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いまさらですけど…アカデミー賞のノミネート作品が発表されていたんですね。(^^;)映画は音楽、本のつぎくらいにすきなんですけど昨年はMichael Winterbottomの"A Cock and Bull Story"、Pedro Almodovarの"Volver"、Anthony Minghellの"Breaking and Entering"3本しかみませんでした。まあ3本しかみていない割にはひとつもハズした映画はなかったです。"Volver"のPenelope Cruzがアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされているみたいですね。"All About My Mother"の尼さん役も良かったですけどこの映画でもいい味を出していました。彼女は英語をしゃべっているときよりスペイン語を話しているときのほうが良い役者にみえるのはわたしだけかな?10月30日のgig日記をUPしたのでもし興味があればチェックしてみてくださいね~!
February 19, 2007
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来年の1月14日に公開される映画「プライドと偏見」が気になっています。この日記にも何度か書いたことがあるんですけどわたしは文学を原作とした映画がすきです。時代の設定や舞台が原作のままでもそうでなくてもどちらもすきです。この映画以外にオースティンの"Pride & Prejudice"を原作としたものでは「ブリジットジョーンズの日記」があまりにも有名ですね。(続編ではおバカな方向にすすみすぎて原型をとどめてないですけどね。^^;)BBCのTVドラマ"Pride & Prejudice"もスゴく良かったです。字幕なしのうえあまりにもセリフが多いので途中寝てしまったりもしたんですけどね。BBCなどイギリスのTVドラマは質が高いものもけっこうあります。イギリスではビデオも出ているのでもし興味があればチェックしてみてくださいね。(オースティンとは関係ないですけど数年前にChannel4で放映されたTVドラマ「アンネ・フランク」もスゴく質が高かったです。)おなじくオースティンの"Sense & Sensibility"を原作とした「いつか晴れた日」にもすきな映画のひとつです。さて1月14日に公開される「プライドと偏見」ですけど・・・おなじ女性でありながらキーラ・ナイトレイのうつくしさにハッとさせられてしまいました。うつくしいだけじゃなくて品もあるんですよね。そういうの、あこがれです。キャストもスタッフもイギリス人が多くロケもイギリスでおこなわれたようなので期待できそうですね。ジュディ・デンチも出ているし。この日記でも何度か書いたことがあるんですけどジュディ・デンチはすきな女優さんのひとりです。けして美人ではないですけどスゴく味があります。いろいろな映画に出ているのでもしご存知なければチェックしてみてくださいね。基本的に舞台と映画を行き来している俳優さんはすきです。そんなことを言っているとお芝居がみたくなってきてしまいました。最近公私ともにスゴくバタバタして本を読んでいなかったんですけど年末年始を利用して本を読みたいなと思ってさっそくAmazonで何冊か本をオーダーしてみました。
December 21, 2005
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11月5日に公開されるダニー・ボイル監督の「ミリオンズ」が気になっています。ダニー・ボイルといえば・・・「トレイン・スポッティング」や「28日後・・・」などでよく知られていますね。「ミリオンズ」ではエンディングにFeederの"Tumble And Fall"もつかわれているのだそうです。
October 6, 2005
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今日は映画の日(1日)だったので"I Heart Huckabees"(邦題「ハッカビーズ」)をみに行ってきました。(*^-^)この映画のことはこの日記にも書いたことがあるんですけど、ロンドンでよくいっしょに映画をみに行っていた友人が「おもしろかった~!」と言っていたので気になっていたんですよね。登場人物それぞれがアクがつよくて魅力的で哲学探偵など得体の知れないものがいろいろ出てくるんですけど、知らないあいだにこの映画の世界に引き込まていました。一見おバカ映画のようでいて、無限、実存主義、虚無主義(ニヒリズム)のようなことばが何回も出てきたりして奥の深い映画でした。この映画をみて、ふだん当たり前だと思っていることをいったんぜんぶ取り払って新たにみつめるということが大切なのではないかなあと思いました。エンドロールの後に出てきた"How am I not myself ?"という問いについてまだ考えています。
October 1, 2005
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最後に「パン・タデウシュ物語」をみてフィニッシュ!のつもりだった「昨日と今日 ポーランド映画」。昨日もひとがいっぱいでギリギリ入れた感じだったので、それよりもはやめに着くようにしたんですけどぜんぜんダメでした。(;-;)さすが最終日ですね。それにこの映画はポーランド映画のなかではメジャーな作品ですし。ebay.comでDVDを落札します。(..)
September 25, 2005
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今日は友人まで引き連れて(!?)ポーランド映画をみに行ってきました。今日みた映画は「ワルシャワ」(2003年)という映画です。ここまでいろいろ書いてきたらもうお察しのことかもしれないですけどワルシャワはいろいろな意味でいまわたしがもっとも気になる(そして来年にはきっと遊びに行っているであろう)街のひとつです。この映画は冬のワルシャワを舞台に何人もの人びとの18時間の出来事を同時進行で描いた映画で、それぞれのひとはそれぞれの哀しみや空虚さを抱えているのですがそれにもかかわらずあたたかさを感じさせるような映画でした。またディテールもよかったです。たとえば主人公のひとりがクララが日本人観光客に「しあわせは日本語でなんていうの?」と聞いたとき、「フシギっていうんだよ」と答えたりするところや、雪の降りしきる大地をキリンが颯爽と歩いているところなど。この前ポーランド人と結婚した友人によりますとポーランドでは夏の後はすぐ冬がやってくるらしいです。友人は「イギリスは夏の後にちゃんと秋があるところはすき」と言ったので、わたしは「日本はもっと秋がながいよ」と言いました。そうしたら「もしかしたら日本はすきかも」と言っていました。でも、わたしはこの映画のなかの雪が降りしきるワルシャワがきらいじゃないです。なんか清々しさすら感じます。
September 24, 2005
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またまた国立近代美術館フィルムセンターにポーランド映画をみに行ってきました。(*^-^)今日はアンジェイ・ワイダ監督の「仕返し」(2002年)です。ワイダ監督の映画をみるのはこの前の「ヴィルコの娘たち」以来ふたつめです。わたし、この監督の映画、けっこうすきかもしれないです。今日は夕方からの上演だったので昼間よりは年齢層が低かったです。それにポーランド人のひとたちも何人か来ていました。「仕返し」という映画は仲のわるい大膳頭(だいぜんのかみ)と廷吏(ていり)がそれぞれの姪と息子が結婚することによって和解をするというような古典文学を題材に取った喜劇なんですけどセリフも多くテンポがはやいので小気味よかったです。また「戦場のピアニスト」などで知られているロマン・ポランスキーが俳優として出演していてしかも滑稽な人物を演じていて(声が高いのでそれが滑稽さを増していました。^^)それも興味深かったです。ちなみに彼は自身の映画「水の中のナイフ」でも青年の声を吹き返していました。
September 21, 2005
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昨日に引き続き国立近代美術館フィルムセンターで映画をみました。今日みたのはアンジェイ・ワイダ監督の「ヴィルコの娘たち」(1979年)です。友人の死にうちのめされたヴィクトルが若い頃休暇をすごした叔父の家を15年ぶりに訪ねるというようなはなしです。叔父の家の近くには6人の娘がいるのですがちょうど夏の休暇だったので亡くなったフェラ以外の全員が集まっていました。戦後の喪失感を描いた映画は古今東西いくつもありますけど、ヴィクトルもまた戦争(この映画の場合は第1次大戦です。)を境にしてすっかり生気がなくしてしまいました。わたしはいろいろな性質をもった何人もの女性を描いた映画がすきなんですけどこの映画もそういう点でおもしろかったです。なかでも、末娘トゥーニャは少女から大人になったばかりの女性の繊細さをうまく著していたと思います。哲学に傾倒し、愛に情熱的で。また、修道院の子供たちにしてもヴィルコの娘たちの子供たちにしても子供たちはひたすら無邪気なものとして描かれていました。子供・青年・老人の対比がうまく描かれている映画だと思いました。
September 17, 2005
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水曜日に引き続き、国立近代美術館フィルムセンターに映画をみに行ってきました。(*^-^)今日みた映画は「水の中のナイフ」(1962年)です。この映画はロマン・ポランスキ監督の映画なので、おなじ平日の昼間でも水曜日よりは若いひとたちも来ていました。いつものように休暇をすごすために湖に向かっていた夫婦がヒッチハイクをしていた青年を拾い、自分たちのヨットに伴っていくはなしです。青年は青年というよりはまるで子供のような無邪気さでした。青年に対して対抗心を燃やす夫、青年をまるで母のような気持ちで見守りながらもひそかに惹かれる妻。青年の存在はしあわせながらもマンネリ化した夫婦の関係を変化させる役割となったようです。青年がヨットのロープにつかまって水面で足を動かし「歩いている!」と言っているところや、嵐が来てヨットのなかで雨やどりをしているときにやった箸取りゲームなど、ディテールも良かったです。
September 16, 2005
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いま東京国立近代美術館フィルムセンターで「ポーランド映画 昨日と今日」という催しがおこなわれています。新(1999年~2004年)旧(1954年~1979年)それぞれ6つの映画が上映されるというものなんですけど、今日は「エヴァは眠りたい」(原題"Ewa chce spac" 1957年)をみに行ってきました。主人公の少女エヴァは翌日から入学する学校の寮に泊めてもらえず、夜をさまよい歩いているうちにいろいろな変わった人びとに出会っていくというような感じのはなしなんですけど、ユーモアにあふれていて何度も笑ってしまいました。観客の年齢層が高かったためかおもしろいところでは笑っているひともけっこういて古き良き映画館を思わせるような良い雰囲気でした。ぜんぜん関係ないですけどいまサン・テグジュペリの「夜間飛行」を読んでいます。そこには夜のもつ神秘性とかが描かれていてそれとはちょっと種類がちがいますけど、この「エヴァは眠りたい」でも夜のもつ不思議さがうまく表現されているなあと思いました。それにしても昔の女優さんって品があってきれいだなあと思いました。現代にもきれいな女優さんはたくさんいますけど、昔の女優さんみたいな種類のきれいな女優さんはあんまりいないような気がします。なんかうまく言えないんですけどね。
September 14, 2005
