性を含む)を暗示する。
しかし、かといってセックス描写は全く出てこない。
極めて淡々と目の前で裸になってその部分をこちらへ広げている女性の性器についての描写が続く。

主人公は妻を日本へ残し、イタリアへ留学しにきた35歳の彫刻家である。
若い頃から女性にはルーズ(いや、わりきれないというべきか)であり、ここでもモデルであったアニタと肉体関係を結ぶ。
今そのアニタが裸になり、性器を自分のほうへ向け横たわっている。
彼女の親友のグロリアが彼女をモデルに怪しい写真を撮っている。
すなわち今スタジオには彼とアニタ、グロリアの三人がいる。
いや、状況も相させているのかもしれないが、そこに生々しい現実感はない。
ただただ、同じ空間を共有して存在している。

主人公はその状況下、妻トキコからの電話を受けている。
妻は夫から船便で送られてきた物を見て、夫に女がいることを知る。
うすうすは感じていたものの決定的な証拠を掴み、その怒りを夫へぶちまける。
遠い日本からの国際電話。
当時はまだ国際電話にものすごい料金が課せられている。
女房の怒りがそのまま彼の貯金を減らしていく。
女房の声と減っていく貯金。
そこに生々しく横たわる現実。
観念に現実が現れ、身体への出来事に感じる非現実感。
アニタの体のディテールがそんな彼を時々「こちら」へ引き戻す。
現実と非現実の交錯が暫く続いた後、グロシアの口の中で、主人公はそれらを超えた自己内在世界へと逃避していく。

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