その四

「マプッペ誕生の一日」その4


午後2時も30分が過ぎようとした頃、やっと分娩室の用意ができそうだ、と

助産婦さんが入ってくる。そして無痛希望なら、麻酔医からもらっている同意書に

サインをしてくれと言われた。フランスで無痛分娩が広く行われているとはいえ、

実際この出産法を選んだ人は事前に麻酔医と面談して問診、さらに血液検査もして

麻酔を打てるかどうか適正を調べられる。そして麻酔を打つことに同意する紙に

サインする必要があり、口頭でも再び無痛希望かどうかの意思を尋ねられるのだ。

もうこんな痛みにはこれ以上耐えられなかったので、思った以上に痛みに弱い自分に

驚きつつも、もちろんですともとサインをしていた(実際はサインする気力も

無くなっていたので、夫に代理サインしてもらった)。そしてベッドごと分娩室へ移動。

これだけでも少しは気が楽になった。


分娩室へ入ると、バタバタと麻酔医とその助手が入ってきた。早朝からの出産ラッシュで

疲れているのか、再び麻酔についての説明をし、今一度出産に麻酔を使ってもいいかと

確認してくる彼の口調は荒かった。しかしそんなことを気にする余裕もこちらには

残っていなく、私はもう準備できていますと答えるだけだった。心の奥では

もうどうでもいいからさっさと打って楽にしてくれ!と叫んでいた。


これから背中に注射を打つから絶対に絶対に動かないで、と言う彼の口調は再び荒かった。

今日の産婦さんたちの中で注射中に動いて一大事になった人がいたのだろうか?

でもこんな時でも構わず陣痛は起きているので、動くなというのも無理がある。

麻酔医は助産婦研修生に、自分の体を押さえつけておくよう命令。研修生の彼女は

背中を出してベッドの上に腰掛けている自分の前にまわってきて両腕を掴み、

一緒に呼吸をするよう促した。吸って、吐いてと4-5回繰り返したところで注射は終了。

背中に針が刺さっている違和感はあったものの、これで陣痛ともさらばかと思うと

痛みなど全く感じなかった。麻酔医から注射を打ってもすぐに麻酔は効かないとは

聞いてはいたが、効き目を感じるまでの10分-15分はとてつもなく長く思えた。

そしてふとした瞬間、体の中から何かがスーッと抜けていく感覚を覚えたのだった。




→その五へ


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