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映画館に行くとき秘かに楽しみにしているのが予告編とチラシです。(*^-^)当たり前かもしれないですけど、これらをみてつぎはなにをみるかというということを決めることも多いです。とくにチラシはイギリスの映画館ではそんな手の込んだものはなかったので日本に帰国するときの楽しみのひとつでした。(ちなみにイギリスの映画館ではパンフレットもないです。イギリスでパンフレットがあるのはお芝居くらいかな。)そんなわけで今日映画をみに行っていちばん気になった映画は「理想の女(ひと)」です。この映画はオスカー・ワイルドの「サロメ・ウインダミア卿婦人の扇」の時代と舞台を変えた映画だそうです。文学作品をもとにした映画はそのままの時代と舞台設定でもそれらを変えたものでもすきです。まあ、それがうまく行っている例とそうではないものがありますけどね。そういった文学をもとした映画のなかでは個人的にはおなじくオスカー・ワイルドの"An Idean Husband"をもとにした「理想の結婚」、ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」ともとにした「めぐりあう時間たち」などはすきです。ほかにもいろいろありそうですけどすぐには思い出せません。こういった文学をもとにした映画は個人的にはお芝居とも通じるところがあるのではないかなあと思います。文学を読む楽しみと映画(お芝居)をみる楽しみ、楽しみが2倍(いや、それ以上かな。)あるところがうれしいです。(*^-^)「理想の女」が気になるのはそういう理由からとスカーレット・ヨハンソンが出ているからです。
August 10, 2005
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今日は「ヴェラ・ドレイク」をみに行ってきました。(*^-^)この映画のことは友人から聞いていて公開前から「みたい!」と思っていたんですけどみに行くのがこんなに遅くなってしまいました。(^^;)この映画をみて家族っていうのはどんなにツラいことがあっても受け止めることのできるひとなんだなあと思いました。ヴェラが逮捕されて息子が彼女のことを罵ってもヴェラのことを信じつづけ"No!"と言いつづけた夫。それからヴェラの娘の婚約者の「いままでいちばん最高のクリスマスだ」ということば。それとは対照的な夫の弟の妻の「あのひと(ヴェラ)は自分勝手なひとね」ということば。(映画をみているとだれが自分勝手なのかは明白です。^^;)血がつながっていてもいなくてもどんなツラい状況でも受け止められるのがほんとうの家族なんだなあと思いました。この映画をみて晴佐久昌英さんというカトリック神父さんが書いた「星言葉」という本(わたしはカトリックではないんですけどカトリックの母がこの本を紹介してくれました。^^)のなかのこんなことばを思い出しました。「家族とは、その人がどういう状態になろうとも関係を持ち続ける人たちの集いとはいえるのではないか。その人が病気になろうがボケようが、犯罪を犯そうが精神を病もうが、要するにその人とかかわることがどんなに面倒で疲れることになろうとも、共にあろうとする人たち。家族とはそういう集いなのではないか。」主演のイメルダ・スタウントンはけっして美人ではないですけどスゴくいい顔をしていました。わたしもこういうふうに歳を重ねたいです。彼女とかジュディ・デンチとかこういう世代の俳優さんもいいなあと思います。ヴェラの息子のロンドンなまりの英語も聞いていてなつかしかったです。あっ、どうでもいいですけどこの映画館で上映されているアンパンマングッズも売られていてかなりほしかったです。(*^-^)いま、アンパンマンがマイブーム(死語?)なんですよね。やなせたかしさんが(写真をみると、かなりうさんくさそうなオッサンでちょっとショックを受けました。^^;↑失礼ですね。すみません。m(_ _)m)四国(正確には高知県)の出身ということでJR四国ではアンパンマン列車が走っているんですよね~♪
August 10, 2005
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日本でもようやく今月20日に"I Love Huckabees"(邦題「ハッカビーズ」)が公開されるようです。(*^-^)ほんと日本って大作以外は公開が遅いですよね。(-_-;)東京では恵比寿ガーデンシネマや新宿武蔵野館などでみれるそうです。友人によりますと・・・この映画はスゴく変わっているので批評家の評価はわるかったようですけど、友人は「こういう変わっていて、おもしろい映画はすき」と言っていました。この友人とは映画の趣味が合うのでみてみたいです。ジュード・ロウってこういうコメディもやるんですね。ふむふむ。(..)イギリスに行くときにも飛行機でおもしろい映画をえらべるといいなあ♪
August 9, 2005
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この日記を書いているのは6日ですけど日記の内容は5日のことです。---「ロングエンゲージメント」のDVDが今日発売だったので、帰りにレンタルビデオ屋で借りてきました。あっ、でもレンタルは昨日からだったようです。(^^;)この映画はご存知「アメリ」のジャン・ジャック・ジュネ監督+オドレイ・トトゥの映画です。(ほかにも「アメリ」でおなじみの俳優さんがいろいろ出ていました。)実は・・・公開される前から「劇場でみよう」と思っていたんですけどいつのまにか終わってたんですよね。(-_-;)DVDでは全編にわたって(なんと本編とおなじくらいの長さもありました!)ジャン・ジャック・ジュネ監督の解説がついていたのもおもしろかったです。(*^-^)その解説を聞いていると・・・解説のなかで監督も言うとおり映画は「マジック」であり「遊び」(わるい意味ではなく良い意味で、です。^^)でもあるなあと思いました。それから監督が映画だけではなくて文学や美術などにも造詣があるのがうかがえました。でもこの解説のなかでもっとも印象的だったのは「映画はこころで感じ、それから頭で考えるもの」と監督が言っていたことです。わたしはつねづね芸術はそういうふうに感じたいと思っています。とかく映画やCDのレビューと言うと多くのひとが評論家じみたことを書いたりしがちですけど、(これは自分自身の戒めをふくめて、です。)わたしは自分のことばで感想を書きたいなあと思います。なんかうまく言えないですけどね。(..)わたしは映画や作家や画家そのものにも興味ありますけど、裏側やバックグラウンドに興味があるのでこの解説は興味深かったです。探偵さんの役をやっていた俳優さんは自分の役柄を演じ、映画ができあがるまでに病気で亡くなってしまったそうなんですけど、それをみじんも感じさせませんでした。いままでにも映画が終わってすぐ亡くなった俳優さんが出演する映画を何回かみたことあるんですけどもしかしたら最後にそれを演じることで生き抜いたという感じなのかもしれないですね。あっ、本編のことについてぜんぜん触れていなかったですね。(-_-;)たとえば主人公のマチルドが気持ちを落ち着けたいときにチューバを吹いたりするところが、アメリが気持ちを落ち着けたいときに川の水を切ったりするのを思わせてこの映画もディテイルがすきでした。オドレイ・トトゥをはじめほかの俳優さんもいい味を出していたのでまたしばらくしてからもう1度みたいなあと思います。
August 5, 2005
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今夜はすこし前にも日記に書いた、恵比寿ガーデンプレイスでおこなわれているスターライトシネマというイベントに行ってきました。(*^-^)このイベントは恵比寿ガーデンプレイス内の屋外で映画を上映するというもので、わたしのお気に入りのイベントのひとつです。ふだん恵比寿ではおもにリキッドルーム(またはお気に入りのアイリッシュパブ)に行くために東口に出ることが多いんですけど、西口のほうは新鮮でした。昨年の夏は日本にいなかったのでこのスターライトシネマに行くのは2年ぶりです。そのときも今夜とおなじ友人といっしょにみました。そのとき上映されていたのは「ニューシネマパラダイス」でした。ちなみに今夜は「アメリ」が上映されました。このHPの「プロフィール」にも書いていますけど「ニューシネマパラダイス」も「アメリ」もわたしのすきな映画のひとつです。何回みても飽きないです。「アメリ」に関しては「アメリのしあわせアルバム」というのももっています。今回「アメリ」をみて一見なんでもない日常でもちょっと見方を変えると劇的になるんだなあと思いました。「ロング・エンゲージメント」もみたくなりました。もうすぐビデオが出るようなので楽しみ♪です。今夜は割と涼しくて良い風が吹いていたりして夏の夕べを満喫しました。(*^-^)---やっと仕事が終わったかと思ったらまた新しい仕事が入ってきてしまいました。(^^;)しかも今回はけっこう量が多いです。イギリスに行く前は本腰入れてお仕事がんばらなきゃ!です。
July 29, 2005
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今年もやるみたいです!(*^-^)恵比寿ガーデンプレイスの屋外で映画を上映する、スターライトシネマ。実はこのイベントは日本に帰国するときの楽しみのひとつでもありました。屋外でなにかするのはわくわくします。フェスとか。個人的には意外に映画も屋外に合うと思うんですよね。それから夏の夜もすきです。個人的には夜がいちばん楽しい季節だなあと思います。とくにイギリスとかみたいに夜の9時とか10時くらいまで明るい国ならなおさらです。屋外で飲みたくなってしまいます。さて、今年のスターライトシネマのラインナップをチェックしてみると・・・だいたいみたことがある映画ばかりなんですけど「アメリ」、「初恋の来た道」、「ショコラ」あたりはまたみたいなあという感じです。このイベント、数年前に較べて期間が短縮されたみたいです。(-_-;)わたしはすきなんですけど一般的にはあんまりはやらないのかなあ。(..)---「アメリ」と言えば・・・数か月前に公開されたオドレイ・トトゥ主演映画"A Very Long Engagement"(邦題「ロング・エンゲージメント」)がいつのまにか終わっていました。(-_-;)イギリスではどの映画も割と長い期間上映されているんですけど、日本ではよっぽど人気のある映画以外は終わるのがはやい気がします。だからみたい映画を見逃すことも多いです。"A Very Long Engagement"はもうすぐDVDが出るみたいなのでそれをみるしかないです。(-_-;)
July 13, 2005
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この日記を書いているのは23日ですけど内容は22日のことです。---今夜はひさしぶりに映画をみに行ってきました。みた映画は"9 songs" (2004年/イギリス)です。BRMC、Elbow、Franz Ferdinand、The Dandy Warhols、The Von Bondies、Super Furry Animals、Primal Screamなどの曲をふくむ9つの歌をテーマにしたマイケル・ウィンターボトム監督の映画と聞けばみられずにはいられませんでした。映画のなかでは上に挙げたバンドのgigのシーンが出てくるんですけど、この映画のなかではgigはわくわくするものというよりは主人公のふたりの背景にすぎないという感じでした。それでもロックのgigのシーンが出てくる映画はめったにないのでそれだけでわたしにとってはスゴいことなんですけどね。gigのシーンの撮影はほとんどBrixton Academyでおこなわれたようです。このVenueにはよく行っていたので懐かしかったです。でもふたりが出会う場所としてはもっとちいさなVenueのほうがすてきかなあと思いましたけどね。この映画のなかには上に挙げたバンドの曲以外にマイケル・ナイマンの曲もつかわれていたんですけどあいかわらずうつくしかったです。この映画はストーリーとか中身とか言うよりも雰囲気を愉しむ映画だなあと思いました。この監督はそういう感じの映画をつくるひとなのかもしれないです。「ひかりのまち」もそうだったし。でも"9 songs"は性的描写も多いし好き・嫌いはハッキリ分かれると思います。「映画生活」でもかなり酷評しているひともいましたし。エピソードのなかではリサがマットに南極大陸の写真集を送ったというエピソードが印象的でした。何年か後には溶けてなくなってしまう南極大陸といつまでもつづくわけではない恋と通じるものがあるなあと思いました。この映画をみて気がよわいけれどやさしいイギリス人の男の子のことを思い出しました。あと映画の本筋とは関係ないですけど歌の歌詞が日本語に訳されているのが逆に新鮮でした。ふだん英語で聴いているので英語だとすぅ~っと入ってくるんですけど日本語の文字をみながら聴いているとなんかヘンな感じでした。(-_-;)
June 22, 2005
