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2009.04.15
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カテゴリ: 韓半島
井筒和幸/パッチギ!パッチギ!1

1968年の京都。高校2年生の松山康介(塩谷瞬)は、
日頃からケンカの絶えない朝鮮高校に親善サッカーの試
合を申し込みに行く羽目になるのですが、音楽室でフル
ートを吹く女子高生リ・キョンジャ(沢尻エリカ)に一目
惚れ。キョンジャに近づくために、彼女が奏でた歌「イ
ムジン河」を覚え、朝鮮語を覚えようとします。


イムジン河
作詞:朴 世永 作曲:高 宗漢 訳詞:松山 猛

♪イムジン河 水きよく とうとうと流る
♪水鳥 自由に 群がり 飛び交うよ

♪イムジン河 水きよく とうとうと流る

♪北の大地から 南の空へ
♪飛び行く鳥よ 自由の使者よ
♪誰が祖国を ふたつに 分けてしまったの
♪誰が祖国を 分けてしまったの

♪イムジンガン マルグンムルン フルロフルロ ネリ
 ゴ
♪ムッセドゥル チャユロイ ノムナドゥルミョ ナル
 ゴ
ンマン
♪ネゴヒャン ナムチョクタン カゴパド モッカニ

 ゴ

♪イムジン河 空とおく 虹よかかっておくれ
♪河よ想いを 伝えておくれ
♪ふるさとを いつまでも 忘れはしない
♪イムジン河 水きよく とうとうと流る



の純情を射ぬきました。人間は今のところ、国の境をこ
えられないけれど、水鳥だけは自由に空を舞い、人間が
作ってしまった境界線にとらわれずに生きているとうた
うこの歌は、北と南に引きさかれた朝鮮の人たちが、い
つの日か平和な日を迎えられ、自由に行き来できること
を願って作られたそうです。(日本語の2番、3番の歌
詞は、北朝鮮に帰って、もう会えない友だちや、当時、
世界で起きていた相互不信を頭に描いて、いつの日か、
夢に見た日がやってくると信じて、松山猛さんが、詩を
書きました)

一方、キョンジャの兄リ・アンソン(高岡蒼佑)は、朝鮮
高校の番長で、日本人の高校生との間でのケンカが絶え
ません。彼の夢は、北朝鮮へ帰国して、サッカーの選手
となり、北朝鮮代表としてワールドカップに出場するこ
と。アンソンの彼女は、妊娠していますが、彼が北朝鮮
へ帰る計画を立てていることを知って、子どものこと言
い出せないでいます。あるとき、親友のチェドキが日本
人とのケンカで命を落としてしまい、アンソンは悲しみ
のなかで、仲間を募り、かたき討ちに出かけます……。

「パッチギ」とは、朝鮮語で「突き破る、乗り越える」
という意味で、ケンカ用語で「頭突き」という意味もあ
るそうです。ケンカのシーンで、朝鮮高校生は、頭突き
を連発し、親友のかたき討ちをするシーンで、アンソン
は「これがパッチギや!」と叫びます。

映画は、日本社会の朝鮮人差別の中で、将来の夢を描け
ず、屈折した青春をおくっている在日朝鮮人の高校生た
ちの日々の生活と、日本人として、彼らとの交流を求め
ていく康介の姿を描いていきます。

キョンジャを演ずる沢尻エリカさんは、朝鮮高校生とし
てチマチョゴリを着ているときも、母親の酒場を手伝っ
ているときも、美しく、輝いています。彼女との交際を
求めて、康介が近づいてきたとき、「私と康ちゃんがず
~っとつきあって、もし結婚するなんてことになったら
、朝鮮人になれる?」と康介に問います。康介は、その
問いに答えられず、一時はギターを叩き壊しますが、そ
の後の行動で、深く決意していることを示します。

兄アンソンがつねに感情を表に出して行動するタイプで
あるのに対して、沢尻エリカさん演ずるキョンジャは、
感情を内に秘めて、控えめな行動をとります。けれど、
控え目ななかにも、一本筋が通った強さを感じさせます
し、康介に対しては、「もし結婚したら、朝鮮人になれ
る?」という決定的な言葉を発します。そんな沢尻エリ
カさんの、控えめでありながら、強く、美しく輝いてい
る演技が印象的な映画です。その演技が評価されて、沢
尻さんは数々の賞を受賞しました。

ちなみに、この映画の続編「パッチギ!LOVE&PE
ACE」にも、沢尻エリカさんの起用を予定していまし
たが、本人に固辞され、在日コリアンの女優・中村ゆり
さんが演じることになったそうです。


私が通った横浜の小学校の近くにも朝鮮学校がありまし
た。通学するバスのなかで、チマチョゴリを着た女生徒
と一緒になり、私はその服が好きで、いつか着てみたい
なと思っていました。

あるとき、私は放課後、いつも女生徒が歩いていく方向
へ歩いていきました。しばらく行くと、深い緑の木々の
なかに、学校の門があるのを見つけました。私は、おそ
るおそる、その門のほうに近づき、道の反対側から、門
のなかをのぞき、耳をすませました。そのときの私が、
なにを見て、どんな音を聴いたのか、いまとなっては思
い出せませんが、見てはいけないものを見たような気が
して、急ぎ足で、いま来た道をもどり、バスに乗り、家
に帰りました。