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ゆうべ妹と晩ごはんを食べに行った、その帰りにいっしょにレンタルビデオ屋に寄ったのですがあまりにもひさしぶりだったので新鮮でした。(..)なぜって・・・わたしがついこのあいだ(・・・と言ってもロンドンにいたときだからけっこう前ですけど。^^;)映画館でみた映画がたいていビデオになっていたから。以前は(ロンドンに行く前です。^^)毎週3本ずつくらいのハイペースでみていたのですがいまは、うちにテレビがないんですよね。(-_-;)でも考えてみれば・・・PCがあるからDVDはみれるんですよね。それでも借りないのは最寄り駅の近くにあるレンタルビデオ屋の品揃えがわるいうえに高いからだと思います。(..)だから以前ハイペースでビデオを借りていたときもわざわざ電車に乗ってとなりの駅のレンタルビデオ屋まで行っていました。(^^;)あっ、そういえば・・・レンタルビデオ屋が高いのはロンドンのほうが上を行っていたなあ。日本ではもっていないくせにロンドンではテレビもビデオももっていたのです。(前にもすこし書いたけれどイギリスはテレビがおもしろいんですよね。音楽や映画関係の授賞式などもたいてい放映しているし音楽番組もおもしろいしおもしろい映画をよく放映しているからです。^^)でも映画館は日本より安いところも多かったです。(..)とくに学生にとっては。なんかいろいろ書きましたけど映画みたいなあ♪・・・ってこの前から書いていますね。(^^;)そう言いながらみないのはいまは映画より本に夢中だからかもしれません。「レ・ミゼラブル」ようやく3巻めに到達しました。(*^-^*)
March 8, 2005
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うわぁ~~~ん。(>_
February 26, 2005
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今夜は、ある友人とひさしぶりに会う予定。なんかこの友人とももう8年くらいのつきあいになるのかと思ったらちょっとしみじみしてしまった。---今日Scissor SistersとAshのチケット、一般発売でゲットしました。・・・っていうかHOTSのチケットはプレオーダーにしたのに一般発売で買ったScissor SistersやAshより整理番号わるいんだろう(;-;)---ロンドンのBasement Clubは今月も豪華です。Komakinoも出るし。KomakinoはHOTSのサポートを何回もやっているバンドなのだけれどまだ1回もみたことがないのでかなりみたいです。---今夜はある友人と会いました。約1年ぶりかなあ。映画館でチラシをいただいてきたのですがすごいですね。こんなものをひとつひとつの映画につくってるなんて。キメが細かすぎる。ひさしぶりに映画のチラシというものをみたのでついつい夢中になってしまってそのあいだ、友人の存在を忘れてました。大量のチラシをみているとまた映画がみたくなりました。ここ2か月近く映画をみていないのです。そうそう今日立ち寄った映画館では映画の登場人物のグッズまで売られていてビックリしました。日本ってつくづく消費社会だなあ、なんて思いました。なんか売られているものが多すぎてなにがほんとうに必要なのか見失いそうになる、わたしは。ほんとうにどうしても必要なものなんてそんなにたくさんはないんじゃないかなあとも思う。わたしはGIGとCDとビールとタバコだけあればそれで充分かなあ。ひとまずのところ。あと、ほんのすこしの余分なもの、と。それだけあれば、人生充分幸福に思える。・・・なんて言ったら単純すぎるかしら。
November 13, 2004
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今夜はエドワード・サイードのラストインタビューのドキュメンタリーの映画をみに行ってきた。ICAの映画館はとてもちいさくてぜんぶで50席しかない。わたしが着いたときにはすでにソールドアウトになっていたのだけれどキャンセル待ちをしていたら幸運にもみることができた。このインタビューは彼が亡くなる1年前の2002年におこなわれた。その頃、彼はかかりつけの医者に休養を取るように言われていたようだ。でもそれを拒否していた。まだやるべきことがたくさん残されている、と。彼はこうも言う。「私は多くのものはもっていない。家もないし、車もない。服とペンとパイプがすきなのでそれがいくらかと何千冊もの本があるだけだ。」と。本に関してはどの本が何段目の右から何番目というように正確に言い当てることができるという。彼をみていたらひとはまわりの「物」をすべて取り払ったときそのひとのなかに何が残るかということが大切なのではないかと思った。これはうちの母にも言われたこともあるし「モンテクリスト伯」でシャトー・ディフのなかで神父がエドモンにも言っていたことなのだけれどまさに「知恵は財産で、ひとに奪われることはないものなのだ」と改めて思った。こんなことあんまり思わないのだけれどエドワード・サイードはまさにgeniusだと思った。文学や文化を学ぶ者にとって彼の著作は避けては通れないものだ。彼は何十年ものあいだ教育に身を捧げてきた。「オリエンタリズム」や「文化と帝国主義」では知と権力の関係について説こうとした。とくに「オリエンタリズム」では植民地インドを舞台にした「キム」、植民地ヴェトナムを舞台にしたグレアム・グリーンの"Quiet American"などを例に挙げている。14歳のとき哲学に没頭しキルケゴールに傾倒する。1951年15歳のとき家族とともにアメリカへ移住する。彼はイロイロな一面をもつけれど音楽家としての一面もあることを今日この映画をみて初めて知った。彼は幼い頃にエジプトに住んでいてそのとき年に1度の割合でイタリアのオペラがやってきていたのだそうだ。ごくまれにロッシーニのオペラをやっていることもあったらしい。
July 19, 2004
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今日はシャーリーズ・セロン主演の"Monster"をみに行く予定デス。この映画は全米初の連続女性殺人犯アイリン・ウォーノスについて描いた映画デス。ロードショーしてたときに見逃してしまったのだけれどいまリヴァイヴァル上映をやっているようなので。---8月27~29日のReading Festivalのチケット、落札したので行くことにしました~☆ワーイ!(*^▽^*)定価よりはだいぶ高いけれど、フジロックよりは安いからまっいいかって感じデス。(^▽^;)---ずっと探してたモロッコのミントティーがCovent GardenにあるThe Tea Houseっていう世界各国のお茶を売っているお茶屋さんで見つかりました。ワーイ!(*^▽^*)ミントティーはちょっと癖があるけれど癖になるんだよね~。モロッコ料理にもよく合う。モロッコではこれに砂糖をたっぷり入れるそうデス。(^▽^;)---今日は帰国するときの航空券の支払いをしてきた。eチケットなので当日カウンターでバウチャーを見せるようだ。---今日はLeicester SquareにあるPrince Charles Cinemaに"Monster"(2003年/米)をみに行ってきた。この映画館がある辺りはWEST ENDと呼ばれているエリアで今日も観光客の人びとが劇場のチケットを安く売っているお店の前で行列をつくっていた。さてこの映画館はすこし前にロードショーが終わった映画や旧作を上映している映画館デス。会員なら£1.5~3(約¥300~600)、非会員でも£3~4(約¥600~800)でみられるお得な映画館デス。"Monster"でアイリーンを演じるに当たってシャーリーズ・セロンは13.5キロも増量したようである。うつくしいシャーリーズは見る影もない。その体当たりの演技が評価されてか今年度のアカデミー賞の主演女優賞を獲った。全米初の連続女性殺人犯アイリーン・ウォーノスについて描いたものではこの映画よりすこし前にChannel4でやっていたドキュメンタリーのほうが丁寧に描いているような気がした。そのドキュメンタリーは幼い頃に母に捨てられそんな彼女を引き取った祖父に虐待を受け13歳のときに実の兄の子供を宿し(その子供は養子にやったようである。)その末ハイウェイ娼婦になったといういきさつを描いており、死刑が執行される当日(2002年の9月か10月だったかな。)までのアイリーンの行動を追っていた。アイリーンは初めは自分の身を守るため殺人を犯してしまったのだけれど、セルビー(この役はクリスティーナ・リッチが演じている。)を引き止めておくためお金ほしさにつぎつぎと殺人を犯していってしまう。「いままでに1回もこんなこと(女のひとを買ったこと)したことないんだ。」と言ってぶるぶる震えながらパンツを下ろすひとや、彼女を買うためではなく「どこかでゆっくり休んだほうがいい」と気遣って車に乗せてくれ財布も渡して「娘にもうすぐ子供が生まれるんだ。たのむから殺さないでくれ。」と命乞いをするひとたちまで撃ってしまうのをみているのはこころが痛い。あまりにも不器用であまりにも分別がなかったために自分をコントロールできなかったのかもしれない。この映画ではアイリーンがつぎつぎと殺人を犯していくうえでの心理描写も不十分な気がした。この映画は期待していたぶんちょっとガッカリしたな。ちなみにこの映画は日本では年末頃に公開されるようである。
July 12, 2004
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今晩はLeicester SquareにあるPrince Charles Cinemaに"The Football Factory"(2004年/英)をみに行ってきた。この映画館は少し前に公開が終わった映画を中心に上映していて非会員でも£3~4(約¥600~800)と割安だ。(会員なら£1.5~3。すなわち約¥300~600。)この映画館に来るのは以前、黒澤監督の「生きる」をみに来たとき以来だ。"The Football Factory"はフーリガン・カルチャーを描いた映画。原作はJohn Kingの同名の小説。わたしはイギリスのサッカー事情(イギリスだけじゃないけど^^;)がぜんぜんわかんないからサッカー詳しいひとのほうが楽しめる映画かも。この映画は「サントラがすばらしいらしい」というのでみに行ってきた。ほんとにスゴかった!!ざっとあげるとThe Libertines、Primal Scream、The Rapture、The Streets、The Boxer Rebellion、Razorlight、Buzzcocksなどなど。まさに捨て曲ナシだ。お気に入りバンドThe Boxer Rebellionの"Watermelon"が映画のなかのどこでつかわれてるのかも気になってたんだけど結局わからずじまい。(>_
June 29, 2004
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(少々ネタバレありなのでご注意ください。)今日も凝りもせずRenoirに映画をみに行ってきた。今日みたのは"Bad Education"("La Mala Educacion")。もともと気になっていたんだけど昨日"Uzak"("The Distance)をみに行ったときに予告編をみてみたいっていう気持ちが俄然高まったのだ。監督は"All About My Mother"(「オール アバウト マイ マザー」)のペドロ・アルモドバル監督。ちなみにわたしはラテン系の監督の映画がけっこうすきだ。たとえば「フリーダ」。(↑これはメキシコ。)たとえば「リトルプリンセス」。(↑これもメキシコ。)ラテン系と言っても・・・スペイン語圏(スペインやメキシコ)とイタリアではかなりちがうと思う。(フランスは言うまでもなくね。)イタリア人監督の映画もすきだけどね。「ニュー シネマ パラダイス」、「海の上のピアニスト」、「イル ポスティーノ」、「ライフ イズ ビューティフル」などなど。割とメジャーなものしかみたことないけど。スペイン語の響きはちょっとフランス語にも似ていると思った。すくなくともイタリア語よりは、ね。イメージ的に。(イタリア語がわかるひとはスペイン語もだいたいわかると言うけどね。タイ語がわかるひとがカンボジア語やラオス語もだいたいわかるっていうのとおなじようにね。感覚的には。)フランス語がわかればイタリア語やスペイン語もすこしはわかるらしいというのがわたしがフランス語を勉強したいというゆえんだ。カバーする言語が増えれば世界もぐんと広がっていくかもしれない。さて"Bad Education"。最初出演者やスタッフの名前が流れるところやイグナチオの部屋(かなりサイケ。)などはかなりスタイリッシュ。わたしはスペインはファッションの中心地のひとつだと思っている。「カンペール」などもスペインだし。それから女性が女性らしい国だと思っている。それはイタリアなどでも感じたことだけどね。たとえばイギリスなどは男勝りな女性がかなり多いと思うけど。女性が女性らしいからスペインに対して性的なイメージを感じるのかもしれない。そしてイグナチオという名前からしても宗教的なものを感じる。イギリスより遥かに宗教色が強いであろう国、スペイン。主演のメキシコ人俳優ガエル・ガルシア・ベルナルはとても魅力的。泣きそうな顔。眼鏡も・・・そして女装もよく似合う。この映画はふたりのおさなじみの少年のことを描いた話なんだけど、おさなじみの少年のうちのひとりイグナチオ、そして彼の弟ホアンはとてもセクシー。それゆえ周りの人びとは彼らの美貌に運命を狂わせられていく。運命を狂わせる美貌って確かにあると思う。ちょっとちがうけどたとえば古代中国やヴェトナムでも何人もの美女がときの王を破滅に向かわせたりしてきた。そして少年はセクシーだ。ある時点での少年は女性よりうつくしいことさえもあると言ってもいいだろう。またすこし(?)話がズレるけど、少年のうつくしさが原因で少年を巡る買売春が社会問題になっていた時代が日本にもあった。江戸時代の日本では多くの少年が歌舞伎を演じていてそれは買売春ともコネクトしていた。さて"Bad Education"に戻るけど話の筋も二転、三転して一筋縄ではいかない感じ。敬虔なキリスト教徒たちの国での性に対するタブー。ホモセクシュアリティ。神に従事する者に対する不信。そして神に対する思い。とてもむずかしいテーマを魅力的に描いていると思う。できればもう1回みたいなあと思う。わたしは英語を読むのが遅いのでところどころ字幕に追いつかないところがあったので。昨日みた"Uzak"とは対照的にこの映画はセリフが多いのだ。そして字幕に関して思ったこと。非英語圏の映画が日本に配給されるときは英語に訳されたものをさらに日本語に訳すのだろうか。それなら村上春樹の小説の英語版をさらにポーランド語に訳して出版するポーランドの出版社もあながち責められない気がする。それにしてもガエル・ガルシア・ベルナルはほんとうに魅力的。なんかまだ(・・・っていうのはこれからのことはだれにもわからないので)みんなが騒いでいないところもいい。なんかみんなが騒いでると安っぽく思ってしまう。たとえばわたしはジョニー・デップもちょっとすきなんだけどわたしのフラットメイトなんかも騒いでいるのをみるとこころからうんざりする。それにしても・・・今日はひさしぶりにこころを動かされる映画をみたと感じた。こういう問題作とも呼べるような映画をおじいちゃんやおばあちゃんがみに来ていておもしろいところでは笑ってたりするのはなんとも微笑ましい。---この映画の予告編でやっていた"The Return"もみたいなあと思った。わたしは「賞がすべて」だなんてちっとも思わないけどこの作品は2003年度のヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞受賞作なのだそうだ。マイケル・ナイマンを思わせるような叙情的な音楽。そして少年たち。男性が少年のうちのひとりを「イワン!」と読んでいたからおそらくロシア映画だと思う。ロシア映画もちょっと気になる今日この頃。この映画は今月26日公開、とのこと。
June 3, 2004
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9/5(ネタバレあり。)テレビで放映していた「セブン・イヤーズ・イン・チベット」("Seven Years in Tibet"97年/米)をみる。オーストリアの登山家ハインリヒ・ハラーとダライ・ラマの交流を描いた映画。わたしは登山家や冒険家のひとたちがなぜ登山や冒険に駆られるのかよくわからなかった。この映画のなかでブラッド・ピット扮するハインリヒはその理由を「登山をしていると大いなる自然の存在を感じることができる」と若きダライ・ラマに語っていた。ひとが自然と1対1で向き合うときいったいどんな気持ちなのだろう。ふつうに生活していると自然の偉大さや自然への畏怖を感じることはごく稀だと思う。ハインリヒは妻を置いてヒマラヤへ登山に向かうけれどそれはけっして妻を愛してなかったからではないと思う。だからこそ妻からインドの捕虜収容所にいるハインリヒへ離婚届が届いたとき嘆き悲しむ。離婚した妻は彼の子供を産んだ。妻とは別れても親と子の関係はつづく。ハインリヒは息子に手紙を送るが息子から「あなたは僕のお父さんじゃない。もう手紙を送らないでください。」という手紙を受け取り再び打ちのめされる。そんななかダライ・ラマと出遭う。彼に世界のことを語るハインリヒは彼のことを息子のように思っているようにみえた。最後のほうでオーストリアに戻ったハインリヒが彼に会いたくないという息子の部屋にチベットを去るときにダライ・ラマから贈られたオルゴールを開いて置いていく。そしてドアの陰から息子がオルゴールに興じるさまを見つめるハインリヒのすがたはせつない。結局ラストでは息子といっしょに登山するまでになるのだけれど。この映画の描いている時代はチベットにとってまさに苦難の時代の幕開けだった。---10/5今日は久しぶりにChelsea方面に行ってきた。気分転換だ。行きは地下鉄で行ったのだけれど帰りはバスで帰ることした。今日は久しぶりにお天気がよかったのでなにもこんな日に地下にもぐることもないかなあと思ったのだ。というわけで久しぶりに19番のバスに乗った。実はわたしは前に1か月だけChelsea方面に住んでいたことがあるのだけれど(South Kensington駅とSloane Square駅のちょうどあいだくらいのところにあるキプロス人家庭にベッドシットをしていたのだ。親切なひとたちでときどきごはんをごちそうしてくれたりわたしが引っ越すときは荷物もろとも---すごい量の荷物だったにもかかわらず---寮まで車で送ってくれたりした。)そのときは大学に向かうときにときどき19番のバスに乗っていた。19番はKings RoadからSloane Sqaure~Knightsbridge(この通りには高級ブランドショップが軒を並べる。わたしは高級ブランドにはあんまり興味がない---ブランドショップに置かれているものを買うという発想はわたしにはない。でもディスプレイの仕方や服をみるのはちょっとおもしろいと思う。---のだけれど日本のブランドショップよりこちらのそれのほうが入りやすい雰囲気があるのはなぜだろう。入り口にものものしいガードマンがいるにもかかわらず。)そしてGreen Parkを通りさらにPiccadilly Circus(とてもにぎやか。前はかなり苦手だった。いまはべつにどっちでもいいという感じ。)Charing Cross Road(ピカデリーからこの通りまでのあいだには劇場も多い。)を通ってAngelに向かう。それから先はどこに行くのかわからない。本を読む手を止めてついつい街並みを眺めてしまう。あたりまえかもしれないけれど歩くときにみる街並みとバスから眺めるそれは明らかにちがう。歩いていると通りのわきの建物ばかりを見ているわけにはいかない。(カニ歩きをしないかぎりムリだ。)そしてわたしはバスからの眺めがけっこうすきだ。とくに晴れの日は。街の人びともウキウキしてみえる。そして旧式のバスはとっても便利。ドアがないからバスが止まっているときならどこからでも乗れる。ビルマ(ミャンマー)のバスもそうだったなあ。Chelseaのあたりは高級エリアとして知られているけれどただ単にお金持ちが集まる場所ではなくてあのゆったりした感じがいい。お金持ちがすべてゆったりしているとは言わないけれどゆったりとしているためにはやっぱりある程度の稼ぎは必要なんだなあと思う。だって明日の食べ物の心配をしないといけないような生活ならゆったりとしてはいられないと思うもの。ChelseaとはちがってOxford StとかPiccadilly Circusはとてもにぎやかでなんか急かされている感じがする。わたしはいつもゆったりと、こころ静かにいたいなあと思うのだ。
May 10, 2004
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テレビで放映していた「パール・ハーバー」("Pearl Harbor" 01年/米)をみる。最初にお断りしておきます。今日の日記はちょっと感情的かもしれません。m(_ _)mなんでこのタイミングでこの映画を(しかも国営放送で)テレビで放映するのかよくわからないけれど。この映画が上映される前にはアメリカで日系人の人びとがデモを起こしたらしい。それからいまでもはっきりと憶えているけれどこの映画が日本で公開されたときテレビCMで「タイタニックより感動しました」っていう女の子がいた。宣伝のためにヤラセなのかもしれないけれどこの映画と「タイタニック」を比較するってどういうことなんだろう。どちらも大作っていうこと以外なんのつながりもないように思えるけれど。真珠湾攻撃の「真実」を知っていれば「感動」はしないと思う。無知は罪なことだと思う。それは自分自身への戒めを含めて。真珠湾攻撃はアメリカが初めて大きな被害をこうむった事件とアメリカ側は言うけれど。真珠湾攻撃はアメリカが煽った末の事件という。そうしたら原爆はどうなんだろう。いまでも被爆で苦しんでいるひとがいるというのに。(遺伝的な被爆も含めて。)わたしは右寄りのひとでもなんでもない。でもアメリカ人はこの映画を含めて愛国心を全面に押し出せるけれど日本人にはそれはできない。敗戦後、日本人は進駐軍によって愛国心をなくされ骨抜きにされてしまった。でも日本以外の国で愛国心をもっていない国のひとっているのだろうか。映画の話に戻るけれどラストでベン・アフレック扮するレイフが自分の息子に東京空襲のとき戦死した親友の名前をつけているところがクサかった。わたし、クサい話苦手なのよね(>_
May 3, 2004
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テレビで放映していた「スリーピー・ホロウ」("Sleepy Hollow"99年/米)をみる。この映画は公開されていた頃にみて以来である。実はわたしはホラー映画が大の苦手である。とくにゴシックホラーはヨーロッパに暮らしているとリアリティがありすぎる。この映画のなかでジョニー・デップ扮する下級巡査イカボッドの"Truth's not always apparnt."ということばが印象的だった。彼は表に鳥が、裏に鳥かごが描かれた丸い紙の両端につけられたひもを大地主の娘カトリーヌにくるくると回してみせる。すると鳥は鳥かごのなかにいるようにみえる。彼はその鳥かごのなかの鳥のようにこの事件の場合も「目に見えているものが真実とはかぎらない」というのだ。その鳥かごのなかの鳥の遊びは彼の母親が彼が子供の頃寝る前にしてみせてくれた遊びだった。その母親は自身の夫によって殺人犯に仕立てられ処刑されてしまう。それが彼が下級巡査になるきっかけのひとつだったのだろう。ティム・バートン監督のゴシック・ロマン(この映画の場合はホラーだけれど)はこの映画と言い「シザーハンズ」(この映画もすき。)と言いよく雰囲気が出ている。そしてジョニー・デップもゴシック・ロマンにハマり役だと思う。それからジョニー・デップ+クリスティーナ・リッチ コンビは「耳に残るは君の歌声」(↑このタイトルはすてきだなと思う。)のときもよかった。久しぶりにジョニー・デップの出ている映画がみたくなった。大作はあまりすきではないから「パイレーツ オブ カリビアン」は未だに(ビデオでも)みる気がしないのだけれどいま公開されている"Secret Window"はみてみたいと思う。
May 2, 2004