これが、私の、韓半島の人と文化との最初の出会い。こ
の映画と同じ1968年ごろのことです。その後、私は
、その朝鮮学校に、一度も近づいたことはありません。
ですから、この映画の原作者のひとりである松山猛さん
が当時、朝鮮学校の生徒たちと交流していたなんて、夢
のように感じます。

松山さんは、著書「少年Mのイムジン河」(2002年)
のなかで、当時、仲よしだった2級先輩の京子さんのこ
とを紹介しています。

(京子さんは)その年の弁論大会で一等賞をとった人でし
た。彼女は当時まだ続いていた民族差別について語り、
その悲しさを切々とうったえて受賞したのです。彼女も
朝鮮系の人で、小さなころから民族がちがうことで、い
われのないイジメを受け、しかしそれをはね返して、人
間どうしは理解し合うことによって、表面的なちがいを
乗りこえ、仲よく生きられると主張したのでした。

京子さんとその家族は、当時さかんだった北朝鮮、朝鮮
民主主義人民共和国への、帰還運動のなか、第74次帰
国船に乗り、日本とは国交のない国へ帰っていきました
。京子から明姫(ミョンヒ)と朝鮮名に戻し、父親は成功
していた商売を知人にゆずって、たくさんの財産を祖国
へのおみやげにしたのでした。帰国した京子さんからは
、最初は手紙も来ていましたが、それもいつしかとだえ
てしまい、松山さんはそれまでにない孤独を感じたと書
いています。


松山さんの著書「少年Mのイムジン河」を読んで、在日
コリアンの問題を正面から扱う映画の制作を決意したプ
ロデューサーの李鳳宇(リ・ボンウ)さんは、著書「パッ
チギ!的」(2007年)のなかで、京都での青春時代を
回想し、撮影に協力した同級生たちの姿を紹介していま
す。

在日の数多くの無縁仏や、本国に墓地を作ることのでき
ない人々を弔っている万寿寺を預かる、幼馴染みの尹青
眼(ユン・セイガン)和尚に撮影協力を申し入れたとき、
「ここに眠る同胞たちの恨を晴らすような映画ができる
なら、喜んで協力します」と言われた後の「アッスも死
んだんだよ、先月」という言葉に、李さんは衝撃を受け
ます。

「アッスとは金泳貴(キム・ヨンギ)の渾名で、中学生の
同級生だった。中学を出て何度か鑑別所を行き来して、
市内でウドン屋台を引っ張っていたが、酒癖が災いして
店もダメになり、晩年は肝臓を悪くして、一人寂しく死
んで行った。数週間が経過したある日、隣人に発見され
た。アッスだけじゃない。チェガルも死んだ、ション・
チョルも死んだ、チョン・リョンギも死んだ、誰と誰が
行方不明で、誰がヤクザになって刑務所に入った、そん
な話を二人で延々としては溜め息をついた」

「アッスだって、もっと真っ当な人生を存分に謳歌した
かっただろう。報われない人生、そして思うような人生
を送れないまま死んでいった、または朝鮮に帰国して行
った同級生たちに対する哀れみと後悔で、胸が締めつけ
られる思いだった。差別なんて簡単な言葉で片づけたく
はない。彼らには勇気がなかった、となじることも違う
。京都朝鮮第一小学校を卒業した男子生徒25人のうち
、すでに7人が死亡してしまったし、4人は行方が分か
らない。この事実をどう理解すればいいのか、僕にも分
からない。今回作る映画は、彼らに対する鎮魂歌になる
べきではないだろうか。そしてこの映画を見る観客に、
彼らが生きた、そしてこの社会の片隅でいまも生きてい
る証を提示しようと、静かに心の中で誓った」

「京都での撮影は、建て前上は役所が第一優先だが、本
当は地元ヤクザの許可が不可欠であり、撮影の敷地を有
する「お寺さん」のイエスがないと何も進まない。今回
の撮影はそれに加え、朝鮮総連や冷ややかな住民も含ま
れるので、僕らは八方塞がりの中で撮影を敢行する羽目
になった。そんな難しい撮影を突破する支えとなってく
れたのは、映画にモデルとなって登場する僕の同級生た
ちだった。パク・チョンスは独自のネットワークを駆使
して地元ヤクザとの折衝を一手に引き受けてくれたし、
リン・ソジャは3日に1回の割合でメロンパンを現場に
届けてくれ、スタッフの気分を和ませてくれた。尹青眼
和尚は、暇を見つけては現場に張り付いて、当時の在日
朝鮮人の佇まいや口調、生活習慣などを事細かに指導し
てくれた。撮影が進むにつれ、同級生が親戚を連れて、
またエキストラが家族を連れ、どんどんその数が増え続
ける現象は、地元在日の人たちの関心の高さを証明して
いた。そんな状況はスタッフに煩わしさを与える反面、
八方塞がりの現場で、心強い支えになったことも確かだ


日本と韓半島との間に橋を架けようとした松山猛さんの
思いと、報われない人生を送った同級生たちへの李鳳宇
さんの鎮魂の思いが重なり、「パッチギ!」のドラマは
、私たちに引き継がれていきます。

『パッチギ!』予告編

松山猛/少年Mのイムジン河李鳳宇/パッチギ!的





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Last updated  2019.05.04 00:40:38 コメント(4) | コメントを書く


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