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テレビで放映していた「スライディング・ドア」("Sliding Doors" 英米合作/98年)をみる。ロンドンを舞台に地下鉄に滑り込んで乗れた場合と乗れなかった場合を描いた話。実はこの映画は、もう何年も前に東京で公開初日にみに行った。そしてがっかりしたのを憶えている。あれから5年半くらいになるのかな。今晩テレビでみてこの映画に対する思いが初めてみたときとすっかり変わっているのに気づく。しかもいい方向に。(こういうことはときどきある。ほかの映画の場合でも。)この映画は電車に乗れた場合と乗れなかった場合と同時に進行していく。どちらも現実と取ることもできるけれど、電車に乗れなかった場合は現実で乗れなかった場合は現実ではないというふうにもみえる。電車に乗れた場合のヘレンと乗れなかった場合のヘレンはそれぞれべつべつの道を歩んでいく。そして乗れた場合のヘレンの死によって(ここで死んでしまうあたりが電車に乗れた場合のヘレンは想像の産物だったのかもしれないなと思うのだ)、ふたりのヘレンは最後には収束されていく。「もしあのときこうしていれば・・・」っていうのを考えたことがあるひとは、すくなくないだろう。すこし前にこちらでも、それをテーマにしたシリーズをテレビでやっていた。(もう終わったのかなあ?テレビ欄に載ってなかったような。)この映画はサウンドトラックがすばらしいと思う。いまはこっちにはもって来ていないけれど、何度も繰り返し聴いた。おそらくDidoは"Thank you"(このときはEminemがフィーチャリングしている。)がこの映画のサントラにつかわれてブレイクしたのだっただろうと思う。ほかにもジャミロクワイやアクアの曲などが入っている。もちろんそのほかの曲もすばらしい。それにしても、グウィネス・パルトロウはこの映画を撮影していたときには、まさか自分がロンドンに住むことになるとは思ってなかっただろうな。---曇っているように見えたけれど外で出てみると晴れてきてあったかかった。でも日本よりは陽(ひ)の光は弱い感じ。休暇は今週いっぱいだけれどイースターも終わりフラットメイトが全員そろった。イースターのあいだはとても静かで人気(ひとけ)のなかったロンドンだけれどまだいつもの空気を取り戻しつつある。---ほしかったネックレス(りんごのネックレスvv果物のモティーフは動物モティーフとおんなじくらいすき。)をオークションで落札した。実は落札したのは初めて。しかも接戦だったからかなりドキドキした。いままでは"Buy It Now"で購入したことしかなかった。それもぜんぶソールドアウトのライヴチケットばっかり・・・。
April 13, 2004
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8/4テレビで放映していた「戦場のメリークリスマス」("MERRY CHRISTMAS Mr. LAWRENCE"1983年/日英合作)をみる。この映画をみるまでは「どうやら坂本龍一が音楽を担当した映画らしい」ということしか知らなかった。第2次世界大戦中、ジャワの捕虜収容所における日本兵と英国人捕虜の交流を描いた映画である。交流と言ってももちろん捕虜収容所なのだから日々処刑などがあったりする。どういうわけか主要な登場人物ふたり(ヨノイ大尉役の坂本龍一、英国陸軍少佐役のデビッド・ボウイ)がミュージシャンだったりする。坂本龍一が担当した音楽はいかにも日本的というふうに感じられた。一昔の日本のテレビドラマでよくつかわれていたような感じの音楽。恥をさらすくらいなら自決したほうがいいという日本兵と、恥をさらしても生き抜いていかなければならないという英国兵の価値観の違い。わたしは実は戦争映画(とくにハリウッド大作。)があんまりすきではない。それは流血シーンが苦手なのと映画の製作国のものさしで戦争を描いていることが多いからだ。でもこの映画はそんなに嫌な感じがしなかった。この映画の脚本がが大島渚監督とポール・マイヤースバーグ氏の共同執筆だからかもしれないし登場人物の人となりにもスポットが当たっていたからかもしれない。戦争に想いを馳せるとき捕虜のことを思い出すことはほとんどなかった。こちらに来てから知ったことなのだけれどイギリスには第2次世界大戦中に日本軍の捕虜になっていた英国兵の傷を癒すということを目的として日本人女性が設立したチャリティ団体もあるようである。戦争について語れる人びとが元気なときに聞いておかないといけないことがまだまだたくさんあるような気がする。
April 9, 2004
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え~っとTerm2の最後の日にみに行ったDogvilleのレビュー書く前に先週の金曜日にみに行った"Lost in translation"(邦題「ロスト・イントランスレーション」)のレビューを書くことにする。この映画はちょっと気になっていたものの映画館でみようという気はあんまりなかった。フラットメイト(スコットランド人)が「みに行くけどいっしょに行かない?」と誘ってきたので、たまにはフラットメイトと出かけるのもいいかなあと思っていっしょにみに行くことにしたのだ。実は(・・・というほどのことでもないけれど・・・)わたしは映画をみに行くときはひとりで行くか、ごく親しい友人といっしょに行くかのどっちかだ。ある映画をみるということを共有したいと思うひととしかいっしょに行かない。だから今回は例外的だった。フラットメイトとはそれほど親しくなかったから。なんかあんまり共感できない映画だった。異国の地で孤独と空虚さを感じる二人の男女の思いがわたしのこころにちっとも伝わってこなかった。実はわたしはソフィア・コッポラの処女作「ヴァージン・スーサイズ」もみていない。(・・・っていうか彼女の父親の作品も1度もみたことがない・・・。)なんかいまいちわたしのこころに訴えかけてくるものがなかったというか。妹が酷評していたのがそれに追い討ちをかけた。わたしは彼女の感性を信頼しているから。ところで「ロスト・イン・トランスレーション」。日本語で話される部分も字幕は出てこない。おかげで映画が終わってから「あれはどう意味だったの?」とさんざん聞かれた。まあ主人公の思いを追体験してほしいという作り手のねらいは功を奏していると言えると思う。この映画をみていると東京はいろいろな意味で夜の街だということを思い出す。あの街でいくつもの夜をすごした。新宿はすきだけれど渋谷はあんまりすきじゃない。ちなみにロンドンはあまり夜の街という感じはしない。お店やスーパーやレストランは存外はやく閉まるし、パブですら11時には閉まってしまう。まあすこしは終夜営業の店もあるけれど東京の比ではない。夜通し開いてるところはクラブくらいじゃないかな。すきじゃないから行かないのでよくわからないけれど・・・。この映画、いろいろ不可解な場面が出てくるのだけれど、とくにビル・マーレイ(そういえばビル・マーレイはこのあいだテレビで放映していた映画「チャーリーズ・エンジェル」にも出ていたな。)扮する、売れないハリウッド俳優ボブの部屋に娼婦とおぼしき日本人女性が押しかけ"Let me go!!"って床で暴れている場面は冷や汗モノ・・・。(^▽^;)この映画をみているとなんか東京が薄っぺらな街に見えて当分ホームシックにはならないと思った。映画をみた帰り道フラットメイトが「ハネムーンには日本に行きたいな」と言っていた。「クラブも充実しているしカントリーサイドもきれいだから。」と。まあ、こういうひとたちに「東京ってクール」って思わせるだけでもある意味この映画は功を奏しているのかもしれないけれど・・・。---そういえばすこし前にテレビで放映していた映画「ことの終わり」("The end of the affair"。99年/米。レイフ・ファインズ、ジュリアン・ムーア出演)にブライトン(イングランド南東部)の"The Palace Pier"(パレス・ピア)っていう桟橋が出てきていたな。その桟橋にある寂れたアミューズメントパークでぐるぐる回る乗り物に乗って、しかも永遠に続きそうなほど長くてぐったりしたな。(>_
March 31, 2004
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「東京物語」(英題"Tokyo Story")(1953/日本/小津安二郎)をみる。日本にいるときは日本の古い映画をみたことはなかった。大学時代芝居(ちなみに彼は芝居のことを「演劇」と呼ぶことを嫌っていた。)をやっていた友人がいくら「黒澤がいい」と言っても「ふ~ん」っていう感じだった。こっちに来てからときどき劇場で上映されていることもあって、いままで「生きる」、「羅生門」(どちらも黒澤明監督作品。過去の日記参照。)とみてきた。これで(日本の古い映画をみるのは)3本目である。「東京物語」は江國香織さんの小説「ホリー・ガーデン」のなかにも出てくるのでちょっと気になっていた。果歩の職場の後輩の中野くんが果歩の家にいきなり遊びに来たときに「いっしょにみよう」と言ってもってきたビデオがそれだった。果歩のアパートの前で夜通し果歩の帰りを待っていた中野くんは途中で寝てしまい、結局果歩ひとりでみることになる。果歩はこの映画を「ざらざらした哀(かな)し気な画面」と言っている。残念ながらわたしみたいな凡人にはどのへんが哀しいのかはよくわからないのだけれど・・・。周吉・とみ老夫婦と末娘の京子が住むのが尾道(広島県)というのに親近感が持てた。(他県だが、わたしの郷里からも割と近い。)海のそばのちいさな街。老夫婦の終始仲むつまじく、おだやかなやりとり。普通の人びとは極めて規則正しい生活を送り、礼儀正しく、そしてきっとハメを外すことなどあまり許されなかったであろう時代。その頃は老夫婦の長男の幸一が住む東京郊外ですらまだ原っぱに覆われていた。東京と尾道を行き来するのは大事(おおごと。大変なこと。)であった。すっかり変わってしまったなあと思う。よくもわるくも。この映画のなかの玄関のガラガラと音を立てる引き戸はわたしの実家が建てかえられる前の「古いおうち」のことを思い出させた。わたしの実家は約15年前に建てかえられたのだけれど、「古いおうち」は廊下が入り組んでいた。2階には父の隠れ家のような部屋(ものすごく汚かった。)もあったし、お店の従業員のおばちゃんの部屋もあった。そしてその廊下は離れのまたべつのおばちゃん(このひとは従業員ではなかったのだが。)の部屋にもつながっていた。「東京物語」のなかでも老夫婦の長女志げの営む美容院の助手キヨちゃんは志げの家の2階に寝泊りしている。女のひとたちのスカートがハイウエストに仕立てられているのが気になった。うん、これだと確かに足が長く見える。---この映画をみたのはPrince Charles Cinemaという映画館。ここはなんと言っても安い!わたしたちがみた回の場合は£4(約¥800)。安いときだと£3(約¥600)。この映画館の会員の場合は1番安いときだと£1.5(約¥300)。物価の高いロンドンにしては破格だ。場所もレスタースクエア(Leicester Square)駅からすぐそばと、とっても便利。だから込んでいた。この映画館ではロード―ショー上映は終わってしまったすこし古い映画から、「東京物語」のような古い映画まで上映されている。---
March 7, 2004
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National Film Theatreで「ショーシャンクの空に」("THE SHAWSHANK REDEPTION"/94年/米)をみる。この映画館は新作を上映しているところではなくて毎月いろいろなテーマに沿った映画をリバイバル上映している。「ショーシャンクの空に」は何年くらい前にみたのかなあ。前ビデオでみたときは期待したほど良いとも思えなかった。モーガン・フリーマンはいい味出してるなあとは思ったけど。でもストーリー的にはとても惹かれる。何年もかかって壁を掘りつづけついには刑務所を脱出してしまう男の話。原作はあまりにも有名だけどスティーブン・キング。わたしはひどくこわがりやなのでスティーブン・キングだけじゃなくてホラー小説はひとつも読んだことがない。ちょっともったいない気もするけど・・・。刑務所物と言うと「グリーンマイル」をすぐに思い出すがわたしはいまだにあの映画のどこがいいのかわからない。(「ここがいい!」というのがあるひとがいれば教えていただけるとうれしいです。)古くは「モンテクリスト伯」。(こういう昔の物語はストーリーを聞くだけでわくわくする。)この本はこの映画のなかでも主人公が6年越しに建てた刑務所内の図書館に寄付される。「モンテクリスト伯」でダンテスが刑務所を脱出したやり方は映画「マスク オブ ゾロ」でマイケル・ダグラス扮するゾロにも踏襲されている。「ショーシャンクの空に」では先ごろのアカデミー賞助演男優賞授賞で一躍脚光を浴びたティム・ロビンスが主演を演じている。10年前の映画なのでいまよりだいぶ若いティム・ロビンスはかなり魅力的である。この映画の後半部分に出てくる「彼が刑務所に入ってきてみんないっぺんに彼のことをすきになった」という若者はいかにも気のいい奴っていう感じだったけどいろいろな因縁が重なり刑務所の警備員に撃ち殺されてしまう。人間、ひとが良いだけでもダメだなあと思った。刑務所に入った者が生き残るのは並大抵ではない。ようやく出所したのはいいがどうしていいかわからずやがて自ら命を絶ってしまう者もいる。この映画は勧善懲悪的で最後にはいわゆる悪者は消えてしまうところが小気味良い。タイトルの"REDEMPTION"は「救い」という意味。キリスト教用語では"Sulvation"とおなじ意味のようである。主人公は聖書に槌(つち)を隠していた。刑務所の所長は聖書の細部を憶えているにもかかわらず不正に不正を重ねていた。当然のことだけれど信仰に厚いひとすべてが善人のわけではない。主人公が刑務所から脱出できたのは神の「救い」なのだろうか。キリスト教というものをもっと深く知っていたらもっとちがった見方ができるのだろうか。
March 5, 2004
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4/3ヴェネツィア・カーニヴァルの日記はここでちょっと一息。ヴェネツィアには2月21~24日まで行ってきました。ヴェネツィアのことももうすこし書きたいし、27日にみたお芝居"Oliver Twist"(「オリバーツイスト」)のことや3/2に行ったPlacebo(プラシーボ)のgig(ライヴ)のこともあとで書きたい。ヴェネツィアの1泊目(2/21)の宿のテレビではイタリア語放送だけではなくて英語(CNN)、フランス語、ドイツ語放送がみれるようになっていた。(まぁ、ふつうだけれど。)フランス語放送でセザール賞受賞式をやっていたので途中からみた。・・・ってフランス語はまったくわからないんだけれど(^▽^;)(とても自慢にもならないけれど。)外国語映画賞は「ミスティックリバー」が授賞していた。ほかの賞はぜんぶフランス映画なので(↑あたりまえだけれど)よくわからなかった・・・。"Swimming Pool"(「スイミングプール」。これはフランス映画って言ってもセリフやなんかは英語だと思う。この映画で主演をやっていた女優さんはちょっと話題になっていたな。)っていうロンドンでも公開されていた映画がいろいろな賞にノミネートされていることはわかったけれど。ところで今年のアカデミー賞授賞式はなんだかつまらなかった・・・。昨年同様約4時間の中継を最初から最後までみたんだけれど。「自粛していた」っていう昨年のほうが授賞式がエンターテイメント性を帯びていておもしろかった。「ロードオブザリング」一人勝ちっていうのもつまらなかった理由のひとつかもしれない。べつに「ロードオブザリング」をけなす気はさらさらないけれど(第一「ロードオブザリング」は1作目しかみていないので3作目についてはなんにも言えない。)、いろいろな映画が拮抗しているほうがみているほうとしてはおもしろい気がする。あと、わたしがアカデミー賞授賞式の模様をテレビでみる理由のひとつ、まだみたことのないおもしろそうな映画との出会いも今年はなかった。---ロンドンのいいなあと思うところのうち、ひとつを挙げてみる。やっぱりナイトバスじゃないかなあ。東京みたいに終電を気にする必要がない。そんなに頻繁に夜中ウロウロしているわけではないけれどなんだか安心する。「いざというときにはナイトバスがある」というその安心感が重要なのだ。頻繁に利用する、しないにかかわらず。しかもタクシーのような深夜料金もなく昼間とまったく同じ値段で乗れる。ヴェネツィアからロンドンに向かうフライトは夜もすっかり更けた時間だった。スタンステッド空港からヴィクトリア駅まではエアバスが出ているのだけれどヴィクトリアから先は終電が終わっていたのでナイトバスに乗った。バスはヴィクトリアからオックスフォードストリートを通り抜けキングスクロス駅を通り越していく。T途中で(とくにTottenham Court Road。近くにクラブがいくつかあるのとSOHOからも充分歩ける距離なのが原因かなあ。)夜遊びに疲れた若者たちがつぎつぎ乗り込んでくる。真夜中にナイトバスを利用するひとなんてあんまりいないだろうと思っていたらそうでもないらしい。(ロンドンのレストランなどは閉まるのがはやいところが多いしパブもたいてい午後11時には閉まる。それに日本のファミレスのような終夜営業のレストランもほとんどなくコンビニのような終夜営業のお店もほとんどないのでロンドンは東京よりもよっぽど夜のはやい街という印象を受ける。実際ロンドンで夜中うろついてるひとはクラブに行く人びとくらいのもんじゃないかなあと思う。まあわたしはライヴのとき以外はクラブという場所に足を運ばないからよくわからないけれど。)真夜中のロンドンをバスで通るのもちょっとおもしろいと思った。昼間のロンドンとはまったくちがう表情。
February 24, 2004
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というわけで学校帰りに(昨日の日記参照)"Girl with a pearl earring"(「真珠の耳飾りの少女」)をみに行ってきた。わたしはトレイシー・シュヴァリエの原作はおろかオランダの画家ヨハネス・フェルメールすら知らなかった。そもそもわたしは絵画にはまったく詳しくない。美術館というものがすきになったのはこちらに来てからである。とくに画家の人生までも知ることのできるような美術館にはとても惹かれる。その点ノルウェー・オスロのムンク美術館はとても印象的だった。絵というものはそれぞれ物語をもっているものだと思う。その物語にここまで思いを馳せられるシュヴァリエは正直すごいと思う。わたしは原作から読むべきか映画からみるべきか一瞬迷ったけれど自分の気持ちに正直になり映画からみることにした。残念ながら世界史の知識も欠けているので時代背景を具体的に想像しにくかったのだけれど、1660年代というのはおそらくシェイクスピアなどが活躍していた時代のすこし後だと思う。画家フェルメールが住むデルフトという街には運河があり、街を行き来するときはゴンドラをつかったりもする。それはわたしにヴェネツィアを連想させた。それから人びとは色のない服を着ている。たいていの女性は(何という名前かわからないけれどフェルメールが"tile"と言っていた気がする。)白い頭巾のようなものをかぶり髪の毛を隠している。(まぁフェルメールの妻などは別だけれど。)とくにフェルメールの妻の母(彼女はフェルメール一家と同居している)なんかは黒ずくめの格好をしていて、(これも何という名前かわからないけれど)白い、エリマキトカゲのような襟をつけている。ときにはそれが大きな十字架の首飾りだったりする。フェルメール一家が住む家の台所はエディンバラでみた中世の人びとが住んでいたという家を思い出させた。たいていそのような家では係のひとがそれぞれの部屋の説明をしてくれるのも興味深い。ほんとうにエディンバラという街は博物館の宝庫だった。そのエディンバラの家のようにフェルメール一家の土壁の台所の真ん中には調理台が置かれ壁には大小さまざまな金属の鍋がかかっている。16歳の少女グリートはフェルメール一家の住み込みのお手伝いさんになり、しだいにフェルメールが絵の具をつくるのを手伝うようになる。この時代の絵の具は手作りだったようである。鉱石をつぶしパウダーを溶かす。手作りの絵の具はきっと人工のものには出せないような味わい深さがあるのだろう。そうやってグリートは妻でさえ畏れをもっているようなフェルメールの部屋に通うようになる。画家にとってその部屋はきわめてプライヴェートなものだと思う。グリートはそれを共有してしまうのだ。うつくしい映画だったけれどみていて胸が熱くなることはなかった。帰りがけにシュヴァリエの原作を買って帰ったのでゆっくり時間をかけて読んでいこうと思う。---明日提出のエントリーシート書かなきゃ!(*_*)
January 30, 2004
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今日はあんまり寝てない(^▽^;)初のエントリーシートを8時間かけて書き上げてCurzon Cinema SOHOに急いで向かう。友人と約束しているのだ。わたしは基本的にはひとりで映画をみることのほうが多いのだけれど、友人とみたい映画が一致したときはこうしていっしょにみに行くことにしている。ひとりでみるのもいいけれど、友人とみるのはもっとわくわくする。わたしはみた映画について考えたり書いたりひとに伝えたりすることがすきなのだけれど、友人とみるとみた後まだ熱が冷めやらぬうちに互いの感想を言い合ったりできるのがいい。だからわたしにとって友人と映画をみるということは、映画をみて、その後感想を言い合うところまで含む。映画というのは不思議なものでみている最中、みた直後に「ああ、よかったなぁ」というものもあれば、あとからじわじわと「ああ、よかったよなぁ」というものもある。わたしの場合、たいていの場合、みた直後はいろいろな想いが押し寄せてきて混乱している。というわけで今日は「羅生門」をみた。昨年末、Mayfairで「生きる」をみたときはガラガラだった(立地もその理由のひとつかもしれない。)ので、その感覚で映画館に向かったら、すごいことになっていた。チケット売り場は行列になっていた。「もしかしたら、入れないかも」と一瞬不安になったけれど、なんとか入ることができた。でも座席はかなり埋まっていた。この映画は「羅生門」というタイトルだけれど、もとになったのは小説「羅生門」ではなくて「藪の中」(これも芥川の小説)だという。映画館のウェブサイトに書かれてあるあらすじを読んだとき正直ちょっとゲゲッと思った。もしかしてエグい映画なのかな、と。エグいのはめちゃくちゃ苦手だ。でも最後までみても、エグい場面は出てこなかった。もしかしたら小説のほうがエグいのかもしれないと思った。小説のほうが自分でいろいろイメージしてしまうから。だから高校の国語の教科書に載っていた「羅生門」の強烈なイメージはいまでもわたしのなかに残っている。しかも高校ではご丁寧に何度も音読するから、よけいかもしれない。この映画では三船敏郎の演技が印象的だった。実はこの映画に「三船敏郎」が出ているということは知っていたのだけれど、部屋に戻ってくるまで、どのひとが三船敏郎か知らなかった。それから多襄丸(たじょうまる)だということを知った。この映画は日本の映画だからもちろん日本語なのだけれど、むずかしいと感じた。問題はことばだけじゃないのだと思った。英語の映画でもわかりやすい映画はいくらでもある。わたしは日本の映画を外国でみるとき、とりわけそれが外国でも評価されてきた映画なら、「どうしてこの映画は外国人に受けたのだろうか」ということを考えずにはいられない。この映画が受けた理由のひとつはもしかしたら多襄丸と侍が剣で対決するシーンかもしれない。これは多襄丸、侍、その妻、そまぎ売り、すべての証言のなかで出てくる。それから「日本らしさ」みたいなものが表されているものが好まれるのかもしれない。この映画をみたときいったいどの時代なのかはっきりわからなかったのだけれど(ことばも大河ドラマ調ではなくて普通に現代語だったから。)、帰って調べてみたら平安時代のようである。わたしは何かきっかけがないと「ひととは・・・」っていうことをあまり考えないのだけれどこの映画をみれば嫌でも考えてしまう。ひととは物事を自分の都合のいいようにしてしまうものだろうか。ひととはなんのために嘘をつくのだろうか。云々。「生きる」よりおもしろかったね、というのが友人と共通した意見だった。「生きる」にも出ていた志村喬がこの映画にも出ていた。---映画が終わって映画館から出ると中華街がにぎやかだった。中国の新年は22日だったのだけれど、いまだに正月気分らしい。日本のとは明らかにはちがう、色とりどりの華やかなちょうちんがいっぱいぶら下がっていた。それからパレードをしていたのだけれど、あまりにもすごいひとで、ちっとも見えなかった。紙でできたドラゴンを買った。友人もわたしもどうしようもなく中華料理が食べたくなったのだけれど、みんな考えることはおなじらしくどこの店もいっぱいだった。---その後友人の友人も合流する。中華料理は断念してモロッコ料理(!)の店に入る。ムサカだとかハマスだとか食べたのだけれど、1番おいしくいただいたのはミントティー。これはモロッコ特有のものなのかどうかわからないけれど。殺人的な量(!)の砂糖が入っているので甘ったるいのだけれど(紅茶に砂糖3つ入れる友人ですら甘いと言っていた。)、涼しげな香りがする。今度見つけたら買いたいな♪アラブ圏といえば水パイプ!この店でも吸っているひとがいた。いつか吸ってみたいな♪ドラッグが混ざっているのじゃなくて純粋な水パイプを吸ってみたいなぁと思う。ところで友人の友人がおしゃべりで疲れた。(>_<)わたしもときどきおしゃべりになるけれど、世間話はあんまりしない。世間話は聞いてて疲れる。---寮に戻ると本が届いていた。(*^▽^*)「送って」と頼んでいたやつだ。江國香織さんの「絵本を抱えて部屋のすみへ」と「日のあたる白い壁」だ。何度か読んだ本なのだけれど、どちらもここで読みたくなるような本である。(送ってくれてありがとう!)
January 25, 2004
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こんにちは☆日記サボり気味のcandy pinkです。(^▽^;)今日は友人といっしょにCurzon Sohoに「奇跡の海」("Breaking the Waves"96年/デンマーク)をみに行きました。朝早かったのでガラガラかなぁと思いながら映画館に向かったのですがけっこうな盛況ぶりでビックリしました。「奇跡の海」は日本でも映画好きのなかで人気がありますが、イギリスでも人気があるのかなぁと思いました。昨日知ったばかりなのだけどエミリー・ワトソンはこの映画が初めての映画なのだそうです。彼女は以前の日記でも触れたことがありますがもともと舞台女優でした。この映画では教会で神に告白しながら神の声もその演じ分けが見事でした。この映画は章立てになっていてそれぞれの章の初めに流れる70年代の名曲もすばらしかったです。曲名は聴いたことなくてもどこかで聴いたことがあってなんかいいなぁと思っていた曲ばっかり。ラルス・フォン・トリア―監督の映画はむづかしいと思います。1回みただけではよくわからない。この「奇跡の海」はもう何年も前に1回ビデオでみたことがあるのだけどそのときはよくわかりませんでした。いまもよくわからない。キリスト教のことなどわからないとこの映画を深く理解することはとうてい無理のような気がします。この映画の後、おんなじ映画館で「ダンサー・イン・ザ・ダーク」も上映されていて、みるつもりだったのだけど「奇跡の海」をみることに全精力をつかい果たしてしまってみることができませんでした(^▽^;)ところで「奇跡の海」なのですが日本で上映されたときは修正されていたような気がするのだけれどどうなんだろう?ちなみにこちらでは修正されていませんでした。確かユアン・マクレガー主演の「ヤング・アダム」("Young Adam")という映画でも米国ではかなり修正されていたようだけれどこちらでは無修正だったようです。みてないのだけれど(^▽^;)これだけではなんとも言えないのだけれど米国よりもこちらのほうが性に対して寛容なのかなぁ?--- この映画館は中華街のほど近くだったのだけれど22日の中国の新年を前にしていろとりどりに飾りつけされていました。通りにもこころなしか中国人の人びとが多かったような。
January 18, 2004
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ITV1で放映していたので"The Boxer"(「ボクサー」97/英)をみる。元IRAのテロリストだった男が14年間の服役後、出所する。元恋人と再会するが、彼女はすでに結婚していてひとり息子もいた。ボクサーとして新しい生活を始めるためにボクシングジムをつくるところから始める。そのボクシングジムではカトリックやプロテスタントというのを越えて人びとがボクシングに勤しんでいる、ということでテレビでも取り上げられるほど話題になる。とうとうボクシングマッチには多くの人びとが集まり、政府の要人まで観戦にくるようになるが。その政府の要人は観戦を終わって車に乗り込んだと同時に爆発テロに遭う。それから街は混乱状態になって・・・。出演ダニエル・デイ=ルイス。エミリー・ワトソンほか。いつ何が起こるかわからない緊迫状況。最近IRAの話はあんまり聞かないけれどいまはどうなっているのだろう。この映画でもエミリー・ワトソンは印象的だった。その強さと儚さ・壊れやすさを両方持ち合わせたような感じ。彼女がでている作品では「奇跡の海」が有名だけれどわたしは「ほんとうのジャクリーヌ・デュプレ」が1番すきかなぁ。彼女にアーティストの役はよく合っていると思う。一昨年の秋、彼女が出演していたDonmar Warehouseでの「十二夜」を見逃したのはかなり悔やまれる。(;-;)
January 4, 2004
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テレビでキューブリック監督の"2001:A SPACE ODYSSEY"(「2001年宇宙の旅」1968/米)を放映していたのでみる。原作はイギリスのSF作家アーサー・C・クラークだそうである。キューブリック監督の映画は遺作である「アイズワイドシャット」しかみたことがなかった。「アイズワイドシャット」をみたときはすごく変わっている映画だなぁと思った。それにホラーじゃないけれどホラーより不気味だなぁ、と。ただ主演のふたりはともかく、貸し衣装屋の娘役のリリー・ソビエスキーが印象的だった。「2001年宇宙の旅」ももちろんホラーじゃないけれど「アイズワイドシャット」に通じるような、こわさがある。木星へと旅をする宇宙船のおはなしなのだけれど全編にわたって、ことばより映像で伝えようとしている。--- 今日妹がセールで服を買ってくれたようだ。感謝!!こちらロンドンでも、いまセールをやっているのだけれど洋服は日本のほうがだんぜん種類が豊富だ。それに自分の好みに合っているものが多い。こちらはNEXT、H&M、GAPなど大量生産の洋服屋が多い。こういった店はたいていどの駅でもある。こういった店で売られているものよりもマーケットに売られているものにずっと惹かれる。ところで日本ってこんなにセールはやかったっけ!?
January 2, 2004
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今日はとくに書くようなことがなかったので昨日BBC1で放映していた「ムーラン」のことを書こうと思う。「ムーラン」(1998/米)京劇にもよく題材にされるという「木蘭辞」をもとにつくられたディズニー映画である。こういうヒーローやヒロインの出てくる古代中国の伝説的な物語がアメリカ人はすきなのかなぁと思う。・・・というのは、数年前に「グリーンデスティニー」という映画があったけれど、この映画は日本で最初に公開されたときはあまり人気がなくて公開期間がみじかかった。けれど、その後ハリウッドで話題になっていたのだ。それから日本でも再度公開された。古代中国の伝説的な物語はおもしろいと思うけれど映画にするのはむずかしいのだろうなぁと思う。「古代中国の伝説的な物語」と聞くとわくわくするけれど実際に映画をみると入りこめないことが多くて(チョウユンファを上から支えているワイヤーが見えてしまったときといったら・・・。)ちょっと残念だったりする。「ムーラン」に関していえば・・・ムーランと司令官の青年の恋の行方がよくわからないまま終わってしまって「あれ!?」という感じだった。
December 27, 2003
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「オズの魔法使い」(1939/米) 「オズの魔法使い」のおはなしはちいさな頃に読んだっきりで、おはなしの内容もうろ覚えだった。ただ「オズの魔法使い」ということばを聞くといつでもなんだかわくわくしていた。今日はBBC1で放映していた「オズの魔法使い」をみる。ドロシーがかかし、ブリキの木こり、ライオンといっしょにエメラルドの都に向かって旅をするおはなし。本来人間じゃないものの役を人間が演じるのはむずかしいのかもしれない。だからいまいち入り込めなかった。それでもこの映画はこのすてきなファンタジーへの遠い記憶を呼び覚ましてくれるのには十分だった。「オズの魔法使い」ということばだけじゃなくて「エメラルドの都」、「脳みそのないかかし」、「心臓のないブリキの木こり」、「勇気のないライオン」ということばを聞くだけでもわくわくしてくる。このおはなしのなかでドロシーは竜巻に吹き飛ばされてオズの国にたどりついた。自然は不思議な力をもっているのかもしれない。それから、すばらしい物語を産み出す力も。それは自然の豊かな国に行ったときに、とくに実感する。そういえばこの映画のなかで西の魔女が出てくるときにかかっている音楽は大すきだったテレビドラマ「アリーmyラブ」でリンが出てくるシーンにもつかわれていたなぁ、などということを思い出す。--- 今日はBoxing Dayだった。BBC1が街角の人びとに「Boxing Dayのほんとうの意味を知っていますか?」という質問をしていたけれど意外にも正しく答えられたひとはすくなかった。わたしも教会の募金箱(Box)に募金をする日だと思っていた。正しくはこういうこと(↓)らしい。●Boxing Dayクリスマスの贈り物の日。(英国や英連邦の一部でこの日郵便配達員・ごみ清掃員・使用人などにChristmas Box---クリスマスの祝儀---を与える慣習がある。Bank Horidayの1つ。)(参考:リーダーズ英和辞典)
December 26, 2003
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今日はChannel 4で放映していた「アメリ」をみる。「アメリ」は映画館でもみたのだけれど、大すきなのでまたみる。「アメリ」に出てくる人びとはいっぷう変わっている。そして、すきなことと嫌いなことがはっきりしている。この映画をみているとちょっとしたきっかけでひとは元気がわいてくるこおtがあるんだなぁと思う。アメリはほんとうに表情豊か。満足そうに目を見開いたり笑ったり。アメリはちいさなしあわせのひとつひとつをとても大切にしていてアメリのしあわせは、彼女のまわりの人びとをもしあわせにしている。アメリは空想好きで遊び心がある。それが日常をわくわくしたものにさせるのだと思う。アメリの赤を基調とした部屋に住んでみたい!!その部屋では夜にはブタのデスクランプや額縁に入った犬とアヒルがおしゃべりしているのだ。わたしはこの映画をみる前に小説版を読んだ。小説版もユーモアに富んでいて、わたしは「アメリ」がすぐにすきになった。その後映画館でみたのだけれどユーモアの内容をぜんぶ知っているせいかそれほどおもしろいと思わなかった。でも時間がたつにつれてじわじわとすきになっていった。わたしにはこういうことがときどきある。いまは小説版だけじゃなくて「アメリのしあわせアルバム」という本ももっている。ちなみに小説版の挿絵をわたしの大すきなイラストレーター100% ORANGEさんが描いているのもうれしい。オドレイ・トトゥが出ている映画は「アメリ」以外には"Dirty Pretty Things"(おそらく日本未公開だと思う。)をみた。これは昨年のロンドン映画祭のメインになっていた作品である。ロンドンを舞台にしていたスリラー映画で、オドレイはトルコ移民の役を演じている。この映画をみているとパスポート偽造なんて簡単にできてしまえるものなのかもしれないなぁと思う。映像の光の加減が印象的な映画だった。とくに主人公の黒人のひと(イギリスにいる黒人のひとをなんと呼んでいいのかわからないのでこのような表現をつかいました。不快に思われる方いたらすみません。)が働いている高級ホテルがでてくるシーン。日本でも公開された「愛してる、愛してない」はこちらでも公開されていたけれど結局みなかった。-----明日はセールに行こうと思っている。明後日に友人といっしょに行くのだけれどちょっとフライング・・・。
December 25, 2003
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テムズ川沿いのWaterlooにあるNational Film Theatreで「太陽に灼かれて」(ニキータ・ミハルコフ/ロシア/1994年)("Burnt by the Sun")をみる。ちなみにこの映画が上映されるのは今晩と先週の金曜日の晩のみである。金曜日の晩にみに行った友だちの話を聴いて「ぜひとも、みに行かなきゃ!」と思った。舞台は1936年。スターリン支配下のロシア。ロシア革命の英雄コトフ大佐は家族といっしょにモスクワ郊外でしあわせに暮らしていた。そこに秘密警察がやってきて・・・。この秘密警察のドミドリ、実はコトフ大佐の妻マルーシャの昔の恋人でもあったのだ。これはみた後で知ったことなのだけれどコトフ大佐役は監督であるニキータ・ミハルコフが演じている。そしてコトフ大佐とマルーシャの娘ナージャは監督の実娘ナージャ・ミハルコフが演じている。どうりでいいコンビのはずだ。ナージャがなんとも愛らしい。わたしはちいさな子供の出てくる映画にめっぽう弱い。どうしてもこころを奪われてしまう。ちなみにちいさな子供の出てくる映画でいまのところ1番すきなのは「ロッタちゃん」シリーズ。笑いすぎでおなかが痛くなった。この「太陽に灼かれて」でもおしゃまなナージャの言うことなすことに何度も笑ってしまった。たとえばこんな感じ。ナージャ 「ゲームをしよう。」コトフ(不服そうに) 「ゲーム?」ナージャ 「両耳をふさいでブーって言うの。途中で息が切れたほうが負けね。」ふたり 「ブーーーーー」当然のごとく、幼いナージャが先に息が切れてしまう。ナージャ 「あたし、まだちっちゃいから、もう1回ね。ブーーーーー」またナージャの息が切れてしまう。ナージャ 「あたし、まだちっちゃいから、もう1回ね。ブーーーーー」この映画ではちいさなしあわせがいくつも詰まっている。家族で水辺に出かけたり、サッカーしたり、ピアノに合わせて踊ったり、お茶を飲んだり、いっしょにお風呂に入ったり。そんなちいさなしあわせがいかに大切かがわかる。そしてそんな日常のありふれたしあわせとスターリンの粛清が引き起こす悲劇が対比されている。まだまだ知っておかないといけないことがたくさんある。忘れてはいけないことがたくさんある。スターリン、共産主義、・・・。それにしても水着姿で水辺に寝そべって本を読んでいるマルーシャ役のインゲボルガ・タプコウナイテはとてもきれいでみとれてしまう。ロシアの映画をみるのはこれが初めてである。映画はわたしの記憶を呼び覚ます。日本でわたしが卒業した大学には専攻できる外国語が26あった。ロシア語もそのなかのひとつだった。わたしが大学の2年の初めまで所属していた合唱団にもロシア語専攻の団員が何人かいた。彼らのなかにはロシア民謡のサークルをかけもちしているひとたちもいた。ロシア民謡といえば「トロイカ」を思い出すひとが多いかもしれない。その頃はロシアははるか遠くの、わたしとは関係のない国だと思っていた。この映画では「疲れた太陽」という曲がテーマ曲になっていてコトフの幼い娘ナージャが何度か口ずさんでいる。それからこの映画でも家族がいっしょにテラスで食事をしたりお茶を飲んだりするのだけれど、ロシア料理のこと。それほどよく知っているわけではないけれどわたしはロシア料理がすきだ。ボルシチ、ビーフストロガノフ、ジャム入り紅茶(どうやらコーヒーにもジャムを入れるらしい?)。とくにジャム入り紅茶には惹かれる。家でもたまに試してみるのだけれど、お店で出てくるのとはぜんぜんちがう・・・。
December 14, 2003
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14/12(13日はとくに書くようなこともなかったので14日にあったことをもうすこし書くことにする。)Curzon Mayfairで「生きる」(黒澤明/日本/1952年)をみる。この映画館では日曜日にときどき黒澤明の映画も上映している。実は黒澤明の映画をみるのは初めてだ。いままで黒澤明の映画だけではなくて古い映画はあまりみなかった。わたしがちいさな頃は昼間にテレビで白黒の映画を放映していて祖父がときどきみていたのだけれど、その頃は「なんだか陰気くさくて、いやだなぁ」と思っていた。今日は友人も「黒澤明の映画を1度みてみたかった」というのでいっしょにみに行く。市役所の市民課長の渡辺は仕事に関してまったく無気力だった。ある日彼は自分が胃がんで余命あとわずかということを知る。いったんは、すっかり気を落としてしまって30年間1度も休まなかった仕事を何日も無断欠勤してしまうのだがしだいに児童公園の建設に熱意を注ぐようになる。どうしたって歴史を感じてしまう。昭和という時代。日本のものと西洋のものが、いまよりももっと、ないまぜのようにみえる時代。人びとはダンスホールに通う。男たちは出勤するときに帽子をかぶる。車は、いまのイギリスのブラックキャブのようなかたちをしている。そして病院は、いまよりも無機質そうにみえる。それから主人公、渡辺がこれまでに貯めてきた貯金が5万円とか4、50万円あれば家が建つとか退職金が70万円とか。渡辺の部下の小田切は新しいストッキングを買ったらしばらくお昼ごはんがおかず抜きになるとか。日本はすっかり変わってしまったなぁと思う。これは生きることの意味を問うた映画なのだけれどそんなことばかりに気を取られた。主人公、渡辺が口ずさむ♪い~の~ちみ~じかし~ 恋せよ~乙女~♪で始まる「ゴンドラの唄」が印象的だ。「ゴンドラの唄」は大正時代につくられた唄だそうだ。大正時代、わたしの祖父母が生まれた。---思いを馳せる。---祖母は、いまも異人さんの人形を大切にもっている。--------------------------------------------------------友人に一足先にクリスマスプレゼントをもらう。モロッコ音楽のCDだ。"Festival Essaouira avec Mohamed GINIA"と書いてあるやつ。いったいどんな内容を歌ってるのだろう。見当もつかない。自分ではぜったい買わないようなCDを贈られるのはおもしろい。わたしにとってはモロッコは未知の国だ。イギリスの人びとにとっては、わたしが思っている以上に身近な国のようだけれど。その友人は今年の夏休みに1か月間モロッコに滞在していたから、その友人のなかでは、いまモロッコが熱いのだと思う。ちなみにその友人はアラビア語とアラビアの歴史を勉強している。わたしはその友人に誕生日プレゼントを渡した。その友人の誕生日はすこし前なのだけれどすこしのあいだ会っていなかったから。プレゼントはちょっと変わった写真立てにした。その友人は今年の夏休みのほとんどをスロヴァキアとモロッコで過ごしてずいぶんと写真がたまってたから。(ちなみにイギリス・スロヴァキア・モロッコ間はヒッチハイクをしたらしい。)
December 13, 2003
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映画"Spellbound"(米/2002年)をみに行く。タイトルの"Spellbound"とは「呪文で縛られた,魔法にかかった;魅せられた,うっとりした(enchanted)」(リーダーズ英和辞典)という意味。ちなみにこの映画のオフィシャルサイトはこちら→http://www.spellbound.tv/ (オフィシャルサイトもおもしろいので興味あるひとはぜひ見てみてください。)今年度のアカデミー賞のドキュメンタリー部門にもノミネートされた作品である。アメリカでは"National Spelling Bee"というコンテストがある。そのコンテストの内容とは14歳以下の子供たちが出題される単語のスペリング(綴り)を正しく言い当てるというものである。こう書くと一見簡単そうに聞える、このコンテスト。実際はかなりタフである。聞いたこともないようなむずかしい単語、英語だけではなくてフランス語なども出題される。回答者は出題者にその単語の定義・用法などを聞くことは許されている。この全国大会には地方予選を勝ち残った249名(だったと思う)が出場しているのだけれど、このドキュメンタリーではそのなかの8人に焦点を当てている。この8人のバックグラウンド、彼らが全国大会に向けてそれぞれどのように準備をしていったかどのように本番を迎え、勝ち残っていったのか。果たしてこの8人のなかから優勝者はでてくるのか。あえてネタばれはしません。8人の子どもたちだけでなく、彼らの家族のコンテスト前後とコンテスト中のようすも興味深く描かれている。8人のキャラクターが個性的で、みるひとによって好き嫌いがでてくるかもしれない。いつのまにか8人のうちの誰かを応援していることに気づいたりする。個人的には子供たちのなかではHarryのキャラクターがすきかなぁ。子供たちの家族ではAprilの両親がおもしろい。劇場内も自然に爆笑の渦に巻き込まれていた。まったくといっていいほど英語が話せないメキシコからの移民の父親。自分の努力によって資産家になったインド人の父親。アフリカン・アメリカンのシングルマザー。子供たちのバックグラウンドが現代のアメリカ社会を反映してもいるのだろうか。------------------------------------------------------------------この映画で思い出したのだけれど、ことば遊びっておもしろい。ことば遊びについては、また後ほど触れるつもりです。
December 11, 2003
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